平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

末梢神経の感覚情報処理機構

文献紹介者;生理学研究所 生体恒常性発達研究部門 助教 江藤 圭

【明らかになったこと】
脊髄後根神経節(DRG)神経細胞には触・痛み刺激に加え、温度刺激に応答するポリモーダルな細胞が多く含まれていることが明らかになった。また、これらの細胞は、温刺激と冷刺激で全く異なる様式で応答していることが明らかになった。

【要約】
 末梢神経は環境刺激を電気信号に変換し、中枢へと信号を伝達する。しかし、どのように末梢神経が集団として異なる感覚入力を処理しているのかは議論の対象であった。末梢神経の感覚情報処理には主に次の2つの説がある。それぞれのDRG神経細胞は特異的な情報を伝達しているという説とDRG神経細胞は複数の刺激に応答し、応答する神経細胞の組み合わせによって情報処理を行っているという説である。前者の説は様々な分子のノックアウトによって感覚が選択的に消失することや、2光子顕微鏡を用いたin vivoカルシウムイメージングで多くのDRG神経細胞が熱、冷、痛みなどの刺激に選択的に応答することに支持されている(Emery et al., 2016)。一方、電気生理学的実験で1つのDRG神経細胞は様々な刺激に応答することが知られている。そこで、筆者らはEmeryらの研究ではサンプル数が少ないために、ポリモーダルな神経細胞があまり観察できなかったと考え、2光子顕微鏡を用いたin vivoカルシウムイメージングにより4千個以上の神経細胞から痛み・触を誘発する機械刺激及び、温・冷の温度刺激に対する応答を計測することで、どちらの説が正しいのかを検証するとともに、その中でも温度感覚がどのように処理されているのかを検証した。2光子顕微鏡でDRG神経細胞からカルシウム応答を計測するために、幼弱期にマウスの足の裏にアデノ随伴ウイルスベクター(AAV-CAG-GCaMP6s)を投与し、成熟したマウスでイメージングを行った。カルシウム蛍光感受性タンパク質GCaMP6sは、小型から大型のDRG神経細胞に発現しており、脊髄では発現が観察されなかった。
 麻酔下のマウスの足に温・冷刺激、触刺激、痛み刺激を与え、DRG神経細胞の応答を計測した。その結果、多くのDRG神経細胞は痛み刺激、及び熱刺激に応答した。また、熱応答神経細胞に比べて冷応答神経細胞の数は少なかった。触刺激、痛み刺激に応答する神経細胞のサイズは大きい細胞(900 mm2以上)、中程度の細胞(650~900 mm2)、小さい細胞(650 mm2以下)であったが、温度刺激に応答する細胞は小さいサイズのものがほとんどであった。小さい神経細胞には触・痛み刺激、温度刺激にのみ応答する細胞だけでなく、両方の刺激に応答する細胞が多く存在した。このことからDRGには1つの細胞で複数の感覚情報をコードしているポリモーダルな細胞が多く存在することが示された。さらに、温度刺激に対する応答性を詳細に調べた結果、DRG神経細胞は温刺激と冷刺激に対して全く異なる様式で応答することが明らかになった。温度を上げると、活性化する熱感受性神経細胞の数が増え、個々の神経細胞の活動が増強する。一方、冷感受性神経細胞は様々な冷刺激を与えても一定の応答しか示さず、応答する細胞の組み合わせが刺激によって変化した。また、熱感受性神経細胞は温度上昇時の絶対温度、冷感受性神経細胞は温度減少時の相対温度に対して応答していた。これらの結果は、個々のDRG神経細胞は複数の刺激で活性化されるが、異なるDRG神経細胞の組み合わせが私たちの感覚情報の符号化に寄与すると考えられる。

紹介論文:
Wang F. et al.
Sensory Afferents Use Different Coding Strategies for Heat and Cold.
Cell Rep.2018 May 15;23(7):2001-2013.

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