7 大学院教育・若手研究者育成

7.1 現状

生理学研究所は総研大生命科学研究科生理科学専攻の基盤機関として、5年一貫制および後期博士課程(3年)における大学院教育を行っている。2010年度の在籍者は合計53名である。このほか他大学より、毎年10名以上の脳神経科学研究や医学生理学研究を志す大学院生を特別共同利用研究員として受け入れている。5年一貫制の導入後7年が経過するが、この間、生理科学専門科目や神経科学や細胞感覚学などのe-learning科目を新たに追加し、修士レベルの教育の充実を図ってきた。しかし入学者のバックグラウンドが多様で必ずしも生物系の基礎知識を習得していないことや一般的な知識レベルの低下などから、現在でも研究者を養成するという、総研大の目的に沿う基礎教育が十分達成できているとは言い難い。また、生理科学専攻の中心的な分野である脳科学分野では、医学生理学はもとより、より広範な生物学、工学、薬学、情報学、社会科学などの基礎知識と広い視野を持つ研究者が求められている。

7.2「総研大脳科学専攻間融合プログラム」

このような状況を鑑み、本年度は特に脳科学について、生理科学以外にも基礎生物学、遺伝学、数理統計学など、脳科学の基本となるべき基礎科目の充実と新たな共通専門科目の開発を行うために、「総研大脳科学専攻間融合プログラム」を生理科学専攻が中心となって発足させた。本プログラムでは、脳科学に関する広い分野から、総研大内外の専門家に講義や演習を担当していただく。また「高い専門性と国際的に活躍できる能力を養成する」という総研大教育の基本理念にもあるとおり、英語でこれらの広い領域を理解・議論・表現する能力を涵養するために、本プログラムでは原則としてすべての講義・演習は英語で行われる。本プログラムでは、各専攻で行われている脳科学関連の共通科目や専門科目を活用するとともに、様々なバックグラウンドを持つ学生の参加を促すために、ほとんど予備知識のない学生を対象とした「一歩一歩学ぶ脳科学」をMediaWikiベースで開発する。また、専門外での研究を批判的に理解するための「脳科学の基礎と研究法」、脳科学を取り巻く社会や倫理的問題を視野にいれた「脳科学と社会」、「脳科学と神経倫理」などの新しい科目が開発される。今年度は9月より各講義や演習が各専攻で開講され、2011年1月24日–28日には葉山キャンパスにおいて集中講義も行われた。講義は原則的に遠隔講義システムによって受講生のいる機関に配信した。また講義履修に際しキャンパス間の移動により所用の経費がかかる場合は、学生移動経費による支援として交通費(宿泊を伴う場合は宿泊費の一部を含む)のサポートを行った。

7.3 入学志望者を増やすための方策

生理科学専攻の定員は現在5年一貫制が年間3名、後期博士課程が年間6名であるが、最近では5年一貫制の受験者数が後期博士課程受験者数を上回ることもある。またほぼ毎年のように定員を超える入学者数を受け入れている状況であり、定員の見直しが今後必要となる可能性もある。また少子化や各大学の学生囲い込みに伴う受験者の絶対数の低下が認められ、生理科学専攻でも今後一層の学生に対する広報や修学条件の改善が必要である。このために所内に大学院受験者数増加方策検討委員会を設置し様々な対策を練ってきた。例えば、春から秋にかけて国内外の生理科学専攻受験希望者に対して体験入学を実施している。旅費と滞在費をサポートしたうえで1週間から約2カ月の間、実際に生理研での研究活動を体験していただき、入学の勧誘を行った。実際に体験入学に参加した学生から数名が受験した。

7.4 経済的サポート

入学者への経済的サポートとしては、今年度から大学院生へのRA雇用による支給を1名当たり年間80万円に引き上げるなどの対策を取った。これに加えて独自に設置している生理学研究所奨学金によって5年一貫制の初年度の学生に対して年間36万円の奨学金を支出している。また特に優秀な学生に対するインセンティブを高める目的で、後期博士課程の1位合格者に対しては初年度の入学金および授業料全額に相当する奨学金を支出していたが、今年度からは2位以下の留学生についても入学金相当額のサポートを開始し、来年度からは日本人学生にもこれを拡張する予定である。さらに昨年度から顕著な業績を挙げた大学院生を顕彰する生理学研究所若手科学者賞を新たに設けた。受賞者には、生理学研究所の博士研究員としてのポジションが一定期間保証される。

7.5 国外からのリクルート

最近は、国外から優秀な大学院生をリクルートする必要がますます高まっているが、生命科学研究科では国費外国人留学生(研究留学生)の優先配置を行う特別プログラムが現在実施されており、生理科学専攻では毎年2–3名の留学生を受け入れている。これまでの4年間で特別プログラムによって生命科学研究科に配置された国費留学生12名のうち6名が生理科学専攻で学んでいる。これらの国費留学生のほか、生理学研究所奨学金により極めて優秀な私費留学生に対する国費留学生相当のサポートおよび優秀な私費留学生に対する年間60万円および授業料の半額に相当する奨学金を支出し、勉学、研究活動に専念できるよう配慮している。また特別プログラムではすべて英語による教育を行う事になっており、生理科学専門科目の講義は原則として英語で行っている。またe-learningについても英語化が進んでおり、すべての科目について英語での学習が可能となるよう、教材の拡充が進められている。また留学生の日本での生活がスムーズに行えるよう、上級生のチューターによるサポートや人的交流促進のための催しも数多く行われている。今年度は、生理学研究所で行われている最先端の研究活動とともにこれらの留学生に対する厚いサポートについて広く世界に発信するために、生理科学専攻の英語ホームページの全面的な改訂を行い、より多くの学生から体験入学や受験に関する問い合わせを受けるようになった。また海外の大学からの優秀な学生の推薦依頼やアジアの一流大学に的を絞った海外でのリクルート活動を行い、さらに多くの優れた留学生を集めるために2つの大学との学術協定を締結した。これらの活動を通じて、今年度で終了する特別プログラムのさらなる拡充を目指す。

7.6 若手研究者の育成

一方、大学院を修了した若手研究者の育成については、従来より各部門におけるポスドク雇用を研究所としてサポートしてきた。また一昨年度より若手研究者の独自のアイディアに基づく研究をサポートすると同時に外部研究費獲得を支援するために、生理学研究所内での若手研究者によるプロジェクト提案の申請募集を行った。それらの提案については発表会形式による審査・指導を行い、各提案に対する評価に基づく1件あたり平均60万円程度の研究費サポートを実施している。この申請には同年度に採択されなかった科研費の応募書類をそのまま使うことができ、科研費申請書の書き方や研究戦略・戦術の改善を指導する上で大きな効果があった。また外部の若手研究者の育成についても昨年度から多次元共同脳科学推進センターを発足させ、各種の講演、モデル講義、実習等により広範囲に分野横断的な若手研究者の育成をはかっている。これらの活動を通じて若手研究者を育成する拠点としての生理学研究所の機能は一層高まってきている。


Copyright © 2010 NIPS