3 共同研究・共同利用研究

3.1 概要

大学共同利用機関である生理学研究所は、一般共同研究、計画共同研究(必要に応じて適宜、最も重要と思われるテーマを選択して集中的に共同研究をおこなう)および各種大型設備を用いた共同利用研究を行っている。(別表参照)に示すように、毎年多くの共同研究が行われており、本年度も計35件の一般共同研究と計30件の計画共同研究を行い、着実な成果をあげている。

生理学研究所の共同研究のもう1つの重要な柱は生理研研究会である。本年度も計25件が実施あるいは予定されている。岡崎3機関の中でも、生理学研究所の研究会の数は飛びぬけて多い。通常の学会とは異なり、口演が主体で発表時間と質疑応答時間が余裕を持って取られており、また少人数であるため、非常に具体的で熱心な討論が行われている。この研究会が母体となって班会議が構成された場合や、学会として活動を開始した場合もあり、その意義は大きい。また今年度から「国際研究集会」が開催されることとなり、1件が既に開催された。海外の研究者を招き英語で行われる研究会であり、その成果に期待が寄せられている。未だ知名度が低く、今年度の開催は1件だけであったが、今後は徐々に増加するように、広報活動にも力を入れていきたい。

本年度に生理学研究所から発表された論文のうち、多くの論文が国内外の施設との共同研究によってなされたものである。このことは生理学研究所が大学共同利用機関としての役割を十分果たしていることを示すものである。本年度に顕著な業績をあげたものを資料として共同研究業績に掲載した。

3.2 共同研究

「一般共同研究」と「計画共同研究」は、所外の大学及び研究機関の常勤研究者が、所内の教授または准教授と共同して行う研究であり、合計で従来は30-40件が採択されていたが、共同利用研究の活性化に伴い、昨年度は61件、今年度は60件が行われている。

計画共同研究は、研究者の要請に基づいて生理学研究所が自らテーマを設定する。今年度からは、従来の「遺伝子操作モデル動物の生理学的、神経科学的研究」と「バイオ分子センサーと生理機能」に加えて、「多光子励起法を用いた細胞機能・形態の可視化解析」と「位相差低温電子顕微鏡の医学・生物学応用」が開始され、計27件が行われている。いずれも現在最も高い関心を寄せられている領域であると同時に、生理学研究所が日本における研究の最先端をいっている分野でもある。さらに来年からは、「マウス・ラットの行動様式解析」が開始予定であり、一層の充実が予想される。今後も多くの共同研究の申請を期待している。

3.3 超高圧電子顕微鏡共同利用実験

生理学研究所に超高圧電子顕微鏡(H-1250M型)が、1982(昭和57)年3月に導入されている。生理学研究所の超高圧電子顕微鏡は、1,000kV級の装置で、医学生物学用に特化した装置として我が国唯一であるので、設置当初より全国に課題を公募して共同利用実験を行ってきた。最近は「生体微細構造の三次元解析」「生物試料の高分解能観察」「生物試料の自然状態における観察」の3つのテーマを設定している。2008(平成20)年度には、この全国共同利用実験の実施計画は27年目に入っている。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から積極的な応募がある。2008年度は「生体微細構造の三次元解析」に関連する課題が主であり、合計13課題が採択されている。この中で外国の研究者がメンバーとして正式に参加している課題は韓国から4件、米国から1件の計5件あり国際的にも利用されていると言える。今年度は、これまでに論文が2件報告されている。韓国の啓明大学関連のもの1件、藤田保健衛生大関連のもの1件である。またドイツのマックスプランク研究所(ドレースデン)からの神経前駆(上皮)細胞に関連する論文が10月初旬にヨーロッパの雑誌に受理されている。このほかに昨年、京都工芸繊維大学から Acta Histochemica et Cytochemica に発表された培養神経細胞内の膜蛋白質の局在を研究した論文が2008年10月に日本組織細胞化学会論文賞を受賞している。

