平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

失った遺伝子による進化的代償

文献紹介者;京都府立医科大学・神経発生生物学・准教授
 野村 真

無くしてしまってから、はじめてその大切さに気づく、それは私達の人生にだけ起こることでは無い。生物はその進化の過程で様々な性質を獲得するのと同時に、それまでに備えてきた多くの性質を失ってきた。一度失ってしまった性質を取り戻すことは非常に難しく、それが後の生物の運命に大きな影響を与えてきた。最近の研究によって、胎盤を持つ哺乳類の8つの系統でUCP1と呼ばれる遺伝子がその機能を消失していることが明らかとなった。UCP1は褐色脂肪細胞と呼ばれる細胞を介した体温調節に深く関わっており、UCP1の機能を失った哺乳類系統の多くはその後の地球全域の寒冷化に伴い体のサイズを大きくすることで適応したと考えられる。機能的なUCP1を持たない系統は現在の哺乳類の中でも多様性の低い系統であり、UCP1による体温保持機構が哺乳類の進化の方向性を決定する一つの要因となった可能性は大変興味深い。

褐色脂肪細胞のミトコンドリア内に存在するUCP1(uncoupling protein1)は、非震え熱産生 (Non-shivering thermogenesis: NST)を介した哺乳類の体温維持に不可欠な働きを持つ。NSTと哺乳類の体のサイズには逆相関があり、10kgを超える大型の哺乳類ではNSTがほとんど見られない。こうしたNST の有無と UCP1 との機能連関については、今まで少数の哺乳類種を用いた限定的なデータしか無かった。今回、哺乳類133種を対象にUCP1遺伝子を含むゲノム配列を比較検討した結果、真獣類(胎盤を持つ哺乳類)の主な18系統のうち8つの系統において、UCP1遺伝子の欠失や変異による機能喪失が確認された。これらの系統のうち、UCP1の機能喪失は異節上目(ナマケモノ)とセンザンコウ目における低い代謝率の獲得と一致していた。さらに、残りの6つの系統では、UCP1の機能喪失の後に起こった地球寒冷化に伴い、体のサイズの大型化が認められた。UCP1の機能喪失はクジラ目、ウマ、さらに絶滅したケナガマンモスやステラーカイギュウなどに見られる特殊な体温調節機構の進化につながったと考えられる。また、現在の哺乳類の中でUCP1の機能喪失が見られる系統は、UCP1の機能を維持している系統と比較して種の多様性が低いことも明らかとなった。体のサイズの大型化は絶滅のリスクを高めることが示唆されており、今回の研究によりUCP1 の機能喪失は哺乳類進化の方向性を制約する一要因となっていることが推測された。


紹介論文:
Gaudry, MJ., Jastroch, M., Treberg, JR., Hofreiter, M., Paijmans, JLA., Sarrett, J., Walesm N., Signore, AV., Springer, MS., Campbell, KL.
Inactivation of thermogenic UCP1 as a historical contingency in multiple placental mammal clades.
Science Advances 3: e1602878 (2017).

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