生理学研究所 総合生理研究系 生体システム研究部門

謎が解けていく

生体システム研究部門・教授 南部 篤

 長年、相も変わらずひとつのことを研究していると、昔、不思議だったことが最近になってそうだったのかと納得することも多く、今回はその話です。1970年代、サルの淡蒼球外節(大脳基底核を構成する核のひとつ)から神経活動を記録すると、発射頻度が低く時々バースト発射を示す活動と、高頻度で発射し時々休みがある活動の2種類が記録されることが報告されていました。この2つの活動が2種類の神経細胞によるものか、一つの神経細胞が場合によって発射パターンを変化させるのか不明でした。
 1989年に私はニューヨーク大学に留学することになり、留学先はスライス実験が盛んだったので、この問題に取り組みたいと思いました。スライス実験で神経細胞を分類し、発射パターンをイオンチャネルの活動で説明するというのが1980年代の流行でしたし、それまで淡蒼球外節の報告はありませんでした(ない理由は記録が難しいからで、あとから思い知ることになるのですが)。毎日、モルモットの淡蒼球外節のスライスを作製し、シャープなガラス電極をブラインドで刺しましたが(まだ、パッチ記録は一般的ではありませんでした)、スライス初心者だったこともあり、全然、記録できない日が何ヶ月も続きました。淡蒼球外節の細胞体は大きく発射頻度も高いので、生体からの細胞外記録が容易な核のひとつですが、少ない神経細胞が神経線維の中にバラバラにあり、また太い樹状突起がスライスの過程で障害され細胞が死ぬせいで、スライスからの細胞内記録が難しいのだと思われます。ボスのリーナス教授は、夜10時くらいにラボに見回りにきて、実験セットの前に座っていないと不機嫌になり捜し回るのですが、私が夜行性の研究者になった一因ではないかと思います(イーストリバーの朝焼けを何度も見ました)。スライスを短冊切りにして厚くしたり、灌流液の成分を変えたり温度を低くしたりして、一晩に1個か2個かは記録できるようになりました。その結果、サルで記録された神経細胞に対応するように、膜の性質が異なる2種類の神経細胞があること(タイプ1とタイプ2と陳腐な名前ですがこう名付けるのも流行りでした)や高頻度発射のメカニズムの一端を明らかにしました(J Neurophysiol, 1994)。これ以降はパッチが主流になったので、最初で最後のシャープ電極による記録となりました。また電極に色素(バイオサイチン)を詰めておいて、記録をした細胞の形態を見ました。そうすると2つの神経細胞の形態は異なること、また軸索を追ってみると、視床下核へ下行性に行くはずなのに、不思議なことに2種類とも結構、線条体にも投射していました。本当に正しいことを見ているのか確信のもてないまま、見た通りを論文に書きました(J Comp Neurol, 1997)。
 淡蒼球外節は大脳基底核の神経回路の中で中継核であり、役割もはっきりせず地味であることから、その後、研究はあまり進みませんでした。2010年代に入り神経細胞が分子マーカーによって分類されるようになり、淡蒼球外節の神経細胞も大きくarkypallidal細胞とprototypic細胞に分かれ、発生、形態や発射パターンも異なることが明確になりました。さらに形態を詳しく調べると、arkypallidal細胞は線条体に投射するのに対し(arkysは古代ギリシャ語で猟師の網を意味するそうで、網のような立派な神経終末を出しています)、prototypic細胞(元から知られている細胞という意味か?)は、線条体の他、視床下核、淡蒼球内節•黒質に投射することが報告されました。20年以上前に自分が見たことが、別の方法により無事、確認された訳です。また、運動課題を行っているラットから神経活動を記録する技術も発達し、2種類の神経細胞が異なる働きを持つこと、とくにarkypallidal細胞は、線条体に逆行性に投射し運動をキャンセルする役割をもつこともわかってきました。昔は職人的な技術によってしか分類できなかったものが、分子マーカーによって自動的に分類できるようになり、淡蒼球外節が注目され、その機能に関する研究も大きく進展しつつあります。
(NIPS かわらばん No 126, 2021.6.28 所収)

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