平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

プラナリアTRPA1は活性酸素種を介して熱侵害刺激を受容する

文献紹介者;カリフォルニア大学サンフランシスコ校 生理学分野 ポスドク
 三宅 崇仁(公募研究班員:中川貴之)

 地球上に生きる全ての動物(虫などを含む)は、自身を守るために、危険な刺激を感知する能力を有しています。各々の動物は、特定の危険な刺激に対して特化した感覚神経を多種類有し、それを体中に張り巡らせることによって、危険な刺激を感知しています。各々の動物は様々な環境に適応するべく、長い時間をかけて進化してきたため、この危険な刺激を感知する仕組みは独自に発達してきたはずです。しかし、今日の生物学の研究では、扱いやすいごく一部の生物が持つ仕組みしか明らかにされておらず、危険な刺激を感知する仕組みの全貌はわかっていません。

 今回紹介する論文で注目しているTRPA1とは、刺激性物質や極度の高温・低温など、様々な“痛い”刺激に応じて活性化するイオンチャネルであり、ヒトやマウスなど脊椎動物だけではなく、ショウジョウバエなどにおいても、危険な刺激を感知するために重要な役割を担うことが知られています。TRPA1の温度感受性に関しては動物種によって多様であることが知られており、ヒトやゼブラフィッシュのTRPA1は温度変化に対して活性化しない一方で、マウスや線虫のTRPA1は冷刺激によって、ニワトリやトカゲ、カエル、ショウジョウバエのTRPA1は熱刺激によって活性化することが明らかになっています(Saito et al., 2014)。この事実は、TRPA1の温度感受性が進化の過程で変化してきたことを示唆しています。それでは、全ての動物の祖先は、果たしてどのような温度感受性を有するTRPA1を持っていたのでしょうか?

 本論文では、より原始的で祖先に近い動物であるプラナリアを用いた研究を展開しています。すると、TRPA1を欠損したプラナリアは、熱に対する逃避行動を示さないことがわかりました。また、TRPA1を持たないショウジョウバエは、熱に対する逃避行動が鈍くなる一方で、ショウジョウバエのTRPA1の代わりにプラナリアのTRPA1を持つショウジョウバエは、普通のショウジョウバエと同じように熱刺激に対する逃避行動を示すことがわかりました。つまり、プラナリアのTRPA1は熱刺激の感知に関わることが明らかになりました。しかし驚くべきことに、プラナリアのTRPA1そのものは、熱刺激には反応しないことが分かりました。そこで筆者達は、熱刺激時に起きる現象について研究し、その結果、熱刺激時に活性酸素種が産生されることを突き止めました。また、薬物を用いて活性酸素種を体内で増やした条件では、ショウジョウバエの熱に対する逃避行動がより強くなることも明らかにしました。これらの結果より、プラナリアのTRPA1は、熱刺激そのものではなく、熱刺激によって産生される活性酸素種に応じて活性化することで、熱刺激の感知に関わることが示唆されました。

 本論文の結論は、温度変化そのものがイオンチャネルを活性化せずとも、温度変化による細胞周辺環境の変化がイオンチャネルを活性化することができれば、動物は温度を感知することができることを示唆しています。昨年、私達は、ヒトのTRPA1も、特定の条件では冷刺激によって産生された活性酸素種によって間接的に活性化され、それが抗がん剤オキサリプラチンによって引き起こされる副作用である冷刺激過敏の原因となりうることを報告しています(Miyake et al., 2016)。これら2つの報告を組み合わせると、プラナリアとヒトが進化系統樹上分岐した5億年も前から、このTRPA1による活性酸素を介した温度感受機構の仕組みは保存されていると言えるのかも知れません。


紹介論文:
Arenas OM, Zaharieva EE, Para A, Vasquez-Doorman C, Petersen CP, Gallio M.
Activation of planarian TRPA1 by reactive oxygen species reveals a conserved mechanism for animal nociception
Nature Neuroscience 20: 1686–1693, 2017.


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