6 国際交流

6.1 国際戦略本部と国際連携室

生理学研究所を含め自然科学研究機構の各機関は、国際的な研究機関として実績があり、国際交流も盛んに行われている。自然科学研究機構では、機構長、理事、副機構長により構成される国際戦略本部と、その下部に実行組織としての国際連携室が設けられており、これらの組織により機構としての国際交流を推進することになっている。

また自然科学研究機構は、2005年度に開始された文部科学省「大学国際戦略本部強化事業」(2009年度までの5年間)に大学共同利用機関法人として唯一採択された組織であり、この事業の実行にも当たっている。 自然科学研究機構はハワイに事業所を有するという特徴を活かし、事務職員等の海外研修などを行っている。

6.2 生理学研究所の国際交流活動

生理学研究所には外国人客員研究教育職員(客員教授2名、客員研究員2名)のポジションがあり、この制度を利用して世界一流の多くの研究者が共同研究を行っている。今年度の客員研究教育職員のリストを第Ⅶ部 3.3に掲載している。外国人客員教授には共同研究の傍ら、若手研究者の教育や研究所の評価活動にも協力していただいている。その他にも日本学術振興会博士研究員等の制度を利用して、外国人研究者や留学生が在籍している。また、近年は総合研究大学院大学に入学する留学生が次第に増加している。今後も外国人留学生の占める割合は増加していくものと予想される。生理研を訪問した研究員リストを第Ⅶ部3.3.5以下に掲載した。

生理研の主要な国際交流活動としては、生理研国際シンポジウムがあげられる。毎年1ないし2回開催され、多くの場合生理研教授がオーガナイザーとなり、海外より10~ 20名、国内からもほぼ同数の当該分野の一流研究者を招聘して行うものである。総参加者は100~ 150名程度である。2009年度に開催されたシンポジウムで第40回を迎え、第40回生理研シンポジウムとして「PAT-CVR 国際合同シンポジウム:アニオン輸送と細胞容積調節(PAT-CVR 2009)」が国外シンポジスト57名を含む約200名の参加者のもとに開催された。 また2008年度より生理研研究会の国際版である国際研究集会が開催され、2009年度は「Frontier of Cognitive Neuroscience: Neural Mechanisms of Consciousness 」が開催された。

国際共同研究も極めて盛んである。下記の外国人客員教育部門の制度を利用して、外国人客員教授および同研究員を招聘して共同研究に当たるほか、短期および長期的な外国人研究者が生理研に滞在し、優れた多くの国際共同研究を推進している。代表的な研究成果をⅦ部 3以下に掲載した。

6.3 今後の取り組み

今後も上記のような高いレベルの国際交流を継続していくために、研究者あるいは研究室レベルで行われることが多い活動を組織的にサポートすることが重要である。その一助として、研究所レベルあるいは機構レベルで諸外国の大学あるいは研究所全体を対象とした国際交流の枠組みが必要となるだろう。例えば、日韓の交流は、これまで韓国のプロジェクトであるBrain Korea 21を土台として相互訪問とシンポジウム開催を行っており、長期的な企画が望まれる(6.6参照)。

生理研の将来にとって、外国人研究者を受け入れて行くことは不可欠なことである。しかし外国人研究者にとって生活しやすく研究しやすい環境の整備は、事務手続きを含めた様々な事柄の英語化と関係しているため、実現化にはかなりの労力と出費が予想される。生理研では英語化をすこしずつ進めており、昨年度より総研大の講義は原則的に英語を使用することにしている。現在、通常のセミナーはほとんど日本語で行われているが、英語化の検討を始めてもよい時期であろう。事務的な書類を含めて、このようないろいろな事項について、英語化への中長期的アクションプランを作成することが必要であると考えられる。

6.4 生理研国際シンポジウム

第40回生理研シンポジウムとして「PAT-CVR 国際合同シンポジウム:アニオン輸送と細胞容積調節(PAT-CVR 2009)」(組織委員長 岡田泰伸)が2009年8月3日から7日までの4日間、岡崎カンファレンスセンターにおいて開催された。この国際シンポジウムは、これまで世界主要都市において別々に開催されてきたInternational Symposium for Cell Volume Regulation (CVR:細胞容積調節国際シンポジウム)とInternational Symposium for Physiology of Anion Transport (PAT:陰イオン輸送国際シンポジウム)を、合同で国際シンポジウムとして開催した(組織委員長 岡田泰伸)。

前者は細胞の容積調節機構およびその破綻について、後者は細胞膜の陰イオン透過性チャネル・トランスポーターをはじめ細胞内外陰イオン調節について、それぞれの分野の分子・機能から病態までの最先端の知見および今後の方向性について討論を行った。

加えて、PAT-CVRレクチャー講演を通じて、両分野の融合による新たな研究領域の創成を目的としたシンポジウムであった。52名の国外シンポジストを含む約200名国内外の最先端研究者が一堂に会し、2会場を使用してそれぞれの6セッションの講演(計12セッション)をおこなうとともに、7名の国内外の最先端研究者(Nilius B, Hoffmann EK, Riordan JR, 岡田泰伸, Jentsch T, 富永真琴, Kaila K各博士)による両者をまたぐPAT-CVR合同レクチャーを行った。

セッションは、以下のとおりであった。

PAT:
PAT I: From molecular structure to tissue physiology and therapy for CF
PAT II: CLC chloride channel
PAT III: Ligand-gated anion channel
PAT IV: New directions in Cl- channel research
PAT V: SLC   organic anion transporters
PAT VI: Molecular relation between anion channel and transporter: Evolutional insight of anionchannel/transporter molecules

