研究内容

グリア疾患モデルマウス作成と展開

 グリアの病気の理解から、グリアの正常の機能を知るという帰納的なアプローチをとっています。マウス個体を用いた解析から表現型を見つけ出し、その理解のために分子、細胞、回路レベルの解析を行います。この過程から、グリア細胞の新しい機能を見いだそうとしています。

<アストロサイト>

 アストロサイトについては、アレキサンダー病という小児神経疾患のモデルマウス作成から開始しました。アレキサンダー病はアストロサイト特異的に発現する遺伝子、GFAPの 変異によって起こる疾患です。このモデルマウスの解析から、新しい機能を知りたいと考えました。アレキサンダー病モデルマウスでは、カイニン酸投与後のけ いれんが起こりやすいという表現型を得ることが出来ました。この研究は、グリオトランスミッターの放出多寡が神経回路をどのように制御するかという、新しい方向性へ発展しました。グリオトランスミッターのイメージングは名古屋大学 古屋喜四夫、曽我部正博先生、神経回路の電気生理学的解析は山形大学 加藤 宏司、藤井聡、山崎 良彦先生、グリオトランスミッターのin vivoマイクロダイアライシスは名古屋市立大学 飛田秀樹先生との共同研究です。

 更に、MLC (megalencephalic leukoencephalopathy with subcortical cysts)と いうアレキサンダー病とは別のアストロサイト特異的疾患に注目しました。アストロサイトの異常により、脳白質が障害をうけるこの疾患を解析することによって、アストロサイトがどのように脳白質の恒常性を維持するか知りたかったからです。多機能遺伝子改変システムを用いて、Mlc1の過剰発現マウス、ノックアウトマウスを作成し、MLCモデルマウスを樹立しました。ヒトMLCでみられるcysts(空 胞)がどのような分子メカニズムでおこるのかようやく明らかにすることが出来、論文にまとめているところです。このモデルマウスの解析から、大学院生 杉尾 翔太が新たに小脳構築異常を発見しました。バーグマングリアが小脳発達をどのように制御するのかという新しいテーマを展開しています。北海道大学 渡辺 雅彦先生に作成していただいたMlc1特異的抗体がこの研究の推進に大きく貢献しています。

<オリゴデンドロサイト>

 研究室で樹立した慢性脱髄モデルマウス、PLPトランスジェニックマウスは、発達期のミエリン形成が正常と同じようにおこり、生後3ヶ月までは脱髄を起こすことなく成長します。このマウスの伝導速度が、生後2ヶ月齢で既に遅くなっていることを田中久貴博士(現 中村記念病院)が発見しました。ここで私たちは、「伝導速度が半分になってしまったマウスの行動はいったいどうなってしまっているのだろうか?」というシンプルな問題設定で研究を展開しました。宮川剛先生との共同研究により、「伝導速度低下は、基本的な運 動や知覚に影響を与えず、ヒト統合失調症で見られるような認知機能障害をマウスできたす」という結果を得ました。http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2009/07/post-10.html この研究は、何故、オリゴデンドロサイト特異的に発現する遺伝子が統合失調症の感受性遺伝子として報告されるのかという疑問の一つをの答えになるのではないかとして、J NeuroscienceのThis week in Journalで取り上げられました。

 残念ながら、統合失調症は伝導速度が低下する疾患ではありません。先ほどの疑問に更に答えるには、オリゴデンドロサイトの新しい機能を見いださないといけま せん。山形大学 山崎先生の発見した現象、「オリゴデンドロサイトが脱分極すると、そのオリゴデンドロサイトが巻いている軸索の伝導速度が速まる」という 知見に注目しました。オリゴデンドロサイトは髄鞘を形成して伝導速度の高速化を担うだけではなく、その伝導速度を微妙に調節して伝導のタイミングを変えて いる可能性があります。この調節不全がなんらかの病態を説明できるかもしれません。この先行研究を、スライスレベルで、マウス個体レベルで発展させるため に、オリゴデンドロサイトの光操作を構築しました。現在、光を用いて、オリゴデンドロサイトの機能を操作し、軸索伝導速度調節、それによるシナプス伝達調 節を山形大学 山崎先生と共同で進めています。このテーマは平成23年度から4年間、若手Aとして採択されました。

<ミクログリア>

 脱髄やミエリン再生にかかわる遺伝子をcDNAマイクロアレーを用いて探索したところ、ミエリン再生を伴う脱髄時にだけ発現する新規遺伝子、シスタチンFを発見しました(現大連医科大学 馬堅妹先生との共同研究)。シスタチンFは、カテプシンCをはじめとするシステインプロテアーゼのインヒビターです。カテプシンCの 基質は同定できていませんが、ミクログリア由来のタンパク分解酵素とそのインヒビターのバランスが、ミエリン再生の環境の一つとして意味をもつかもしれません。このような新しい説を実証するために、多機能遺伝子改変を駆使して、遺伝子レベルで追いかけていきます。大学院生の清水崇弘、Wilaiwan Wisessmithが取り組んでいます。