1 分子生理研究系 分子神経生理研究部門
(池中一裕教授)の評価

1.1 Seung U. Kim 名誉教授(カナダ British Columbia大学)

External review of Ikenaka Laboratory (Division of Neurobiology and Bioinformatics, Department of Molecular Physiology, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan)

January 11, 2011

I am Seung Kim, Marianne Koerner Professor Emeritus of Neurology at the University of British Columbia, Vancouver, Canada.

It is indeed my pleasure to write an external review of Division of Neurobiology and Bioinformatics, Department of Molecular Physiology headed by Prof. Kazuhiro Ikenaka about its research activity and scientific achievement during the past 18 years starting year 1992 when Ikenaka was appointed for the professorship.

I have known Kaz since 1986 when I met him at the laboratory of Prof. K. Mikoshiba at the Protein Research Institute of the Osaka University when I was invited to the Mikoshiba lab as a visiting professor. I have also had pleasure of being a visiting professor at the Ikenaka laboratory for three months each in 1996 and most recently 2010.

I am most impressed with Ikenaka's broad interest and deep knowledge in neuroscience in general and biology of neuroglia in particular. He is widely known internationally as one of the most influential and productive investigators in the special research area of development, physiology and molecular biology of neuroglia. Publication of more than 100 papers including 84 SCI-indexed articles published in international journals and 20 review articles in Japanese science journals during the past 10 years since 2001 bespeaks of his significant contribution to the neuroscience research and particularly in the area of neuroglia biology. In addition to the above-cited publications 6 more articles have presently been submitted to various journals for consideration of publication.

Ikenaka is also known for his active and keen interest in international networking of neuroscientists. He is currently serving as the president of the Asia-Pacific Society of Neurochemistry, a council member of the International Society of Neurochemistry (ISN), and vice president of the Japan Neuroscience Society. He is also noted for his organizational skill that he single handedly organized seven international meetings/symposia since 2001 on the subject of neurobiology of neurons and neuroglia. In 2009, I have pleasure of assisting him to organize an international symposium entitled “Mylelin development, function and myelin-related diseases” as the 9th Biennial Satellite Symposium of the ISN in Geongju, Korea.

Ikenaka being one of the internationally recognized neuroscience investigators is noted by his serving as the editor-in-chief of the Neurochemical Research journal, and associate editor of three other neuroscience journals, Developmental Neuroscience, J Neuroscience Research, and Neuron Glia Biology.

Ikenaka laboratory is currently consisted of Kazu Ikenaka (Professor), Seiji Hitoshi (Associate Prof), Kenji Tanaka (Assistant Prof) and Takeshi Yoshimura (Assistant Prof), one post-doctoral fellow, five graduate students and four technicians. Dr. Hitoshi, a neurologist-turned-neurobiologist, centers his research in neural development and neural stem cells and lists 39 full papers in his credit. Dr. Tanaka, psychiatrist-turned-neurobiologist, served in the Ikenaka lab in 2004-2006 and joined again in 2008, has 22 papers in his credit and investigates neuroglial development. Dr. Yoshimura, a neurochemist, has 10 publications in his credit and is engaged mostly in glycobiology research. Both Drs. Hitoshi and Tanaka are highly intelligent and able investigators who could lead independent research them selves, collaborate closely with Ikenaka and help Ikenaka to achieve greatly of neuroglia biology research. Yoshimura assists Ikenaka's long-held interest in glycobiology-neuroscience interface.

Most interesting and exciting development in the Ikenaka lab recently is imaging of release of ATP and glutamate from cultured astrocytes in real time. Release of ATP by the cells is visualized using luciferin-luciferase reaction with reagents loaded into the extracellular fluid and the reaction products imaged by ultrahigh-sentitive camera system. This new imaging technology should provide improved spatio-temporal information about neurotransmitters and other molecules released by individual neurons or glial cells and such information was not available until this day. It is expected that the Ikenaka lab will pioneer and expand this research area in coming days.

In summary, Prof. Ikenaka has been most active and successful in his research activity in neuroscience particularly in neuroglia research during his tenure at the Institute as evinced by more than 100 papers published during the period of 2001-2010. He is a world class investigator who serves as executive officers of international science societies and also serves as an editor-chief or associate editor of international journals. I expect that Prof. Ikenaka and his young, active and intelligent associates would continue their innovative and successful research in neuroscience and achieve greatly in coming days. In short, the Ikenaka laboratory is a great asset for the National Institute for Physiological Sciences.

