生理学研究所 総合生理研究系 生体システム研究部門

独創性を継ぐもの

生体システム研究部門・教授 南部 篤

 私は1982年に京都大学医学部付属脳研究施設の大学院に入学しました。指導教授は後に生理学研究所所長、機構長を歴任される佐々木和夫先生でした。研究室の主要なテーマは、視床から大脳皮質、とくに運動野への線維連絡で、大脳皮質の浅い層(I~II層)に投射する「浅層性視床―大脳皮質投射」と、深い層(IIIからV層)に投射する「深層性視床̶大脳皮質投射」の2種類があるというのが佐々木先生の作業仮説でした(Int Anesthesiol Clin 3: 1, 1975)。実際、視床を電気刺激して大脳皮質で記録をすると、表面陰性・深部陽性の電位変化と、その逆である表面陽性・深部陰性の電位変化が記録され、それぞれ「浅層性視床―大脳皮質投射」と「深層性視床̶―脳皮質投射」に由来しているというのが、その根拠でした。研究室のメンバーはこの仮説を証明しようとしたり、少なくともこの仮説を前提とした研究を行っていました。私たちも、この仮説を検証すべくネコを用いた急性実験を始めました。大脳皮質を層別に微小刺激し、視床―大脳皮質投射細胞の逆行性応答を調べることで、大脳皮質の浅層への投射か、深層への投射か区別してやろうという計画でした。
 浅層性投射か深層性投射かが研究室の関心事で、日常でも「表面陰性・深部陽性」などと常に呟いていました。この2種類の投射では、大脳皮質の興奮性に対する影響が異なると考えられるので、重要な筈です。さらに、成ネコと比べると、子ネコの視覚野では浅層性投射が優位であるなど、生後発達にも関係している可能性が出てきました。しかし、研究室を一歩外に出て国内の学会などに行っても、そのようなことを言っている研究者は、私達の研究室以外にはありませんでした。また、論文を見ても海外でもそのようなことを主張したり、言及しているものは殆どありませんでした。つまり、視床―大脳皮質投射に2種類あるという主張は、国内外からほぼ無視されていたと言っても良いと思います。それでも佐々木先生をはじめ研究室のメンバーは、気にせずこのテーマに取り組み続けました。佐々木先生の教えのひとつに、「流行を追ってはいけない。流行になった頃には、主要な仕事は終わっている。常に独自の研究をするのが良い。」というのがあり、それに忠実だったのかもしれません。また、当時はのんびりした時代で、研究費はなくとも、ひとつのことを追究し深く考える余裕がありました。私達の研究も2年ほどの実験の末、大脳基底核から入力を受ける視床細胞は大脳皮質の浅層に投射するのに対し、小脳核から入力を受ける視床細胞は深層に投射するという結果を得ました(Exp Brain Res 69: 67, 1987)。
 その後、私の興味は視床から大脳基底核の機能と大脳基底核疾患の病態生理に移り、研究室の先輩方も、それぞれの研究テーマを見つけ、それを追うのに忙しく、視床と大脳皮質との関係を掘り下げることはありませんでした。一方、佐々木先生はヒトの脳磁場の研究を、生理学研究所で開始されました。そこでも、佐々木先生は脳磁場の由来に いて、視床と大皮質の関係を常に重視した研究を進められました。その後、佐々木先生は、生理学研究所の所長、機構長などを経られた後、研究の第一線からは退かれました。
 しかし15年程前、視床の神経解剖学の泰斗であるEdward G. Jones教授が、解剖学のデータから視床―大脳皮質投射には2種類あると言い出しました(Trends Neurosci 24: 595, 2001)。その昔、佐々木先生とJones先生とは、小脳からの出力が頭頂葉に至っているか否かで論争をしており、論敵だったと思います。そのJones先生が、佐々木先生の説を支持するような主張をし始めた訳です。最近では、京都大学の金子武嗣教授の研究グループが、ウイルスを使って大脳皮質の浅層に投射する視床細胞と深層に投射する視床細胞を染め分け、顕微鏡で観察することに成功しました(Cerebral Cortex: 19: 2065, 2009)。
 30年前には作業仮説でしかなかったものが、目で見える実体として証明された訳です。また、大脳皮質の局所回路についての研究も進み、浅層への投射と深層への投射が大脳皮質の活動に与える影響の違いの詳細が明らかになるなど、視床―大脳皮質投射に2種類あるという考えが常識となりつつあります。さらに基礎生物学研究所の松崎政紀教授の研究グループは、Ca2+イメージングによって浅層性視床―大脳皮質投射細胞の軸索の活動までも可視化しようとするなど、益々拡がりを見せています。実験結果を元に、独自の考えを発展させることの重要性を改めて認識すると同時に、研究を続けることの妙味、面白さも感じます。また、研究の独創性あるいは先見性とは何か、それらを育むためにはどのような環境が必要かを考えさせられる話でもあります。
(NIPSかわらばん No.060 2014.5.28 所収、総研大創立25周年記念誌に寄稿したものを一部改変)

PAGE TOP