19 ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」の現況

ニホンザルは侵襲的処置を伴う実験的研究において使用される動物種の中で最もヒトに近縁種であることから、特に高次脳機能の生理学的研究において欠くことのできない動物とされてきた。従来、国内には研究用のニホンザルの繁殖・供給を担う施設はなく、野生由来で有害鳥獣駆除によって捕獲されたサルに対して飼養許可を得て研究に使用するか、動物園などで過剰繁殖となったサルを、取り扱い業者から購入することで現場の研究者は入手してきた。しかし、動物園の過剰繁殖動物の供給は不安定であった上、野生由来のサルの入手も極端に困難になったため、有志の神経科学者が霊長類研究者と共同して日本国内に安定して研究用ニホンザルの繁殖・供給を行うシステムを確立するための運動を開始した。その結果、2002年より文部科学省が開始した新世紀重点研究創生事業(RR2002)の中のナショナルバイオリソースプロジェクトに「マカクザルなど霊長類」の繁殖・供給プロジェクトに申請を行い、当初フィージビリティスタディとして採択された。その後2003(平成15)年度より、プロジェクトが本格的な稼動体制に移行している。

本事業は従来、文部科学省からの委託事業であり、これまでの経緯から、生理学研究所の伊佐教授が代表申請者となり、中核機関である自然科学研究機構とサブ機関の京都大学が共同で業務を行ってきた(当初の名称。現在、中核は代表、サブは分担)。事業の経費として2010(平成22)年度は、代表機関である自然科学研究機構(生理学研究所)は1億8040万円、分担機関の京都大学(霊長類研究所)は4500万円の予算配分を受けている。そして2011(平成23)年度までに、年間200頭程度の病原微生物学的にも安全で、馴化の進んだ実験用動物としてのニホンザルを安定して供給する計画である。しかし、2009(平成21)年度より補助金事業に変更され、プロジェクトの恒久性が担保されたのは良かったが、自然科学研究機構及び京都大学に対して「自家使用分」を供給できなくなるという、予想しなかった事態を招来した。この事態に対応しての今後の事業計画は、全国の実験研究者、霊長類専門の獣医師、霊長類の生態学の専門家から構成される運営委員会において、検討していかなくてはいけない。

繁殖用母群については、2010年9月末の時点で、委託先の民間企業と霊長類研究所、それぞれ328頭と252頭のサルが飼育されている。そこから出生した育成群については、民間業者で210頭、霊長類研究所で119頭を飼育している。

今年度、ニホンザルの飼育管理上大きな問題として、霊長類研究所において発生、公表された「ニホンザル血小板減少症」がある。結局、異なるマカクザルの間で、元来の宿主で病原性を発揮しなかったレトロウィルスがニホンザルにおいては症状を引き起こしているらしいということが明らかになり、予防することが可能であることがわかった。本年度の供給個体の安全性を確認するため、運営委員会において供給の延期が決定され、同委員会の指示の下「生理学研究所疾病検討会」を開催して病態の解明に取り組んできた。このような状況の中、今年度は11件30頭の供給申請に留まったが、病態解明や再開に向けた審議と同時進行の形で、供給検討委員会で審査を行なった。供給予定個体の健康に問題がなく、運営委員会で供給再開が決定され次第、研究者への供給を実施する予定である。

サルを用いた実験研究は、動物実験反対団体などからの抗議運動の標的とされやすい。運営委員会としては、この事業が適切な実験動物の管理と3Rにもとづいた動物実験の実施という観点からも、必要不可欠な事業であると広い範囲の人々に理解していただくために、広報活動にも力を入れてきた。また、事業のパンフレットの作成と配布、ホームページも立ち上げ、情報公開に務めている。コミュニティにもニュースレター(Vol. 6-1)を配布し、研究用サル等に係る様々な情報を提供してきた。

2011年度の目標である出荷頭数200頭(うち100頭は霊長類研究所から)を目指し、繁殖・育成体制の基盤をさらに強化するとともに、2010年度の供給については有償化の実施に向け、現在、事務センター、NBR事業推進室を中心とし、京都大学霊長類研究所とも連携して、提供価格の設定のため、積算作業を進めているところである。

医学・生命科学研究の展開を見据え、今年度は血液検査、MRI画像検査を実施し、供給する動物に付加価値を加える作業に取り組み、予算を得て全ゲノム解析にも着手した。


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