Seung U. Kim, MD, PhD
Marianne Koerner Professor Emeritus of Neurology
Division of Neurology, Department of Medicine
UBC Hospital
University of British Columbia
Vancouver, BC V6T2B5
Canada.

(和訳)

外部評価 (池中一裕研究室、生理学研究所分子生理研究系分子神経生理研究部門)

池中一裕教授が1992年に教授に就任されてから18年間における、分子生理研究系分子神経生理研究部門の研究活動や研究業績について評価をさせていただくことを嬉しく思います。

私が池中教授と初めて会ったのは、1986年に大阪大学たんぱく質研究所御子柴克彦研究室に客員教授として招聘された際です。また、池中研究室へは1996年に3ケ月、最近では2010年に客員教授として招かれています。

わたしは、池中教授の神経科学一般および特にニューログリア生物学への幅広い関心と深い知識に感銘を受けています。池中教授は、特に神経発生学、生理学、ニューログリアの分子生物学という分野において、最も影響力があり、またよい結果を引き出す研究者のひとりとして国際的にも広く知られています。2001年から10年の間、神経科学研究、特にニューログリア生物学の領域へのすばらしい貢献が示すように、国際雑誌でSCI-indexされた84を含む100以上の論文、日本の科学雑誌では20の総説が掲載されています。それに加え、現在さまざまな雑誌へ掲載予定の論文が6あります。

池中教授は、神経科学研究者間の国際的なネットワークという面において、深い関心をもち、また活動的である、という点でよく知られています。現在、アジア太平洋神経化学会(APSN)理事長、国際神経化学会(ISN)理事、日本神経化学学会の副理事長を務めています。また、ニューロン、ニューログリアなどの神経生物学というテーマで、2001年より7つの国際ミーティング、シンポジウムを組織したことからもわかるように、ミーティング等の組織能力は注目すべきものがあります。2009年には、池中教授は、韓国慶州でISNの第9回サテライトシンポジウム( Myelin Development, Function and Myelin-related Diseases)をオーガナイズされましたが、私も協力できたことは喜ばしいことでした。

池中教授はまた、国際的に認められた神経科学研究者のひとりとして、Neurochemical Research誌のChief Editor、その他3つの神経科学誌、Developmental Neuroscience, Journal of Neuroscience Research, Neuron Glia BiologyのAssociate Editorとしても活躍されています。

池中研究室は、現在、池中一裕(教授)、等誠司(准教授)、田中謙二(助教)、吉村武(特任助教)、ポスドク1名、大学院生5名、技術補佐4名で構成されています。等誠司准教授は、神経学者から神経生物学者となった人ですが、研究の中心は、神経発達と神経幹細胞でこれまでに39の論文を執筆しています。田中謙二助教は、精神医学者から神経生物学者となり、2004年から2006年までの間と、さらに2008から池中研究室の一員として、これまでに22の論文を書き、ニューログリアの発達について研究をしています。吉村武特任助教は、神経化学者として10の論文を書き、主に糖鎖生物学の研究を行っています。等准教授、田中助教ともにとても聡明で、独立した研究を行うことのできる研究者ですが、池中教授と協力しまた、ニューログリア生物学の研究をより発展させるために池中教授をよく補佐しています。吉村特任助教は池中教授が長年にわたって関心をもっている糖鎖生物学と神経科学との調和について、教授の補佐をしています。

分子神経生理研究部門における最近の研究で、最も興味深く、興奮させる発達は培養アストロサイトからのATPとグルタミン酸のリアルタイムイメージングです。ATPの放出は、ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応により生じるフォトンを超高感度カメラでイメージングされます。この方法の導入により個々のニューロンやグリア細胞から放出される各種トランスミッターのすぐれた空間的・時間的情報を与えてくれるでしょう。また、このような情報は今まで得られなかったものです。分子神経生理研究部門はこの研究領域においても近い将来指導的役割を果たすでしょう。

