生理学研究所細胞生理部門 HOMEへ

柴崎 貢志 (SHIBASAKI Koji)

群馬大学大学院医学系研究科脳神経発達統御学講座分子細胞生物学分野
准教授

研究テーマ

  1. 海馬神経興奮性の調節機構
  2. 神経-グリアの機能連関   
  3. 神経軸索伸長の調節機構:軸索再生への応用    

研究内容

テーマ1.海馬神経興奮性の調節機構

1950年代頃の古典的な研究(J. Physiol. 109: 240-249, 1949)にはじまり、現在まで、神経細胞の興奮性向上に生理的温度(37℃)が関係することは多数報告されてきた(Hippocampus 5: 491-498、1995)。しかしながら、どういう分子メカニズムでこの神経興奮性の向上がもたらされるのかは、全く未解明であった。
私の最近の研究成果(柴崎ら、J.Neurosci.27: 1566-1575, 2007、図1)より、海馬に発現する温度センサー・TRPV4は体温により活性化し、カチオンの流入を介して神経細胞の興奮性を向上させることが明らかとなった。世界で初めて、なぜ室温環境よりも体温環境の方が神経細胞の興奮性が向上するのかという分子メカニズムを解き明かした貴重な知見である。つまり、脳内の温度環境に依存して、神経細胞の興奮性が規定されるという全く新規の神経情報伝達機構の存在を示唆する研究成果といえる。近年のfMRIを用いた研究により、神経活動が増加している脳内の局所領域には血流の増加が認められることが明らかとなっている。このことは、脳内の局所温度はこの血流増加に伴い上昇し、TRPV4の活性化を介して、神経興奮性の増加が起こる可能性を示唆している。この可能性を調べるために現在、局所の脳内温度測定システム、脳内温度変動システムを開発中である。野生型とTRPV4遺伝子欠損マウスを用い、脳内温度変化、神経活動(脳波測定)、学習・記憶行動解析を行い、海馬機能がどのように制御されているのかを明らかとしていく。個体実験と組み合わせ、スライスパッチクランプ法や培養神経細胞を用いた細胞内シグナリング解析も行い、海馬の複雑なシナプス可塑性がいかにもたらされるのかを統合的に明らかとしたい。

テーマ2.神経-グリアの機能連関解明

上記、研究テーマ1の実験過程で、神経細胞のみでなく、アストロサイトにもTRPV4が発現することを見いだした。非常に興味深いことに、ごく一部のアストロサイトのみがTRPV4を発現していた(図2)。しかも、この一部のアストロサイトに発現するTRPV4を活性化するとアストロサイトから情報伝達物質の遊離が起こった。最近の研究から、脳内に神経細胞の10から20倍程度存在するアストロサイトは、自身からの情報伝達物質遊離を介して、神経情報伝達の調節を行うことが明らかにされつつある。本研究で、何故、一部のアストロサイトのみがTRPV4を発現するのかを明らかと出来れば、アストロサイトを神経細胞同様に(グルタミン酸作動性、アセチルコリン作動性などのように)、分類できる。そして、脳内に数的に優位に存在するアストロサイトが神経細胞とどのように連絡を取り合い機能連関しているのかを明らかと出来る(図3)。本研究により、グリア細胞の機能的重要性が明らかとなれば、神経疾患の新たな創薬ターゲットになり得ると期待される。

テーマ3. 神経軸索伸長の調節機構:軸索再生への応用

上で述べてきたような温度センサーはいつ頃から発現を開始するのであろうか?もしも、生体の温度受容にのみ関連する分子であれば、出生直前に発現開始するはずである。DRG感覚神経細胞に発現する温度センサー、TRPV1(43℃以上)、TRPV2(52℃以上)、TRPM8(27℃以下)の発現をマウス胎仔で調べたところ、TRPV2が一番最初に発現を開始した。その発現開始時期は、胎生10.5日目(E10.5)という非常に早い時期であり、DRG感覚神経細胞と同時に、脊髄運動神経でもTRPV2の発現が開始していた。さらに、TRPV1は2日後のE13.5日から、TRPM8はE16.5日から発現を開始した(この両者はDRGのみで発現していた)。このように、温度センサーは胎仔期から発現を開始し、その発現はカスケード化していることを突き止めた(図4)。子宮内は常に37℃近傍に保たれ、胎仔はその中で発育するため、これらの温度センサーは温度を感知するためではなく、神経細胞の成熟をコントロールするために発現していることが予想された。
 TRPV2がE10.5という早い時期に感覚神経細胞と運動神経の両者に発現開始することより、このチャネルが軸索伸長を制御するのではないかと予想し実験を行った。その結果、TRPV2は膜上の伸展刺激を感知し、細胞内カルシウム上昇を促すことで軸索伸長を促進することを見いだした(図5、投稿中)。現在までに、膜上の伸展刺激が軸索伸長を促すこと、またイオンチャネルがその信号変換に関わることなどは一切報告がない。つまり、私は神経発達期の軸索伸長の新規制御メカニズムを見いだしたと言える。
 現在、TRPV2がどのような分子メカニズムで軸索伸長を促進するのかを詳細に解析中である。これらの分子メカニズムを明らかとし、脊髄損傷や視神経などの神経軸索の再生研究に本成果を応用していく。