設置以来約26年半の生理学研究所の超高圧電子顕微鏡の平均稼働率は、約80%である。全利用日数の約半分を所外からの研究者が使用しており1,000kV級超高圧電子顕微鏡の医学生物学領域における日本でのセンター的役割を果たしてきた。今年度も9月末現在で、所外14日、所内32日の利用があり、平成20年度前期の稼働率は約50%である。設置以来約26年半が経過しているが、装置は各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも現在も高い真空度のもとに高い解像度を保って比較的安定に運転されている。しかしいろいろの箇所で、装置や部品の劣化も進んでいることが考えられ、予断を許されないところもあると考えられる。また近年、医学生物学分野での超高圧電子顕微鏡研究者コミュニティの三次元断層像撮影に対する強いニーズに応えていくためにも、近年の技術発展を取り入れた電子顕微鏡のデジタル化を進め、迅速で自動化されたデータ取得およびデータ解析を可能とすることも必要である。このような点を考慮すれば、今後、より一層成果を挙げていくためには、更新または、大規模な修理改造が望まれる。

3.4 生体磁気測定装置共同利用実験

生理学研究所は1991年に37チャンネルの大型脳磁場計測装置(脳磁計)が日本で初めて導入されて以後、日本における脳磁図研究のパイオニアとして、質量共に日本を代表する研究施設として世界的な業績をあげてきた。同時に、大学共同利用研究施設として、脳磁計が導入されていない多くの大学の研究者が生理学研究所の脳磁計を用いて共同研究を行い、多くの成果をあげてきた。現在、脳磁計を共同利用機器として供用している施設は、日本では生理学研究所のみである。平成14年度には基礎脳科学研究用に特化した全頭型脳磁計を新たに導入し、臨床検査を主業務として使用されている他大学の脳磁計では行い得ない高レベルの基礎研究を行っている。

脳磁計を用いた共同研究としては「判断、記憶、学習などの高次脳機能発現機序」「感覚機能及び随意運動機能の脳磁場発現機序」という2つの研究テーマを設定し募集している。生体磁気計測装置共同利用実験の共同利用の件数は5ないし6 件、外部の施設からの参加人数は15-20 人程度で推移している。平成14年度に新型機器に更新される前は、2ないし3件であったので、新型機器への更新の効果が出ているものと思われる。本年度も7件の採択があり14 名が外部機関から参加している。また今後は、他の非侵襲的検査手法である、機能的磁気共鳴画像(fMRI)、経頭蓋磁気刺激(TMS)、近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)との併用をいかに行っていくが重要な問題になると思われる。

本年度の共同研究の成果として英文原著論文を8編発表した(印刷中を含む)。第1著者は、名古屋大学医学部、大阪大学医学部、中央大学文学部、三重大学医学部、海外では、ドイツのフランクフルト大学、米国のNIH、英国のバーミンガム大学、イタリアのキエッティ大学である。

3.5 磁気共鳴装置共同利用実験

磁気共鳴装置については「生体内部の非破壊三次元観察」と「生体活動に伴う形態及びエネルギー状態の連続観察(含む脳賦活検査)」というそれぞれ2つの研究テーマを設定し募集している。本年度の共同研究件数は14 件、外部機関からの参加者は延べ53名である。現在の装置は平成12 年に導入されたもので、3テスラという高い静磁場により通常の装置(1.5テスラ)に比較して2倍の感度をもち、特に脳血流計測による脳賦活実験においては圧倒的に有利である。また、特別な仕様を施してサルを用いた脳賦活実験をも遂行できるようにした点が、他施設にない特色である。さらに、実験計画、画像データ収集ならびに画像統計処理にいたる一連の手法を体系的に整備してあり、単に画像撮影装置を共同利用するにとどまらない、質の高い研究を共同で遂行できる環境を整えて、研究者コミュニティのニーズに応えようとしている。平成12年の機器導入以来の共同利用による英文原著論文発表数は既に19報に達している。