CVR:
CVR I: CVR   Anion Channel/Transporter
CVR II: CVR   Cation Channel/Transporter
CVR III: CVR   Organic Solute Transport
CVR IV: CVR   Cell Signals
CVR V: CVR   Cell Functions
CVR VI: CVR   Cell Death

国内外の若手研究者による37題のポスターセッションを通じて、盛んなディスカッションを行った。また、国外の若手研究者に対するトラベルアワードを設定しポスター発表者から地域性、発表内容などを考慮して10名に旅費の補助を行った。

6.5 生理研国際研究集会

Frontier of Cognitive Neuroscience: Neural Mechanisms of Consciousness 「認知神経科学の先端: 意識の脳内メカニズム」

人間の心の仕組みを、脳を起点にして明らかにすることを目指す認知神経科学は、神経生理学、心理物理学、脳機能イメージング、計算論的神経科学といったさまざまなdisciplineからなる学際的領域である。このような学際的領域を発展させるためには1)専門分野を超えた共同研究(情報交換)の促進と2)研究者の層の厚みを増すこととが不可欠である。これらの目的のためには、認知神経科学における特定のトピックに関して、関連するさまざまな研究領域から人選を行い、各発表では分野ごとのイントロダクションに重点を置き、議論の時間を多く取ることによって、そのトピックについて様々な角度から議論を深めるという形式のワークショップを行うことが有効であると考えられる。このようなコンセプトに基づいて、2007年度、2008年度と生理研研究会として「注意と意思決定」、「動機づけと社会性」というトピックで研究会を開催して好評を得た。そこで本年度は「意識」というトピックを選んで、2009年9月19日 -- 9月20日に国際研究集会として開催した(提案者:松元健二教授 玉川大学 脳科学研究所)。

名古屋で開催された日本神経科学大会では「意識の脳科学の最前線」というテーマでの企画シンポジウムが行われた。本国際研究集会の日程をこの神経科学大会の開催日の直後に設定して、そこで招待される外国人研究者を岡崎にも招き、最前線の業績に関して、シンポジウムの時間では充分尽くせない部分まで議論を深めることに重点を置いてプログラムを作成した。日本国内で「意識」について「科学的に」アプローチする者が集まって充分に時間を取って議論するというのはこれがほぼ初めての試みであった。集会は講演者12名(そのうち海外からの招待者9名)、ポスター発表40件(そのうち海外からの応募者6名)、参加者206名(事前参加申し込み173名)という巨大な規模で行われ、活発な議論が行われた。また、集会終了後のアンケート結果からも好意的な感想が多く寄せられた。

6.6 The 3rd KU/YU-NIPS International Collaborative Symposium

生理学研究所は、韓国のKorea(高麗)大学、Yonsei(延世)大学とこれまでに交流を続けてきた。 両校は、日本のグローバルCOEにあたるBrain Korea 21の実施校であり、韓国の若手研究者が世界的なレベルで研究することを目指している。

前回の合同シンポジウムでは、Korea、Yonsei大学の研究者が、多数の大学院生とともに岡崎を訪れたが、今回は岡田所長、池中副所長をはじめとする研究教育職員12名と大学院生(特別共同利用研究員を含む)9名の合計21名が生理研より参加し、10月30日--31日に韓国Korea大学で交流シンポジウムを開催した。

シンポジウムの会場は、Korea大学100周年記念に建造されたHana Squareの地下会議室であり、その設備の豪華さと学生のための充実した施設に圧倒された。

シンポジウムが行われた翌日、大学院生によるポスターセッションが行われた。残念ながらシンポジウムの参加者はあまり多くなかった。

韓国で生理学・神経科学分野の研究は急速な発展を遂げている。特に分子生物学分野での進歩が著しい。従って日韓の交流は今後より重要になってくると予想される。また、大学院生などの若手レベルでの相互理解が進むことは、10年、20年先の東アジアにおける研究協力にとって重要な布石となるであろう、と期待される。

6.7 IBRO APRC Advanced School of Neuroscience

IBRO APRC Advanced School of Neuroscienceは、IBRO(International Brain Research Organization、国際脳研究帰機構)のアジア・パシフィック委員会(Asia Pacific Regional Committee;委員長 岡本 仁 理化学研究所 脳科学総合研究センター 副センター長)が、若手研究者育成のために拠点研究機関に委託して行う事業である。最近では、理化学研究所、大阪大学 大学院 生命機能研究科がこの事業を実施している。 2009年7月に生理研を訪問したIBRO事務総長Marina Bentivoglio教授(イタリアVerona大学)によると、IBRO Schoolに対する基本的な考え方が最近変わった。以前は優秀な人材をピックアップするといった意味合いが強かったが、最近はそれぞれの国で脳科学の発展に貢献できる人材を育成することを目的としている。発展途上国の研究者でも先進国の研究者と連絡を取りながら、脳科学を進めていくことができるような国際的ネットワークの形成が望ましい、ということであった。

今回2月15日より26日までの2週間にわたり開催されたIBRO Advanced School of Neuroscienceでは、講義だけではなく実習を重視し、受講生は2つの研究室で1週間ずつの体験をすることとなる。受講生の応募はIBROのウェブサイトを通じて行われ、150件に近い応募があった。受入れ対応部門と協議の上、14名の受講者を選考した。

Advanced Schoolでは、9名の教授による特別講義と、13コースのLaboratory experiencesが提供された。

今回のIBRO Advanced Schoolは、長年懸案となっている外国人若手研究者を対象としたトレーニングコースの試行という側面を持っている。準備等の過程で明らかになった事は、国際連携等がいろいろな場で言われているにもかかわらず、それを支える基礎が十分に整備されていないことである。たとえば事務処理の流れや、アクセスマップを含む英語版ウェブサイトの英語版の整備は、今後早急に検討されるべきである。