図1 TRPV4による海馬神経活動の制御 (柴崎ら、J.Neurosci.27: 1566-1575, 2007

野生型(wild type)とTRPV4KOの海馬神経細胞の静止膜電位(resting membrane potential)を25℃で測定すると、両者ともその静止膜電位は-62mV付近であった。しかし、静止膜電位の測定条件を37℃に変えると、野生型とTRPV4KO群の両者で静止膜電位は、脱分極側にシフトした。TRPV4KO群よりも野生型において、約5mV脱分極の程度が大きいことより、TRPV4が体温により活性化し、静止膜電位を脱分極させていることが示された(図中の緑色の矢印)。体温によるTRPV4の活性化に伴い、神経細胞の興奮性が向上していることが示された。


図2 特定のアストロサイトに発現するTRPV4チャネル


(上段)培養アストロサイトにおけるTRPV4mRNA発現。ごく一部の特定のアストロサイトにのみTRPV4発現を認める。(下段)アストロサイトにおけるTRPV4蛋白質の局在。野生型マウス由来のアストロサイトでは、矢頭で示す細胞膜にTRPV4蛋白質の局在が認められる。一方、TRPV4KOマウス由来のアストロサイトでは、細胞膜上に染色が一切認められない。


図3 アストロサイトTRPV4を介した神経-グリア機能連関の可能性


現在、シナプスにおいて神経情報伝達が起こる際に前シナプスから何らかのTRPV4リガンドも放出されると予想している。これに伴い、特定のアストロサイトが興奮すると伝達物質の遊離が起こり、周りのアストロサイトに興奮が伝播する(calcium oscillation)。さらに、神経細胞の興奮調節が行われていると示唆される。これらの機構を解き明かすことで、神経-グリア機能連関を明らかとしたい。


図4 胎仔期に発現する温度センサー

模式図はDRG感覚神経細胞の発生過程を示している。DRGはE9.5に神経管(図中でntと表示)の背側に存在するneural crest cell(神経幹細胞)が腹側に移動し、細胞塊を形成することで認められるようになる。DRGの中では、E10に大型細胞(図中の赤丸)が産生を開始し、それに続けて、E11.5に中型細胞(図中の黄丸)、E12に小型細胞(図中の青丸)の産生がはじまる。出生直前にこれらの全ての細胞種が揃い、出生後の個体は温度受容や痛み感覚を持つようになる。図に示すように、温度センサーは子宮内にいる胎仔期において既に発現を開始することがわかった。しかも、その発現がカスケード化していることより、これらのチャネルが神経細胞の成熟過程に何らかの影響を与えていると考えられる。特に、TRPV2は感覚神経の他、運動神経にも発現することより、軸索伸長に影響を与えると予想された。


図5 TRPV2は軸索伸長を調節する重要な分子である

(A)ニワトリ胚の神経管の半分のみにエレクトロポーレーション法を用いて遺伝子導入した。EGFP(コントロール)、野生型TRPV2(図中のWT-V2)、TRPV2活性を阻害する変異体(図中のDN-V2)を強制発現させ、24時間後に脊髄運動神経の軸索(neurofilamentで標識される)の伸長率を比べた。(B)コントロール群と比較し、WT-V2発現群で軸索伸長が有意に促進した。(C)遺伝子導入した運動神経の軸索伸展率を遺伝子が未導入の軸索と比較した。その結果、DN-V2発現細胞では軸索伸長が有意に抑制された。これらの結果より、TRPV2は軸索伸長を制御する主要因子であるといえる。

「さする」と反応、神経の突起を伸ばす新たな分子メカニズムを解明
―神経の細胞伸展の感知センサーを発見―

Shibasaki K, Murayama N, Ono K, Ishizaki Y, Tominaga M
TRPV2 Enhances Axon Outgrowth through Its Activation by Membrane Stretch in Developing Sensory and Motor Neurons.
J Neurosci. 2010 Mar 31;30(13):4601-12.
日本語要旨

群馬大学大学院医学系研究科脳神経発達統御学講座分子細胞生物学分野 (分子病態学)

共同研究者のHP
    京都府立医科大学; 小野勝彦教授
  自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター 細胞生理部門;富永真琴教授

last up date; 2013/3/14