現在装置の状態は良好であるが、問題点として所内対応研究教育職員の不足が挙げられる。最近研究人口の増大している脳賦活検査は、主に人間を対象としている関係上、倫理委員会の検討が必須であることから、共同利用には、所内対応研究教育職員との共同研究が前提となる。脳賦活検査の適用は認知科学全般に広がりつつあり、共同利用の申込は人文系(特に言語・心理領域)からの増加が顕著である。一方で、所内対応研究教育職員の守備範囲は限られており、現在の教授一名、助教三名による対応には限界がある。その負担を軽減するため、生理研トレーニングコース、生理研研究会を積極的に組織して、機能的MRIについての、最新の撮像、実験デザインならびにデータ解析手法の周知と共有化を図っている。また、画像撮影用人員の確保も課題であったが、リサーチアシスタント(大学院生)の業務として、スタッフの監督下に画像撮影を行うことにより、対処している。一方で、撮影機器ならびにネットワーク機材のメンテナンス、撮像技術の高水準での安定化、実験用課題プログラムのデータベース化に技官の関与を大幅に増やすなど、業務の切り分けと専門化を進める必要がある。

3.6 2光子レーザー顕微鏡を用いた共同研究

2光子励起顕微鏡システムは、低侵襲性で生体および組織深部の微細構造および機能を観察する装置であり、近年国内外で急速に導入が進んでいる。しかし、安定的な運用を行うためには高度技術が必要であるため、共同利用可能な機関は生理研が国内唯一である。現在、2台の正立(in vivo用)と2台の倒立(in vitro用)の2光子励起顕微鏡が安定的に稼動している。その性能は世界でトップクラスであり、レーザー光学系の独自の改良により、生体脳において約1mmの深部構造を1μm以下の解像度で観察できる性能を構築している。深部観察技術に関して、科学技術振興機構の産学協同プロジェクトにおいて光学顕微鏡メーカーと共同開発を行なった。また、生体内神経細胞のCa2+動態イメージング技術の確立および長時間連続イメージングのための生体固定器具の開発を行うとともに、同一個体・同一微細構造の長期間繰り返し観察技術の確立を行った。本年度は正式な生理研共同研究という形はとっていないが、現在は生体恒常機能発達機構および生体情報解析室が研究室単位での共同研究を受け入れている。来年度から生理研計画共同研究として多くの共同研究を受け入れる予定である。今年度は6件の共同研究を行った。また、2光子顕微鏡システムの観察には20件を超える来所者があった。また、所内外から約20名の研究者が参加する2光子励起法・レーザー基本知識勉強会をほぼ毎週、共同研究を見据えた所外講師を招いたイメージングセミナーをほぼ毎月おこなっている。更に、特定領域研究「細胞感覚」の支援班として領域内共同研究にも供している。今後、更に共同研究申請数の増加が見込まれる。一方、2光子励起システムはクラスIVの高出力フェムト秒パルスレーザーを使用するとともに、光学系調整に熟練技術を要するため厳重な安全管理が必要であり、基本的に所内の対応人材の数が不足している。今後、レーザー維持管理、および共同研究に対応できる人員の確保、および大容量画像処理システム構築が大きな課題である。

3.7 研究会

研究会も毎年件数は増加しており本年度は25件が採択され1000名以上の参加者が予定されている。生理研研究会は件数、参加者数ともに、岡崎地区の他の2研究所の研究会をはるかに多く、生理研の共同研究の大きな特徴の1つとなっている。各研究会では、具体的なテーマに絞った内容で国内の最先端の研究者を集め活発な討論が行われており、これをきっかけとして新たな共同研究が研究所内外で進展したり、科学研究費補助金「特定領域」が発足したりすることも多い。たとえば、平成6--8 年に「グリア研究若手の会」として行われた研究会はその後、特定領域(B)「グリア細胞による神経伝達調節機構の解明」へと繋がり、その後現在の「グリア神経回路網」の特定領域と発展した。また、バイオ分子センサー関係の生理研研究会が今年度から発足した特定領域研究「セルセンサー」に繋がった。この他、毎年行われるいわゆるシナプス研究会やATP 関係、細胞死関係の研究会は、それぞれの日本における研究者コミュニティを形成する上で大いに役に立っており、新分野の創成にも貢献している。

