平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

温度と体内時計を結ぶパスウェイ

文献紹介者;京都大学大学院 薬学研究科 医薬創成情報科学講座 准教授
土居雅夫

2015年の年末に海外からホットなニュースが飛び込んできた。温度が体内時計をリセットする仕組みについて、その温度センサーの分子実体が明らかにされたというのだ。ショウジョウバエをモデルに用いたNature誌掲載の研究報告である。

 温度は体内時計の時刻調節因子として外界の明暗情報と並んで最も重要な時計の制御因子である。英国University College LondonのStanewskyらのグループは、ショウジョウバエの体内時計が温度によってリセットされる機構にイオンチャンネル型受容体IR25aが関与することを明らかにした(参考文献1)(図1)。
 IR25aは分子系統学的にいうとイオンチャネル型グルタミン酸受容体に類縁するチャネル分子といえるが、AMPAやNMDA等のグルタミン酸受容体とはリガンド結合領域の特徴的なアミノ酸配列が大きく異なる。この種のチャネル群は昆虫のさまざまな感覚器に存在し、数も非常に多い。ショウジョウバエでは同じファミリーのIRと名のつく遺伝子が61個も存在する(参考文献2)。
 IR25aの発現は腿節の弦音器官という感覚器に認められる(図1)。ここは先行研究によって体内時計の温度入力を担う末梢神経が存在すると目された場所である(参考文献3)。触覚もハエの重要な熱感知センサーが存在する器官であるが、過去の切除実験などの結果から体内時計の温度感受には必須ではないとされる(参考文献4)。
 StanewskyらはIR25aの変異体を用いてそのハエを25℃(12時間)27℃(12時間)の周期的な温度サイクル下に置いて行動リズムを観察した。その結果、野生型ではこのような2℃の温度変化にうまく行動(位相)を合わせることができるのに対し、変異型ではできないことが分かった。同様のフェノタイプは、行動だけでなく、行動リズムを支配する脳内のペースメーカーニューロンでの時計蛋白質の発現リズムの不同調としても現れた。IR25aは体内時計の中枢に温度情報を入力する経路に関わるようだ。
 ただし、IR25aの役割には条件がつく。実は、2℃より大きな差の温度サイクルをかけるとIR25aの変異体も野生型のように振る舞うようになった。おそらく、別の温度域や温度差に対応する温熱センサーが働くのだろう。
 IR25aは温度センサーの本体か。IR25aが発現する腿節弦音器官の感覚神経の活動電位を測定すると、温度刺激に応じて確かに発火の頻度が上がるが、IR25a変異体ではそのような応答が消える。またIR25aを異所性に発現させた神経細胞の発火頻度をみると、25℃からの2~3℃の温度上昇に応答できるようになった。
 末梢のIR25a発現細胞が、数℃の温度変化をセンスし、脳の中枢時計機構に温度シグナルを伝える神経路の起点となっていることは間違いないようだ。

 新たな発見は次の豊かなクエスチョンを惹起する。果たしてIR25aは温度センサーそのものなのだろうか。上流に温度受容の鍵をにぎる親玉やそのコファクターが隠されている可能性が残る。また、IR25aとは別の温熱センサーもまだ実体は不明であるが必ず存在し、それが他の温度域や温度差への対応を担うことも分かってきた。
 哺乳類との比較も重要だ。ヒトを含む哺乳類のゲノムにはIR25aのオルソログはないがIR25aの働きに相当するものは存在するのだろうか。今後のさらなる研究の発展が期待される。

図1 ショウジョウバエの脳内中枢時計機構に入力する温感受性神経路のモデル.
弦音器官に存在するIR25a発現ニューロンが環境温度変化を感知する.

参考文献

  1. Chen C et al. Drosophila Ionotropic Receptor 25a mediates circadian clock resetting by temperature. Nature 527: 516-520 (2015).
  2. Benton R et al. Variant Ionotropic Glutamate Receptors as Chemosensory Receptors in Drosophila. Cell 136: 149–162 (2009).
  3. Sehadova H et al. Temperature entrainment of Drosophila’s circadian clock involves the gene nocte and signaling from peripheral sensory tissues to the brain. Neuron 64: 251–266 (2009).
  4. Glaser FT & Stanewsky R. Temperature synchronization of the Drosophila circadian clock. Curr. Biol. 15: 1352–1363 (2005).

追記;
本紹介記事は2016年4月に掲載され、その後、Cell 163, 1214-1224 (2015)の論文撤回にともなう内容の改訂が2017年10月に行われた。

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