平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

温度感受性チャネルTRPM2は環境温度受容・体温調節に関与するのか?

文献紹介者;福岡歯科大学 細胞分子生物学講座 分子機能制御学分野 講師
内田 邦敏

 TRPM2チャネルは、2006年に領域代表の富永らのグループがその温度感受性を報告した(Togashi et al 2006)。その活性化温度閾値は、TRPM2チャネルリガンドであるcADPR存在下において体温付近であるが、のちの更なる解析により、リガンドの有無や活性酸素種(過酸化水素など)によるメチオニン残基の酸化などによって大きく変化することを明らかにしている(Kashio et al 2015)。しかし、TRPM2チャネルの環境温度センシングや体温調節への関与については明らかにされていなかったが、最近、TRPM2の末梢神経における環境温度センシング並びに中枢神経、特に視床下部における体温調節への関与が続けて報告された。

 環境温度を感知するセンサーは、痛みを伴う熱はTRPV1、TRPM3やANO1であり、冷温はTRPM8であることが明らかになっている。一方、痛みを伴わない温感刺激を神経が感知する機構はまだ解明されていなかった。Tanらのグループは、カルシウムイメージング法を用いて、既知の温度感受性TRPチャネルのいずれも発現していない温度感受性の体性知覚神経集団を発見し、これらのニューロンで温度感受性を生じさせるイオンチャネルがTRPM2であることを明らかにした。また、自律神経にもTRPM2が発現しており、熱に対して直接的に応答することも見出した。さらに、TRPM2を遺伝的に欠失させたマウスでは、非侵害性の暖かな温度の感知が著しく障害されていた。これは、涼しい所を探す行動を起こすための暖かい温度受容シグナルがTRPM2チャネルによる温度センシングから始まること明らかにした知見である。また、自律性の環境温度受容にもTRPM2チャネルが関与している可能性は、今後のさらなる検討が必要ではあるが興味深い知見である。

 体温維持のために、視床下部神経が体温を感じて調節する“サーモスタット“(温度を一定に保つための装置)として機能していると考えられている。体温を感知するためのセンサーが必要であるが、そのメカニズムは明らかにされていない。Songらのグループは、体温調節中枢である視床下部の神経細胞に温かい温度に応答する神経集団を見出し、これらのニューロンにおいてTRPM2チャネルが温度を感じるためのセンサーであることを突き止めた。TRPM2を遺伝的に欠失したマウスは、通常の飼育環境下において体温は正常であったが、発熱を起こす物質を投与した時に体温を低く維持できなくなっていた。さらに、薬理学的に特定の神経のみを活性化または活性抑制をすることができるDREADD (Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drug) システムを用いて、TRPM2を発現する視床下部神経の活性調節を行った。その結果、TRPM2を発現する視床下部神経を活性化させると体温は低下し、その際には皮膚温度や褐色脂肪組織表面の温度も低下していた。一方、TRPM2を発現する視床下部神経の活性を抑制させると体温は上昇した。TRPM2チャネルが視床下部において深部体温をモニターしているという今回の結果は、体温調節の分子メカニズムのさらなる解明につながる重要な知見である。

文献情報;
TRPM2イオンチャネルは温暖さに対する感受性に必要である
The TRPM2 ion channel is required for sensitivity to warmth.
Tan CH, McNaughton PA.
Nature. 2016;536(7617):460-463

TRPM2チャネルは視床下部において熱への反応を制限し体温を下げる熱センサーとして機能する
The TRPM2 channel is a hypothalamic heat sensor that limits fever and can drive hypothermia.
Song K, Wang H, Kamm GB, Pohle J, de Castro Reis F, Heppenstall P, Wende H, Siemens J.
Science. 2016;353(6306):1393-1398

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