平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

1.褐色脂肪細胞の熱産生を1細胞レベルで可視化する

文献紹介者;大阪大学・産業科学研究所・助教
中野 雅裕 

 哺乳類の熱産生には、体をふるわせる「ふるえ熱産生」と、筋肉や褐色脂肪といった細胞が「ふるえ」ずに、特別なしくみを利用して効率的に熱を生み出すことで、熱産生を行う「非ふるえ熱産生」がある。褐色脂肪細胞は、その獲得したエネルギーを熱に効率よく変換できるヒーターの役割を果たしており、外部からのシグナルが引き金となり、いくつかの反応を経て熱を生み出すことが知られている。
 筆者らのグループはヒトやマウス由来の褐色脂肪細胞に、蛍光性の温度プローブを導入し、生きた細胞の応答を光学顕微鏡で観察した。その結果、実際に褐色脂肪細胞が熱を生み出す瞬間を1細胞レベルの解像度で観察することに成功した。興味深いことに顕微鏡の観察視野内の細胞には刺激をほぼ同時に加えているにも関わらず、熱産生のタイミングに大きな時間差があるなど細胞ごとに挙動が異なっていた。これまで細胞の代謝活性は、酸素消費量や細胞外酸性化速度が多細胞系の平均値として計測・評価されており、熱を指標として評価されることはなかった。蛍光性温度プローブの技術によって、細胞の代謝活性を測定として熱を利用できることが示され、更に熱産生には細胞によってバラつき(細胞個性)があることが初めて明らかになった。
 最近、肥満の治療のために消費カロリーを増やす、カロリーを積極的に燃焼させる薬の開発が新たに注目されている。本研究は、褐色脂肪細胞の熱産生を促進する治療薬の開発にも大きく貢献できるかもしれない。

紹介論文:
Optical visualisation of thermogenesis in stimulated single-cell brown adipocytes.
R. Kriszt, et al., Scientific Reports, 7, 1383 (2017).

2.ハナムグリが震えて熱を出す様子を高解像度で可視化する

 変温動物の中には、生命活動に熱を積極的に使う種が存在する。なかでもこの種の甲虫(ハナムグリ)は、飛翔筋で熱産生することが知られていた。そこで、筆者らのグループは蛍光性温度プローブを用いて、生きた甲虫で細胞レベルの温度分布の観察を行った。
 甲虫は生きているので、蛍光性温度プローブからの蛍光強度が動きによってだけでもブレてしまい、測定に影響を与える。そこで筆者らは蛍光性温度プローブとして機能する色素(EuDT)とともに、動きを補正する目的で、EuDTとは蛍光波長が異なり、温度にほとんど応答しない色素(Rhod800)も封入した粒子型の蛍光性温度プローブを開発した。このプローブを飛翔筋の部分にふりかけて、EuDTとRhod800の2つの蛍光色素の蛍光強度比を計算することにより、飛翔筋の温度分布の変化を観測した。得られた動画を赤外線サーモグラフィで撮影した動画と比べると、蛍光性温度プローブと顕微鏡を用いた方法では、飛翔筋のより細かい温度分布まで(本論文では68 μm x 68 μmの範囲が)見えることが分かった。今後、生物にとっての温度を真に理解するためには、本研究のような個体レベルでの高解像度の温度測定が必須であろう。


紹介論文:
Facilely Fabricated Luminescent Nanoparticle Thermosensor for Real-Time Microthermography in Living Animals
Ferdinandus, et al., ACS Sensors, 1, 1222-1227 (2016)

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