平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

低温感受性チャネルTRPM8のクライオ電顕構造

文献紹介者;東北大学大学院薬学研究科・准教授
 井上飛鳥

 近年のクライオ電顕の進歩により、温度センサーであるTRPチャネルの構造が原子レベル(3-4Å)で次々と明らかとなっている。これらの構造研究は2013年に発表されたJuliusとChengらの画期的なTRPV1研究に端を発し、2017年にはTRPM4、TRPM8、TRPV6、TRPML1、TRPML3の新規構造が複数の研究グループから報告されている。研究が先行するTRPV1においては、作動薬・拮抗薬との複合体や脂質二重膜中(ナノディスク)の構造も明らかとなっており、その構造比較からイオンチャネル活性に伴うタンパク質の動的変化や脂質による活性制御の機構が提唱されている。本トピックスでは、これまでに原子構造が報告されたTRPチャネルの中で唯一、低温に感受性を示すTRPM8の構造について紹介する。

 TRPM8は低温により開口するチャネルであり、冷感物質メントールの受容体としても知られる。他のTRPチャネルと同様に他の物理的・化学的刺激による制御を受け、例えば膜電位やホスホイノシタイド(PIP2)によりチャネル開口が変化する。TRPM8欠損マウスの解析から、TRPM8は低温の知覚やメントールによる炎症への鎮痛作用に重要な役割を担うことが明らかとなっている。今回、Yinらは鳥類(キビタキの一種)由来のTRPM8を用いてタンパク質の発現・精製を行い、クライオ電顕解析を行った。300万超の単一粒子画像から構造分類を進め、最終的に質の均一な約2万個の粒子画像から電子密度マップを構築した。全長TRPM8のうち75%の配列を電子密度に当てはめることができ、平均解像度4.1Å(チャネル中心部で3.8Å、外縁部で8Å)の構造モデルを得た。TRPM8は4量体を形成しており、全体として膜貫通チャネルドメイン(TMD)と2層の細胞内ドメイン(N末端側のメラスタチン相同領域(MHR1-4)とC末端領域)で構成されていた。TMDにより形成されるポア(チャネル内部の空洞)の構造から、今回の立体構造はカチオンが通過できない不活性型であることがわかった。
 これまでに構造が解明されたTRPチャネルと比較することで、以下に記載するようなTRPM8に特徴的な構造が判明し、その考察からTRPM8に特有のチャネルの開閉機構が示唆された。TMDはポアを形成する膜貫通ヘリックス(S5-S6)とこれを取り囲む電位センサー様ドメイン(S1-S4)から構成され、TRPV1では歪んだヘリックス(πヘリックス、310ヘリックス)とS4-S5リンカーがチャネルの開口に重要であることが示されている。一方、TRPM8は直線的なヘリックス(αヘリックス)を有し、S4-S5リンカーを欠失していることから、TRPV1とは異なるチャネル開閉の制御機構の存在が示唆された。TRPV1と比べてTRPM8の細胞内ドメインは密に相互作用しており、特にC末端領域がMHR1-4とTMDをコンパクトな構造に保つ。この空間的に密集した細胞内ドメインはTRPM8のチャネル特性を担いうる。過去の変異体解析から想定されるメントール結合アミノ酸残基を今回の構造にマッピングすると、TMD内のS1-S4の細胞質側に面する溝がメントールの結合部位であることが示唆された。この部位はTRPV1のバニロイド結合ポケットとは異なるが、TRPV1においては脂質が結合することが明らかとなっていることから、TRPチャネルに共通する疎水性ポケットと考えられる。メントールがこの溝に結合すると、TMDとC末端領域を繋ぐTRPドメインと相互作用し、TMDのヘリックスの構造変化を誘導することでポアを開口するものと想定される。PIP2結合に関与するアミノ酸残基のマッピングから、PIP2はTRPドメインの周囲に形成される塩基性アミノ酸クラスター周囲に収納されることが示唆され、これはTRPV1やTRPMLとは異なるPIP2は結合様式である。個々のTRPチャネルの構造は想定以上に差異が多く、これが多様な物理化学刺激を統合するTRPチャネルを説明する構造基盤であろう。

図 TPRM8の模式図
(A)全体像。四量体を形成し、1層のTMDと2層の細胞内ドメインからなる。TMDのS5-S6は中心部にカチオンが通過するポアを形成し、S1-S4はこれを取り囲む。S5-S6は隣のプロトマーのS1-S4と相互作用する。(B)各プロトマーの模式図。詳細は本文を参照。


紹介論文:
Ying Yin, Mengyu Wu, Lejla Zubcevic, William F. Borschel, Gabriel C. Lander, Seok-Yong Lee
Structure of the cold- and menthol-sensing ion channel TRPM8
Science. in press

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