以上をまとめますと、池中教授は神経科学、特にニューログリアという分野において非常に活発でまたよい結果を生み出す研究活動を行っており、それは生理学研究所において2001年から2010年の間に100以上の論文が掲載されていることからも明らかです。彼は国際科学学会で幹部理事として、またそれに準ずる国際紙の編集者として活躍する、世界に通用する研究者です。私は池中教授と、彼の若く、活動的で聡明なスタッフがこれからも神経科学分野において新しい局面を開き、よい成果を生み出す研究を続けていくことを確信しています。ひと言で申しますと、池中研究室は生理学研究所のすばらしい資産であります。

Seung Kim
名誉教授
ブリティッシュ・コロンビア大学 神経内科
バンクーバー、カナダ

1.2 村上富士夫 教授 (大阪大学 大学院 生命機能研究科)

平成22年12月2日に外部評価委員として生理学研究所分子神経生理部門を訪問し、池中一裕教授、等誠司准教授、田中謙二助教、吉村武助教からこれまでの研究成果と現状について説明を受けたので、その結果について報告する。分子神経生理部門ではこれまで一貫して神経科学における最も基本的な課題の一つ、即ち神経上皮細胞(神経幹細胞)から如何にして神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなど全く機能の異なる細胞種が分化してくるのかを中心課題として据え、研究を進めてきた。中でも、理解が遅れているグリア細胞の発生・分化様式にいち早く着眼し、世界をリードする研究を進めている。

研究の概要

グリア細胞の発生・分化

1)Glial cells missing:
glial cells missing (gcm)遺伝子はDrosophilaにおいてグリアと神経細胞間の運命決定を担うことが知られている重要な遺伝子である。哺乳類からは2種類のgcmホモログ (Gcm1, Gcm2)が単離されているが、中枢神経系における発現レベルが低く、その機能は不明な点が多かったが、研究室の准教授の等らは、gcm1/2ダブルノックア ウトマウスを詳細に解析することにより、gcm1/2遺伝子のグリア細胞さらには神経幹細胞の発生における役割の解明を進めた。マウスGcmはNotchシグナル活性の調節を介して、神経幹細胞を誘導していることを明らかにした。

2)皮質オリゴデンドロサイト:
大脳皮質のオリゴデンドロサイトの起源の多くは大脳腹側領域であることが知られているが、皮質内の起源については議論が分かれていた。そこでCre-loxP遺伝子相同組み換え技術と、子宮内DNAエレクトロポレーション法を組み合わせた新しい細胞系譜追跡法を導入することで、この問題に取り組み、少なくとも皮質外側部にはその起源があることを明らかにした。

アストロサイト、オリゴデンドロサイト共にその発生様式、サブタイプに関する知見は極めて乏しいため、更なる研究の発展を期待したい。

グリア細胞とシナプス伝達

グリア細胞の果たす重要な役割の一つとして神経伝達の調節がある。名古屋大学の研究グループと共同で、ルシフェリン発光を利用し、培養アストロサイトから放出されるATPの可視化にも成功した。これらのイメージングによる解析から、ATP刺激によるグルタミン酸放出、グルタミン酸刺激によるATP放出のモニターに成功した。グルタミン酸やATPを介するものの他、ミエリンにおいてカルシウムを介してアクティブに伝導速度を調節する可能性について検討を進めている。グリア細胞と神経細胞の機能的相関は、比較的新しく現在も議論が続いているホットな研究領域であるが、この新技術を武器とした新たな発展が期待される。

髄鞘形成

慢性脱髄巣におけるオリゴデンドロサイト成熟阻害因子の探索から、シスタチンFを見いだした。シスタチンFはミクログリアが髄鞘膜を貪食すると発現誘導され、髄鞘再生が抑制されると発現が消失する興味深い因子であり、重要な役割が予想される。今後の研究の発展が期待される。

神経細胞の移動・軸索ガイダンス

GABA作動性ニューロンの系譜を制御していると考えられる転写因子Olig2に着目し、腹側視床の形成のメカニズムを追跡している、発生中の視床網様核において、Zona limitans intrathamica周囲のOlig2陽性細胞から分化したニューロンの局在が、発生が進むにつれて脳室側から外側方向(軟膜側)へと変化していた。このことは、発生中の腹側視床ではニューロンが脳室側から軟膜側へ移動して視床網様核を形成している可能性が考えられ、経時観察による解析を検討している。

