平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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研究報告

恒温動物や変温動物の神経回路の多様性を産み出した遺伝子機能の柔軟性

 恒温動物である哺乳類の大脳皮質は様々な種類の神経細胞によって構成されており、こうした神経細胞によって構築される緻密な神経回路は高度な知性の基盤となっています。一方、同じ恒温動物である鳥類や、変温動物である爬虫類の大脳の神経回路は哺乳類とは大きく異なっています。本研究では、こうした神経回路を構築する神経細胞がどのようにして進化してきたのかを探るため、哺乳類、爬虫類、鳥類の大脳を構成する神経細胞の種類とその発生過程を比較しました。その結果、神経細胞の種類を規定する遺伝子の役割や発現調節の仕組みが種間で異なることを見出しました。すなわち、様々な神経細胞を生み出すための仕組みが進化の過程で柔軟に変化することにより、それぞれの種に固有の神経回路が形成されたと考えられます。こうした遺伝子や発生機構の可塑性により、多様な地球環境への適応を可能とした神経回路が独自に進化してきたことが推測されました。

【背景】
 哺乳類の高度な知性を司る最上位中枢として機能しているのが大脳皮質です。大脳皮質には膨大な数の神経細胞が存在していますが、これらの神経細胞は大脳皮質の中で秩序だった層構造を形成しています。各層を構成する神経細胞は脳の異なる場所に神経線維を伸ばし、大脳皮質に特徴的な神経回路を形成しています。大脳皮質の様々な種類の神経細胞(神経細胞サブタイプ)は、すべて胎児期の神経前駆細胞から産生されます。こうした哺乳類に独特の大脳皮質構造が進化の過程でいつ出現したのかは謎に包まれていました。また哺乳類と同じ恒温動物である鳥類の神経回路は哺乳類とは大きく異なることが知られていますが、こうした神経回路を構築する神経細胞は爬虫類にも存在するのか、これらの動物の共通祖先からどのようにして多様な神経回路が進化したのかはほとんど研究されていませんでした。
【研究手法・成果】
 そこで我々の研究チームは、大脳皮質を構成する神経細胞サブタイプに発現するタンパク質に着目し、このタンパク質を発現する細胞の分布や発生様式を哺乳類、爬虫類、鳥類の大脳で比較しました。本研究では特にCtip2、Satb2と呼ばれる2種類のタンパク質に着目しました。これらはいずれも転写調節因子と呼ばれ、他の遺伝子の発現をコントロールするタンパク質です。マウスでは、これらのタンパク質は大脳皮質の層特異的な神経細胞に発現しています。特に、Ctip2は第5層の神経細胞に、Satb2 は2〜3層、6層の神経細胞に発現しており、2つのタンパク質を同時に発現している神経細胞は非常に少ないことが明らかとなっています。
 一方、哺乳類と同じ羊膜類(胎児が羊膜と呼ばれる膜に包まれて発生する動物)である爬虫類(ヤモリ、カメ)や鳥類(ニワトリ)の大脳では、多くの神経細胞がこれらのタンパク質を同時に発現していました。また、Satb2 のみを発現する神経細胞は哺乳類では非常に数が多いのに対し、爬虫類、鳥類の大脳ではほとんど見られませんでした(図1)。さらにこうしたタンパク質を産生する遺伝子の発現コントロールの仕組みを種間で比較した結果、タンパク質や遺伝子の機能は種間で完全に保存されておらず、哺乳類、爬虫類、鳥類がそれぞれ進化する過程で独自の神経回路を形成できるような柔軟性(可塑性)を持っていたことが推測されました。


図1.羊膜類大脳の神経細胞サブタイプと神経回路の進化

【波及効果・今後の展望】

 哺乳類、爬虫類、鳥類の共通祖先は約3億年前の古生代に生息していたと予測されています。古生代の末期には地球環境が激変し多くの生物が絶滅しましたが、過酷な環境変化に適応した哺乳類と鳥類の祖先系統はそれぞれ独自に恒温性などの様々な生理学的特性を獲得しました。種に特異的な神経回路の構築を可能にした遺伝子機能の柔軟性は、こうした生理学的適応をもたらした内在的要因の一つであると考えられます。脳の発生機構の多様性が恒温性の獲得にどのような影響を及ぼしたのか、温度と生物進化との関連について今後さらなる研究の発展が期待されます。

発表論文

*Nomura T. Yamashita W. Gotoh H. Ono K.
Species-specific mechanisms of neuron subtype specification reveal evolutionary plasticity of amniote brain development.
Cell Reports 22(12): 3142-3151 (2018)
*責任著者

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