さらに今年度より生理学研究所国際研究集会(NIPS International Workshop)の公募が開始された。これは、生理学研究所研究会のより一層の国際化と充実を図るため、海外の研究者を数名招聘して行う。年間3~5件程度の採択を予定しており、研究集会の規模により75万円を上限として生理学研究所が補助する。50~100名程度の参加者を予定しており、毎年1ないし2回行われている生理研コンファレンスと比較して、比較的小規模なワークショップ的な内容と定義している。今年度は、 東京大学の岡部 繁男教授が代表者として「From photon to mind - advanced non-linear imaging and fluorescence-based biosensors」が成功裡に開催された。

3.8 国際共同研究

生理学研究所では、国内だけではなく海外の研究施設とも幅広い共同研究を行っている。詳細は国際交流を参照。

生理学研究所共同利用研究年度別推移

   
年度区分 一般共同研究 計画共同研究 研究会 国際研究集会 超高圧電子顕微鏡共同利用実験 磁気共鳴装置共同利用実験 生体磁気計測共同利用実験
平成13年度                
採択件数 28 6 17   12 10 3 76
共同研究参加人員 169 28 323   35 48 12 615
旅費予算配分額 10,276,000 1,871,080 8,100,000   1,116,280 1,777,000 1,000,000 24,140,360
旅費執行額 9,031,680 1,770,390 9,222,090   811,880 2,201,160 1,014,720 24,051,920
平成14年度                
採択件数 33 4 20   10 11 5 83
共同研究参加人員 206 17 470   26 50 14 783
旅費予算配分額 11,091,700 975,080 10,100,000   1,116,280 1,777,000 1,000,000 26,060,060
旅費執行額 9,431,360 570,710 12,554,850   807,240 2,030,420 847,040 26,241,620
平成15年度                              
採択件数 28 7 17   11 17 6 86
共同研究参加人員 220 33 364   30 79 18 744
旅費予算配分額 9,800,000 1,132,740 9,199,100   1,120,000 2,130,000 1,200,000 24,581,840
旅費執行額 8,855,800 1,334,780 9,051,150   1,287,260 2,621,260 1,182,940 24,333,190
平成16年度                
採択件数 26 10 21   12 18 5 92
共同研究参加人員 195 41 271   27 90 16 640
旅費予算配分額 9,406,000 2,285,000 8,500,000   1,120,000 2,130,000 1,200,000 24,641,000
旅費執行額 5,676,560 590,270 8,365,430   1,122,320 2,130,010 1,209,956 19,094,546
平成17年度                
採択件数 34 29 26   10 11 6 116
共同研究参加人員 201 126 439   29 42 19 856
旅費予算配分額 9,453,340 6,117,180 10,650,000   1,304,000 2,046,020 1,352,000 30,922,540
旅費執行額 7,554,280 2,629,500  10,982,770   1,254,600 427,910 1,042,240 23,891,300
平成18年度                
採択件数 36 27 25   14 13 7 122
共同研究参加人員 266 108 449   41 45 25 934
旅費予算配分額 9,667,554 3,690,802 11,500,000   1,639,180 1,520,840 1,403,460 29,421,836
旅費執行額 7,658,620 1,983,710 10,769,300   1,562,180 357,720 1,040,000 23,371,530
平成19年度                
採択件数 33 27 26   13 19 7 125
共同研究参加人員 212 109 415   47 62 16 861
旅費予算配分額 9,307,802 5,136,620 12,109,940   1,799,060 2,047,140 1,318,506 31,719,068
旅費執行額 6,059,270 2,721,340 10,575,860   1,678,080 726,960 420,160 22,181,670
平成20年度*                
採択件数 35 30 25 1 13 15 7 126
共同研究参加人員 183 121 397 11 36 63 14 825
旅費予算配分額 9,355,910 5,118,530 11,926,400 750,000 1,959,040 2,975,440 1,060,446 33,145,766
旅費執行額 3,787,080 2,094,650 8,268,870 578,131 352,380 463,280 220,340 15,764,731

*2009年1月27日現在