研究内容

N結合型糖鎖の制御

 生命現象を網羅的に解析する研究の流れは、Genomicsに始まりProteomicsを経て、今まさにGlyconomicsに到達しようと しています。ゲノム解析によって、ヒトの遺伝子総数はたかだか30,000個程度と推定されました。この遺伝子の枠内で記憶や思考のような脳の高次機能を達成するには、精緻な遺伝子発現調節やタンパク質修飾が必須です。中でも、細胞表面に発現するタンパク質に付加される糖鎖は、細胞接着や細胞間認識を制御することによって、細胞機能に密接に関わっていると考えられています。我々はGenomics-Proteomics-Glyconomicsの手法を駆使し、糖鎖と細胞機能との関係を統一的に解析できるシステムの開発を進めてきました。まずGlyconomicsに関しては、2次元HPLCシステムを用いて細胞に発現する糖タンパク質のN結合型糖鎖をすべて同定できる系が稼働しています。Genomicsについても、120以上の糖鎖生合成/分解酵素遺伝子群の発現変化を網羅的に解析できるマクロアレイシステムが完成し、細胞の分化などに伴う糖鎖パターンの変化を遺伝子発現レベルでも理解できるようになりました。また、変化する糖鎖を担うタンパク質を、必要に応じて2次元電気泳動法などを用いて解析しています(Proteomics)。

 当研究室では、これらの手法を用いてさまざまな研究が行われています。例えば、神経幹細胞の分化に伴う糖鎖パターン変化を調べ、神経細胞・グリア細胞の運命決定や領域特異性付与に関わる糖鎖の同定を進めるとともに、糖転移酵素遺伝子導入によって神経幹細胞の維持や分化を制御する手法の開発も行なっています。また、神経変性疾患に冒された脳や疾病モデルマウスの脳における糖鎖パターンを正常対照と比較することにより、障害された(神経)細胞機能と糖鎖との関係を解明できる可能性があります。さらに、癌細胞の増殖や転移と糖鎖との相関を調べることも、重要な研究課題です。転移の際に特定の糖鎖の割合いが変化することが観察されており、転移のメカニズムの解明につながるとともに、転移のリスクを評価するマーカーとしても有用だと考えられています。これら現在進行中のプロジェクト以外にも、糖鎖と細胞機能との関係の研究は多くの可能性を秘めており、今後益々発展していくと思われます。