自然な風景を見ている際の盲視・・・data-drivenな脳科学
盲視は、よく知られているように、当初は実験室の条件下で、一次視覚野の障害後、視覚的意識が失われた障害視野に提示された対象へ手を伸ばす運動を「強制」されたときに、患者は、「見えない」と言いながらも正しくそれらの対象を指さすことができた、ということによって見いだされた。しかし、自然な視覚環境下で盲視がどのように作用しているかは調べられてこなかった。それについての明確な答えを出す論文をCurrent
Biologyに発表できた(Yoshida et al.)
(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982212006331)。
これが、私に言わせると「実にイケテル仕事」なのだ。そもそもは2005年にDoug Munoz, Laurent Itti, Jan
Theeuwes と一緒にHFSPの共同プロジェクトを開始したことに始まる。
このプロジェクトでは、数か月に一回グループ会議を、それぞれが順番に世話をして若手も皆参加してそれぞれの地元で行っていった。最初の頃のmeetingでは、実際に何を一緒にやっていくかについて知恵を出し合ったのだが、その中でLaurentのsaliency
model (Itti & Koch 2000, Nature Rev Neurosci)を使ってDougたちが、サルが数十分のビデオクリップを見ている間の眼球運動を解析することで、サルがどのようにサリエントな対象を見つけて目を向けているのかを解析しようとしていることを知り、我々は「それでは私たちの片側一次視覚野損傷サルの眼の動きを解析すれば、一次視覚野がある視野と無い視野とでサリエンシーがどう違うか、つまりは盲視で「見ている」世界が何なのかがわかるのでは?」と提案した。吉田君と一緒に盲視のプロジェクトを開始した当初から自然なムービーを見ている際の自発サッケードを解析できると良いね、と話してはいたが、実際にはどうすればよいかわからなかった。それで我々とLaurentたちの間でまずは相互の理解から、そして実際にどう実験するかについての議論が始まった。しかし、このような共同研究はただデータを計算してくれる人に渡せば済む、というものでは決してない。議論しているうちにLaurentたちのモデルがそのままでは我々のサルには適用できないことがわかり、いろいろ注文をつけて修正してもらった。最初の疑問はサルが自然な視野で盲視野においてサリエントな視覚対象を検出できているのか?ということだったが、そのうちにLaurentがモデルの基本にしているいくつかのサリエンシーを構成するmodality(明るさ、色、方位、点滅、動きなど)のうち、どれに特に眼球が引き寄せられるかが、一次視覚野のあるなしでどのように違うのか?という問題に話題が移行していった。この共同研究を中心になってグイグイ進めたのは勿論吉田君で、最終的には南カリフォルニア大学(USC)に数か月滞在して、Laurentと並んで座って仕事をして、USCのPCクラスターを何日も回して岡崎で記録した十何万回のサッケードのデータを解析することになるのだが(この間の経緯ついては吉田君自身のブログに書かれているので詳細はそちらを参照)、実に多くのアイデアを出し、多くの詳細を検討して仕事を進めて行った。そういう中で、どうもサルは盲視野で動きや明るさは検出しているが、方位は検出できていない、という一次視覚野が無い視野の機能をよく説明できることがわかってきて我々は皆一様に興奮したが、一方で色も検出できているらしいこともわかってきた。不思議な話だが、盲視の患者はどうも色の違いを検出できているらしいという報告はある。しかし、必ずしも一番現代的な方法で調べられたわけではない。ひょっとしたら我々のモデルが間違っていただけなのかもしれない。そこで最近上丘ニューロンの色応答性を調べて論文を出したBrian
WhiteとDougに相談し、isoluminantな条件(それも個体差があるのでその近辺を注意深く条件を振って調べる必要がある)での色弁別サッケード課題を複数用意して実験室条件下でその点に絞って厳密に調べ直すことになった。それで「色も検出できている」という結論に至ることができた。その後も実際に論文をアクセプトさせるまでにかなり苦労したが、その間にも仕事はどんどんpolish
upされて時間はかかったが、今回の出版となった。吉田君おめでとう!
このようにして発表にこぎつけて陽の目を見ることのなったのだが、今回の仕事で何より嬉しいのは誰もまだやったことがない「新しい研究のパラダイム」を構築し、提示できたことだ。何が新しいといって、このような「Solidなモデルをもとに膨大な自然な刺激に対する行動のデータを解析―>仮説の抽出―>より厳密な状況に立ち返っての仮説の検証」というdata
drivenな研究を脳科学でやって見せたことなのだが、今後の研究の流れにどのようなインパクトを与えることができるのか、見ものである。
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