平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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研究報告

蛋白質をコードしないDNA配列が活動と体温の正常な日内リズムの維持に必要

【概要】
 蛋白質をコードしないゲノム領域のDNA配列は個体の発生や進化を決める重要な因子です。しかし、これらの配列が発生の段階を過ぎた成体において活動や生理レベルの調節にどの程度の役割をもつかは全く不明でした。我々は今回、蛋白質をコードしないDNA配列が動物の活動と体温の正常な日内リズムの維持に必須であることを初めて示しました。


図1. 本研究の概要


【1.背景】
 生物の設計図であるゲノムには蛋白質をコードする領域とコードしない領域があり、後者をノンコーディング領域と呼びます。ノンコーディング領域のDNA配列は生物の発生や進化の過程で重要であることは示されていましたが、発生の段階を過ぎた成体において日常的な活動や生理機能の制御における役割は明らかにされていませんでした(図1)。そのような中、本研究グループは、ノンコーディング領域のDNA配列がもつ生理学的役割を哺乳類の体内時計機構において調べました。
 遺伝情報のほとんどは最終的に蛋白質へと変換されて発揮されるため、これまでに行われた多くの研究では蛋白質をコードするコーディング領域の配列に着目した研究がなされてきました。これは体内時計の分野でも同じです。24時間周期のリズム発生機構においてノンコーディング領域のDNA配列の役割はこれまで実験的に確かめられたことがありませんでした。
 ノンコーディング領域のDNA配列に着目して行った今回の研究成果は、体内時計の成立の根幹にかかわる重要な知見を提供するとともに、蛋白質をコードしないDNA配列の成体における役割を日々の活動制御のレベルで明らかにした初めての成果だといえます。

【2. 研究手法・成果】
 人類を含む地球上のほぼ全ての生物は体内時計をもち、地球の自転にともなう環境の変化に応じて活動量や体温などの生理機能を24時間周期でリズミックに変化させます。このリズムは、時計遺伝子の5’上流ノンコーディング領域のシスエレメントが仲介する転写レベルのフィードバックループによって成立すると考えられています (2017年ノーベル生理学・医学賞:体内時計を生み出す遺伝子機構の発見)。しかしながら、このモデルの論理的根拠は時計遺伝子の蛋白質コーディング領域を欠落させた遺伝学的見地に基づいており、実際にノンコーディング領域のシスエレメントを介したフィードバックループが生体のリズム形成に不可欠であるかどうかは当該分野の大きな謎でした。シアノバクテリアにおいては転写を阻害しても時計蛋白質のリン酸化が概日変動を示すことや (Science, 307, 251, 2005)、ヒトにおいても脱核し転写が行われない細胞である赤血球が酸化還元反応において概日リズムを示すことが報告され、従来のモデルに合わない分子時計機構の存在が議論され始めていたからです(Nature, 469, 498, 2011; Nature, 485, 459, 2012; Nature, 532, 375, 2016)。
 このような中、私共は今回、時計遺伝子の発現を制御するノンコーディング領域のDNA配列がマウス個体の活動および体温の日内リズムの維持に必要であることを見出しました。具体的には、体内時計の振動形成の中核機能を担うPeriod2遺伝子の5’上流プロモーター領域に存在するシスエレメントE’-boxに点変異を導入したマウスをpiggyBacトランスポゾンを用いた特殊なDNA改変技術を駆使して作出し(図1)、体内時計機構に関する次の研究成果を得ました。

(1) E’-box点変異マウス(m/m)の行動量と体温の日内変動を計測し、時計遺伝子のプロモーター領域のシスエレメントが成体の安定的な概日リズム形成に不可欠であることを明らかにした。
(2) 体内時計の最高位中枢器官である視交叉上核のスライスカルチャーおよび末梢臓器のスライスカルチャーにおける概日時計遺伝子発現リズムを計測し、組織自律的な概日リズム形成に時計遺伝子プロモーター領域のシスエレメントが不可欠であることを示した。
(3) 末梢組織から採取した初代培養細胞を用いて時計遺伝子の発現リズムをmRNAおよび蛋白質レベルにおいて追跡し、細胞自律的な概日リズム形成に時計遺伝子プロモーター領域のシスエレメントが必須であることを明らかにした(図2)

  蛋白質をコードしないノンコーディング領域のDNA配列を特異的に改変したという点が、従来の研究にはない本研究の独自性といえます。(3)の結果からも確認できるように、このマウスでは時計蛋白質自体は正常に残された状態なのにリズムが消失してしまいます(図2)。シスエレメントを介した転写制御が細胞時計の正常なサーカディアンリズムの維持にはなくてはならないことがはっきりと示されたのです。


図2. E’-box変異によるPER2蛋白質発現リズムの消失

【3. 波及効果】
 今回我々はノンコーディングDNAが動物個体の適切な活動/体温の日内変動の維持に必須であることを示しました。ノンコーディングDNAの重要性は、これまで進化発生生物学的な見地から、細胞の運命決定や形態形成、個体発生、系統発生を対象とした研究において詳細に解明されてきました。しかし、ノンコーディングDNAが発生の段階を過ぎた成体において個体の動的な生理制御にどの程度の寄与を有するのかについてはこれまで確たる実験的証拠に欠けていました。本研究は、この問題に対し、独自に開発したノンコーディングDNA点変異マウスを用いることにより、ノンコーディングDNAを介したダイナミックな制御がマウス成体において活動/体温の日内リズムを生み出すことを実験的に初めて証明しました。従来の進化発生生物学的な枠組みを超えたノンコーディング領域の生理的重要性を裏付ける重要な知見を提供することができたといえます。 最近の大規模臨床試験によるゲノムワイド関連解析において、朝型・夜型に相関する一塩基多型(SNP)が見出され、その多くがヒトのゲノム上のノンコーディング領域に位置することが示されています。我々の今回の点変異マウスを用いた解析は、体内時計を制御するノンコーディング領域の役割を理解する上で最初の重要な一歩になるかもしれません。 

発表論文
題目: Non-coding cis-element of Period2 is essential for maintaining organismal circadian behaviour and body temperature rhythmicity.
(邦訳)Period2のノンコーディングシスエレメントは成体の活動と体温の概日リズムの維持に必須である.
著者: 土居雅夫1*#, 嶋谷寛之1*, 跡部裕太1*, 村井伊織1, 林煕達1, 高橋ゆかり1, Fustin Jean-Michel1, 山口賀章1, 清成寛2, 小池宜也3, 八木田和弘3, Lee Choogon4, 阿部学5, 崎村建司5, 岡村均1# 1京都大学大学院薬学研究科, 2理化学研究所, 3京都府立医科大学, 4フロリダ州立大学, 5新潟大学 *同等貢献著者, #責任著者
掲載誌: Nature Communications 10:2563 (2019) doi:10.1038/s41467-019-10532-2

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