その他

以上の研究の他、グリア細胞の異常がもたらす脳の機能異常による病態の研究、N-結合型糖鎖の構造決定と機能解析、多機能遺伝子改変システム: FAST systemの構築と応用などいくつかの研究が精力的に進められている。

研究成果とその発表状況

得られた成果は毎年Develomental Biology, Glia, Journal of Neuroscience Research, Journal of Neuroscienceなどの一流の国際専門誌にコンスタントに発表を続しけている。

研究室マネージメント

過去数年間の間に小野勝彦准教授(現府立医大教授)、竹林浩秀助教(現熊本大学准教授)、渡辺 啓介研究員(現熊本大学助教)が栄転したことは、研究室のアクティビティーの高さを物語っている。

現在は等 誠司 准教授、田中 謙二 助教、吉村 武 特任助教らのスタッフを中心に特別協力研究員一名、大学院生5名、特別協力研究員1名を加えて有機的なチームを構成し、精力的に研究を進めている。

国際貢献

Neurochemical ResearchのCo-editor-in Chief、Developmental NeuroscienceのAssociate Editor、Journal of Neuroscience ResearchのAssociate Editor、Neuron Glia BiologyのBoard memberを務めるなど専門誌の運営を通じて国際的な貢献を行っている。また2007年から2009年にかけては毎年国際学会やシンポジウムをオーガナイズし、2006年以降はThe Asian Pacific Society for Neurochemistry のPresidentを務め幅広く国際的活動を行っている。

国内における学界、所属機関への貢献

日本神経化学会の理事、副会長として学会の運営に力を尽くす一方、研究所内においては永年に亙り副所長/予算委員長として運営に貢献を続けている。

総括

以上のように池中一裕教授が主宰する分子神経生理部門でグリア細胞の発生分化とその機能の追求を中心に精力的に研究を行っており、世界をリードする研究を行っている。当該分野のパイオニアである同教授は今後とも先駆者であり続けることが期待される。またそのアクティビティーは研究室内に留まらず、国内外の当該分野において様々な形での貢献を行っており、国際的にも多方面から一層の活躍が期待されている。

大阪大学大学院・生命機能研究科・教授
村上富士夫

1.3 白尾智明 教授 (群馬大学 大学院 医学系研究科

分子神経生理研究部門は池中教授を中心に等准教授、田中助教、吉村特任助教により運営されている。池中教授就任以来18年が過ぎ、すでに設立当初の第一期の研究者たちはそれぞれ独立しており、現在の第二期と呼ぶべきチームもすでに各自PIとして実力を身につけており、後進の育成はまさに順風満帆といえる。

研究対象は一貫してグリア細胞の研究を中心としているが、当初のグリア細胞の発生分化調節の研究から現在は神経回路網の統合性をファインに調節する新たなグリアの役割解明を目指す研究に発展しつつある。特に、アストロサイトを介した数万個のシナプスの同期やオリゴデンドロサイトによる軸索の伝導速度調節は、今後脳機能解明にブレイクスルーをもたらす可能性がある。また、同部門においては、発足以来N-結合型糖鎖の研究を継続しており、国内ばかりでなく世界的にもユニークな研究拠点となっている。最近開発された超微量糖鎖解析法の開発は従来この分野の隘路となっていた個別の細胞における糖鎖の研究を飛躍的に発展させる可能性を秘めている。また、池中教授の研究姿勢の特徴として、研究成果の臨床研究への応用が常に視野に入れられており、単なるCuriosity-drivenの研究にとどまらない、研究の質の高さは特筆できよう。

グリア細胞の発生に関しては、池中教授がOlig2転写因子に着目した研究を行い、大脳皮質(脳背側部)から発生するオリゴデンドロサイトの存在を証明した。これは前脳オリゴデンドロサイトの発生起源はganglion eminence(脳腹側)だけであるという従来の通説とは異なるものであり、画期的な研究と言える。今後より多くのサポーティブデータを出してゆくとともに、国際的な広報活動が重要であろう。国際的な共同研究のさらなる発展が望まれる。一方、アストログリアの発生に関しては、脊髄の領野特異的発現転写因子の研究などにより、アストログリアの発生学的多様性が明らかになりつつあるが、池中グループはOlig2に着目した解析により、大脳皮質アストロサイトのsubpopulationがOlig2陽性細胞から出現することを発見した(Ono et al. Dev Biol 2008、Ono et al. Mol Cells 2009)。また、ニワトリ胚神経管への新たな遺伝子導入技術を開発し、アストログリアの発生ドメインを明らかとした(Gotoh et al. Dev Biol 2010)。

