平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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研究報告

飢餓を生き延びるための反応を起こす脳の仕組み

研究の背景

 人を含めた哺乳類では、空腹や飢餓になると、熱の産生に代表されるエネルギー消費を減らすとともに、食物を摂取するための行動が促進されます。これらの「飢餓反応」は、空腹であることを脳の視床下部が感知し、その際に放出されるニューロペプチドYと呼ばれる神経ペプチドが視床下部の一部に作用することが引き金となって生じます。しかし、視床下部の飢餓信号から、エネルギー消費の抑制と摂食の促進という2つの代表的な飢餓反応の発現に至る神経回路メカニズムはわかっていませんでした。特に、「熱の産生(体温調節)」と「摂食」は、それぞれ交感神経系と運動神経系という独立した神経系によって調節されることから、それらを脳がどのように統合的に調節して飢餓反応を引き起こすのかは長年の謎でした。

研究成果

 本研究では、ラットとマウスを使って、交感神経系を通じた褐色脂肪組織(代謝を上げて熱を作ることができる特殊な脂肪組織)での熱産生を調節する脳内の神経細胞群を探索する中から、新規の神経細胞群を延髄の網様体と呼ばれる場所に見つけました。この神経細胞群は、視床下部のニューロペプチドYによる飢餓信号を受けると活性化され、GABAという抑制性の神経伝達物質を用いて神経伝達を行う特徴(GABA作動性)を持っていました。DREADD技術という最新の神経活動操作技術を用いて、この網様体のGABA作動性神経細胞群だけを活性化すると、交感神経系が抑制され、それによって褐色脂肪組織での熱産生が強く抑制されました。つまり、飢餓時のエネルギー節約によく似た反応が起こりました。逆に、この網様体の神経細胞群が働かなくなると、視床下部にニューロペプチドYが作用しても熱産生は抑制されなくなりました。これらの実験結果は、網様体のGABA作動性神経細胞群が視床下部からの飢餓信号によって活性化され、交感神経系を抑制することによって熱産生(エネルギー消費)を抑制する働きがあることを示しています。
 さらに興味深いことに、この網様体のGABA作動性神経細胞群が、熱産生を調節する交感神経系だけでなく、咀嚼を駆動する運動神経系にも信号を送ることを見いだしました。この網様体の神経細胞群を刺激すると、褐色脂肪組織での熱産生を抑制(エネルギー節約)するとともに、咀嚼運動が引き起こされ、摂食量が増加(エネルギー摂取)しました(図1)。一部のラットでは、唾液分泌も促進されました。これらは、飢餓時に生体で生じる典型的な飢餓反応です。

研究のまとめ・意義

 こうした実験結果から、今回発見した網様体のGABA作動性神経細胞群は、視床下部からの飢餓信号によって活性化され、その信号を交感神経系と運動神経系へ伝えることで、エネルギーの「節約」と「摂取」の両方の飢餓反応を同時に駆動するという重要な役割を担うことが明らかとなりました(図2)。普段は独立して制御される交感神経系と運動神経系ですが、飢餓や空腹の時には、この2つの神経系の調節を網様体が束ねることによって、生存のための反応を効率良く起こすことがわかりました。
 本研究で明らかとなった仕組みは、空腹時に体内にエネルギーを蓄積し、飢餓を生き延びるための本能機能を司る脳の神経回路の根本的な仕組みです。



図1:網様体神経細胞を薬物刺激すると、褐色脂肪組織での熱産生が消失(エネルギー節約)するとともに、咀嚼運動(エネルギー摂取促進)が引き起こされた(A)。咀嚼の筋電活動を拡大すると、周期的な咀嚼運動が記録された(B)。網様体神経細胞を薬物刺激すると、摂食量も増加した(C)。



図2:飢餓を生き延びるための仕組みの模式図。空腹時には胃からグレリンというホルモンが分泌され、視床下部に作用する。それを感知した視床下部は、ニューロペプチドYを視床下部内で放出することにより、飢餓信号を作りだし、延髄の網様体へ伝達する。これによって活性化される網様体神経細胞が、交感神経系を抑制することで熱産生を抑制(エネルギー節約)するとともに、運動神経系へ咀嚼リズム信号を送ることにより咀嚼と摂食を促進(エネルギー摂取)させる。


発表論文

Nakamura Y, Yanagawa Y, Morrison SF, Nakamura K*.
Medullary reticular neurons mediate neuropeptide Y-induced metabolic inhibition and mastication.
Cell Metab. 7;25(2):322-334. 2017, Feb.

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