平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

消化管ホルモン・セクレチンは褐色脂肪細胞を活性化して食事性熱産生を惹起し飽食感を誘導する

文献紹介者;滋賀医科大学薬理学講座 教授 西英一郎

 適応熱産生は、寒冷誘発性熱産生と食事誘発性熱産生から成り、食事誘発性熱産生は主に褐色脂肪組織(brown adipose tissue; BAT)が担っている。これまで一般的に、食事摂取により交感神経系が活性化されることでBAT熱産生が亢進すると考えられてきたが、例えば、栄養素のうち交感神経系を活性化するのは炭水化物のみであること、交感神経系をβ遮断薬でブロックしても食後早期の熱産生は抑制できないことなどから、その分子機構には不明な点が多かった。筆者らは、カテコラミンだけではなく、摂食によって分泌される消化管ホルモンが直接BATを活性化するのではないかと考え、検証を試みた。
 はじめに筆者らは、BATにおける消化管ホルモン受容体の発現を検討し、セクレチン受容体の発現が突出して高いことを突き止めた。次に初代培養褐色脂肪細胞を用いて、セクレチンがUCP1依存性の熱産生を強力に誘導すること、その活性はセクレチン受容体に依存するが、アドレナリン受容体には依存しないことを明らかにした。またセクレチンによる熱産生亢進がcAMP-PKA経路を介する脂肪分解に依存すること、さらにセクレチンの腹腔内投与によって野生型マウスでは熱産生が亢進するが、UCP1欠損マウスではその効果は認められないことを示した。
 血漿セクレチン濃度は絶食で低下したが再摂食で顕著に上昇し、BAT温と相関した。以前からセクレチン投与が食欲減退につながることが知られていたが、筆者らはこの効果がUCP1欠損マウスでは消失することを示し、セクレチンがBAT熱産生を介して食欲減退効果を発現することを明らかにした。セクレチン投与は、視床下部において食欲抑制に働くPOMC発現を増加させるとともに、食欲増進に働くAgRP発現を減少させたが、UCP1欠損マウスではこれらの変化は認められなかった。セクレチンは弓状核のPOMCニューロンに発現するTRPV1の発現も上昇させたことから、BAT熱産生による体温上昇をTRPV1が感知し、POMCニューロンが活性化されることで食欲抑制につながる経路が示唆された。
 筆者らはさらに、セクレチンに対する中和抗体の投与が食後早期のBAT温上昇を抑制し、食事摂取量を増加させること、逆にセクレチンアナログを肥満マウスに投与することで、一過性にエネルギー消費が亢進することも示した。またヒトにおいても、食前食後の血清セクレチン上昇レベルが、食後エネルギー消費量およびBATへの脂肪酸取り込み量の増加と正に相関することを示し、セクレチンからBAT熱産生を介して飽食感につながる経路がマウス、ヒトで保存されていることを示した。
 セクレチンは1902年に同定された最古のホルモンだが、今回BATに発現するセクレチン受容体を介して直接熱産生を誘導する活性が明らかになった。これまで明らかではなかった非交感神経性のBAT活性化因子が消化管ホルモンだったことは、食事性熱産生の機序、機能を考える上で大変興味深い。さらに、飽食・満腹感がBAT熱産生を介してもたらされることは、体温変化を介する新たな生理機能制御として温度生物学的にも重要な知見と考えられる。


紹介論文:
Li et al.
Secretin-Activated Brown Fat Mediates Prandial Thermogenesis to Induce Satiation
Cell 175, 1561–1574, 2018

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