一方、成熟脳においても、グリア細胞の高次脳機能におよぼす役割が明らかとなりつつあり、最近の神経科学では大変ホットな研究領域となっている。このような国際情勢の中で、池中グループの研究は、特に「個々の孤立した神経回路を結びつけるためのグリアの役割」に視点を置いて研究するという特徴を持つ。最近の田中助教を中心とした研究により、アストロサイトによるグルタメートやATPの調節およびオリゴデンドロサイトによる軸索伝導速度のファインな調節など、10秒以上にわたるゆっくりとした調節機構が明らかとなったが、この研究成果は、脳機能調節における新たな機構を明らかとするものである。

グリア細胞の機能と病態の研究に関しては、田中助教のAlexander病に関する研究はトランスレーショナル研究としての強い側面を持ち、アストロサイトの細胞骨格異常がATP分泌異常を介して、モデル動物の行動変化に結びついていることを明らかとしつつある。一方で、Mlc1-TGマウスの解析結果より、発生期の小脳においてバーグマングリアの移動障害が起こることも見いだしており、不明な点が多いアストロサイトの発生・分化機構の解明に期待が持てる。また、池中教授は、慢性脱髄生疾患のモデルとしてPLP-TGを作成し、通常のEAE法では形成できない、脱髄と再髄鞘化像が同時に存在する様な慢性脱随相を8ヶ月も存続させることに成功した。この世界で唯一の慢性脱随疾患モデルマウスを用いて、DNAマイクロアレイスクリーニングを行い、再髄鞘化を促す重要な候補分子としてcystatinFを同定した。cystatinFは、再髄鞘化が行われている領域のミクログリアに限局して発現し、システインプロテアーゼであるcatepsinCの活性を抑制することで、ミクログリアからの炎症性物質放出を抑制し、これが再髄鞘化をもたらす重要なステップであることを明らかとした。同時に池中教授は、前述したOlig2に着目した研究から、脱髄領域では、オリゴデンドロサイト前駆細胞が正常にオリゴデンドロサイトに分化するが、それらが成熟出来ずに変性していくことも突き止めている。これらの結果より、ミクログリアのcystatinF発現増加を促せば、脱髄におけるオリゴデンドロサイト変性を抑制し、効果的な再髄鞘化につながる可能性が高い。脱随性疾患は、効果的な治療法がない重篤な疾患であるために、この知見を応用した臨床応用の重要性が浮かび上がってきており、大変興味深い。

等准教授の神経幹細胞の生成と維持に関する研究では、セロトニンのneurogenesisの促進効果が見つかっている。また、LiCl、Valproic acid、CarbamazepineなどのいわゆるMood Stabilizerの薬理作用がNotch シグナルの活性化を介した神経幹細胞の増殖促進であるメカニズムを見出しており、今後の発展が大いに期待できる。

Neural network foramtionにおける糖鎖の役割は古くより推測されているものであるが、糖鎖解析のためには比較的大量の糖鎖が必要である点が隘路となっている。池中グループは、グラファイトカーボン固定法により、極微量の糖鎖解析方法の開発に成功した。この方法を利用して、現在新規糖鎖構造の発見とそれを用いたシグレックの発見を試みている。既に、血清中の肝癌マーカーを発見し、またLewisX糖鎖構造の合成に関わる新規フコース転移酵素FUT10を発見した。このFUT10は単独ではフコースを転移できないにもかかわらず、LewisX糖鎖合成には重要な役割を果たしていること、また神経細胞移動にも関与していることを明らかにした。

以上の様に、池中教授を中心とした研究グループは国際的な研究成果をあげていることが明らかであるが、研究活動以外にも池中教授は、アジア太平洋神経化学会(APSN)のプレジデントとして、アジアの神経化学分野の発展のために大きな貢献をし、我が国の国際貢献に大きな役割を果たしていることも、最後に特記したい。

白尾 智明
群馬大学 大学院 医学系研究科 教授


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