平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

English

研究報告

マウスとハエに共通にみられる体温の日内リズムを制御する仕組みの解明

 体温には明瞭な日内リズムがあり、基礎代謝や睡眠覚醒の日内制御に深く寄与している。本研究では、体温の日内リズムを制御する仕組みにカルシトニン受容体とよばれるG蛋白質共役受容体が重要な役割を担うことを明らかにしました。面白いことに、この仕組みはマウスとハエで共通に保存されていました。哺乳類の祖先と昆虫の祖先は6億年以上前に分かれたとされますが、その共通の祖先となる生物は当時からすでに脳内のカルシトニン受容体を介した体温制御の仕組みを持ち、それによって地球環境の昼夜変化に適応していたのだと考えられます。

【背景】
 マウスは恒温動物であり、ショウジョウバエは変温動物ですので、その体温調節を担う仕組みは根本的に異なりますが、一日の時間の中で活動する時間帯や休息期にあわせて体温を上げ下げするという点では共通します。しかしこれまで恒温動物と変温動物に共通する体温の日内制御の仕組みは全く知られていませんでした。
【研究手法・成果】
ショウジョウバエは、変温動物ですが、ヒトと基本的に同じ体内時計の分子機構をもつモデル生物です。2017年のノーベル賞で記憶に新しいですが、ショウジョウバエを用いた研究が端緒となってヒトの体内時計を構成する時計遺伝子が見つかったのです。体温の日内制御の分子機構を知る上でもこのモデル生物が役立つ可能性があると我々は考えました。 小型の変温動物であるハエは、体温が外気温に左右されるため、自らが至適な温度環境へ移動し、体温を変化させます。一日の中でも活発な活動期には高い温度環境を好み、休息期には低い温度を好みます。このような温度選択リズムによってハエは体温のリズムを生むのです。 実際、実験室で、金属板上に温度勾配を作り、その上にショウジョウバエを放つと、放した直後は散逸しますが、徐々にハエは好みの温度に移動し、30分後には一定の温度域に集まる様子が観察されます。この好みの選択温度に日内リズムがあるのです(図1)。


図1.マウスとハエに共通する体温制御機構

 我々の研究チームでは、米シンシナティ小児病院の合田と濱田が中心となり、ショウジョウバエの温度選択リズムにDH31受容体が関与することを見つけました。DH31受容体は、ショウジョウバエの脳で体内時計を支配する時計ニューロン群の一部に発現しており、DH31受容体の発現が著しく低下したショウジョウバエ変異体では通常みられる活動期の選択温度の時間的変化が無くなってしまうことが分かりました(図1)。 同様の仕組みは哺乳類にもあるのでしょうか? ハエのDH31受容体は、哺乳類のカルシトニン受容体に相当する遺伝子です。
  我々の研究チームでは、京大薬学研究科の土居と岡村が中心となって、マウスにおいてカルシトニン受容体が体温の日内制御に寄与することを明らかにしました。哺乳類の体内時計の中枢は、脳内の視交叉上核とよばれるニューロン群にありますが、カルシトニン受容体はその一部にやはり発現しており、カルシトニン受容体を欠失したマウスでは、通常みられる活動期の特有の体温変動が無くなってしまうことが分かりました(図1)。 つまり、一日の中の活動期における体温の変動パターンを生み出す仕組みは、マウスとハエでどちらもカルシトニン受容体を介した体内時計からの神経シグナルが重要な役割を担うことが分かったのです。

【波及効果・今後の展望】

 恒温動物と変温動物とでは体温制御の基本戦略が全く異なるのにもかかわらず、その時刻依存的な制御においては進化的に共通する分子メカニズムが働いていることが分かりました。哺乳類と昆虫の祖先となる生物が獲得したであろうこの形質が、進化の過程で保存されつづけてきた事は、体温が日内制御されることの根本的な重要性を如実に物語るものです。  昼夜の劇的な変化を繰り返す地球環境に適応することは、そのまま適者生存につながります。一日の中で体温を変化させることは、効率のよい代謝や睡眠を担保するために必要な、生命によって根本的な生理機能であると我々は考えています。  カルシトニン受容体を介した体内時計からの神経シグナルが、体温の時間調節を介して、どのように個体の代謝や睡眠に影響を与えるのか、今後の研究が期待されます。  本研究は、国際共同研究加速基金(国際活動支援班)の支援を受けて行った、米国シンシナティ小児病院の濱田文香准教授研究チームとの共同研究の成果です。

発表論文

Goda T*, Doi M*, Umezaki Y, Murai I, Shimatani H, Chu ML, Nguyen VH, Okamura H#, Hamada FN.#
Calcitonin receptors are ancient modulators for rhythms of preferential temperature in insects and body temperature in mammals.
Genes & Development, DOI: 10.1101/gad.307884.117, 2018
*同等貢献著者, #責任著者

ページトップ

Copyright © 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学) All Rights Reserved.