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サイエンスコラム

第1回 脳や身体を支える幹細胞たち

2011.5 vol.21

日本科学未来館 科学コミュニケーター 高橋里英子

会社からの帰り道、ふと暗い空を見あげると、明るい光のようなものが揺れていました。一瞬何だか分からずよく見ると、それは桜の花でした。毎年同じように花をつけ、咲いては散っていく・・昨日まではほとんど開いてはいなかったはずが一斉に開花したその俊足ぶりに、しばらく立ち止り見上げてしまいました。しかし、これは桜の木だけの話ではないかもしれません。私たちの身体(からだ)の中でもめまぐるしく起こっている変化があります。今回は、その変化の主役である幹細胞たちのお話です。
 鏡で朝、自分自身を見つめてみても、昨日とあまり変わっていないように感じませんか。しかし、私たち人間の身体は、その内側では、絶え間なく変化をしています。身近なところでは、全身の皮膚がアカやフケとなってはがれ落ちていくことも身体の変化の一つです。皮膚の細胞はどんどん表面へ押し上げられ、古くなるとはがれ落ちます。しかし、はがれ落ちたままだと、どんどん私たちの体はすり減っていくはずです。すり減ってなくなってしまわないのはなぜでしょうか。それは私たちの身体の中では、いろいろな細胞をつくりだす、たとえて言うなら葉や花をつくりだす幹(stem)のような細胞、「幹細胞」が、常に新たな細胞を生み出し続けているからです。 幹細胞は、身体の色々な場所にあります。普段はまるで眠ったように静かにしているそうです。しかし、新しい細胞をつくり出すよう合図が来ると、表皮の一番内部にある幹細胞たちは皮膚の表皮を、脳の中には神経をつくる幹細胞もあります。どの種類の細胞をつくりだすかはある程度決まっており、それによって幹細胞は大きく仲間分けされます。たとえば、神経をつくる幹細胞は神経幹細胞と呼ばれています。造血幹細胞という幹細胞たちは骨の中の骨髄にあり、身体中にはりめぐらされた血管の中を流れる数千億の細胞のすべてをつくっています。つくられる細胞たちの例として、身体の隅々へ酸素を届ける赤血球、異物が入りこんだ時に退治する白血球があります。運んだり、戦ったりする、非常にアクティブな細胞たちは、入れ替わりのペースも早く、ほとんどの細胞が短期間でその役目を終え、また新たな細胞が導入されます。そのめまぐるしいリニューアルのペースを支えているのは、これら幹細胞なのです。必要な時に必要なだけ、必要な場所に新しい細胞が作りだされるというわけです。
幹細胞の多様なその能力に注目している研究者や医師は数多くいます。たとえば、神経幹細胞は、いろいろな脳の機能や病気とのかかわりも示唆されています。せいりけんの等 誠司 准教授は、躁うつ病の薬「気分安定薬」が脳の神経幹細胞に働きかけ、神経再生を促進していることをつきとめました。また、最近の話題では、福島第一原子力発電所の事故に関連して、造血幹細胞を保存しようという提言もありました。ただ、こうした幹細胞の臨床応用というと、すでに進んでいる部分もありますが、まだまだ未知数というのが本当のところです。脳神経では、実際に応用できるようになるまでには、数多くの基礎研究の蓄積が必要です。
 これからの時代は、自らの身体、特に自らの細胞が持っている能力を生かした医療の時代、「再生医療」がより進んでいくことになるのではないでしょうか。これから花開くであろう再生医療には、病気を治すための治療とともに、人々の健康や安全をより担保するための基礎研究も含まれるでしょう。再生医療は、技術革新や治験がますます進んでいる分野です。これまでにも多くの成果が生まれていますが、とくに脳神経系における再生医療研究などまだこれからの部分もあります。これからも、再生医療のための基礎研究の動向に、ぜひ注目してみてください。

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【関連生理研プレスリリース】
等 誠司 准教授 
「躁うつ病の薬「気分安定薬」が脳の神経再生を促進! 神経再生を活性化する薬物治療に期待」
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2008/05/post-35.html

【参考文献】
再生医学がわかる 羊土社
iPS細胞がわかる本 PHP研究所
細胞の分子生物学 第5版 ニュートンプレス