平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

イネにおけるtRNAHisグアニリルトランスフェラーゼによる翻訳制御を介した高温ストレス応答

文献紹介者;理化学研究所環境資源科学研究センター 中南 健太郎、関 原明

 地球温暖化が問題となっている現代では,植物や農作物の成長や収量に影響する高温ストレスに対するメカニズムを解明し強化することは潜在的な食糧問題を解決する上で必須である.植物は一旦発芽すると動くことができず,温度変化などのストレスに対して動物のように回避行動を取れない.そのため,生体内での遺伝子やタンパク質発現による酵素反応が応答手段の一つである.これまでの植物研究では,遺伝学的手法や分子生物学的手法を用いた遺伝子発現解析により,環境ストレス耐性に関連する様々な遺伝子や応答経路が報告されている.しかしながら,転写後調節機構や翻訳調節機構に関する報告は少ない.本論文はtRNAの修飾酵素であるtRNAHisグアニリルトランスフェラーゼが植物ホルモンの一つであるオーキシンのシグナル伝達因子の翻訳を調節して,高温ストレス応答時のイネの発達を制御することを見出した報告である.

 インディカイネを材料に化学変異誘発剤であるエチルメタンスルホン酸(EMS)を用いたスクリーニングにより,高温ストレス感受性のイネaet1(Adaptation to Environmental Temperature 1)突然変異体を単離した.aet1変異体は高温になる地域で生育させた場合,矮性(草丈が低い),葉の形態異常,そして不稔の表現型を示した.このAET1はtRNAHisグアニリルトランスフェラーゼをコードしていた.酵母tRNAHisグアニリルトランスフェラーゼは、tRNAHisの5 '末端に単一のグアニンを付加する酵素で,付加されたG残基はtRNAHisのアミノアシル化に必須である.そのため,AET1は翻訳調節に関与すると考えられ,高温ストレス応答時のaet1変異体を用いた詳細な解析が行われた.
 aet1の変異は382番目のプロリンがセリンに変化した1アミノ酸変異で,in vitroアッセイでは,この変異はAET1のtRNAHis結合には影響しなかったが,G残基付加活性であるtRNAHisグアニリルトランスフェラーゼ活性を失っていた.また,高温ストレス条件での野生型イネとaet1変異イネを比較した場合は,G残基が付加されたtRNAが減少しており,これらの結果から,高温ストレス時aet1変異体では,正常なtRNAの成熟が行われず,タンパク質の翻訳効率が低くなっていると考えられる.
 酵母ツーハイブリッド法を用いて相互作用するタンパク質をスクリーニングしたところ,40sリボゾームサブユニットの骨格タンパク質であるRACK1A (Receptor of activated protein C kinase 1A)と,真核細胞の翻訳開始因子であるeIF3h(Eukaryotic initiation factor 3h)と結合することが明らかとなり,AET1がtRNAの成熟だけなく,翻訳調節に関与することが強く示唆された.そこで翻訳制御を受けるターゲットmRNAをRNA免疫沈降(RIP)法により解析したところ,AET1は植物ホルモンの一つであるオーキシンのシグナル伝達因子ARF mRNA(Auxin response factor)に結合することが明らかとなった.またmRNAに複数のリボゾームが結合している状態であるポリソームの解析によりARFの翻訳状態を調べたところ,野生型と比較してaet1変異体ではポリソーム画分におけるARF mRNAの割合が低く,ARFの翻訳活性が下がっていた.さらにaet1変異体ではARFタンパク質の蓄積も低くなっていた.
 以上から,高温ストレス時のaet1変異イネでは,未成熟のtRNAの増加に加え,翻訳効率の低下を引き起こし,オーキシンシグナル伝達因子が十分に誘導されず,その結果,正常な発達ができずに高温ストレス感受性を示すと考えられた.つまり,AET1の翻訳調節がイネの高温ストレス耐性における正常な発達に重要な機能を有することを示しており,tRNAHisグアニリルトランスフェラーゼはtRNAの成熟プロセスだけでなく,翻訳調節にも関与するという新しい機能を示すものである.ポストゲノム時代である今,エピジェネティック制御,RNA制御,転写後調節,翻訳調節機構に関する研究は,これまでの研究で説明が難しかった複雑な遺伝子/タンパク質発現制御を明らかにするために必要な新しい研究分野として今後の発展が期待される.


紹介論文:
Chen, K., et al.
Translational Regulation of Plant Response to High Temperature by a Dual-Function tRNA(His) Guanylyltransferase in Rice.
Mol Plant 12(8): 1123-1142. 2019

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