平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

褐色脂肪・ベージュ脂肪のミトコンドリアにおけるカルジオリピン合成は全身のエネルギー恒常性維持に必須である

文献紹介者;宮崎大学医学部機能生化学分野 加藤裕紀・西頭英起

 褐色脂肪やベージュ脂肪組織は、グルコースと脂質を熱へと変換して、エネルギー消費に寄与する器官である。ベージュ脂肪は、白色脂肪に褐色脂肪のような熱産生能が備わった組織と考えられている。寒冷刺激は、白色脂肪細胞のベージュ化や褐色脂肪・ベージュ脂肪細胞による熱産生を誘発させる最も有効な方法とされる 。しかし、熱産生がどのような動的プロセスにより制御されているのかは、あまりよく理解されていなかった。
 はじめに著者等は、プロテーム解析およびリピドーム解析から長期の寒冷刺激により褐色脂肪組織における脂質代謝経路のタンパク質群の発現量が大きく変動すること、さらにそれに伴ってカルジオリピン(CL)種が著しく増大することを明らかにした。寒冷刺激下におけるCL種の増大には、CL合成酵素であるCL synthase 1(CRLS1)タンパク質の発現亢進が関与していた。CL種は、ミトコンドリアで合成され、ミトコンドリア内膜を構成するリン脂質である。
 CRLS1の脂肪組織特異的なノックアウトマウス(AdCKOマウス)では、褐色脂肪組織におけるすべてのCL種が減少し、ミトコンドリアのクリステ構造に異常が認められた。さらには脂肪滴の肥大化も生じていた。この組織からミトコンドリアを単離すると、呼吸鎖複合体の発現は減少しており、呼吸能も顕著に低下していた。
 AdCKOマウスの寒冷環境への適応性を解析すると、このマウスは、寒冷環境下において体温を維持するための耐寒性が顕著に低下していた。さらに、ノルエピネフリン(NE)投与による酸素消費量の亢進や体温上昇は、ほとんど誘引されず、褐色脂肪組織さらには白色脂肪組織における熱産生タンパク質Ucp1の転写誘導は、完全に喪失していた。詳細なメカニズムは不明であるが、CRLS1のノックアウトによるUcp1を含むミトコンドリア遺伝子群の転写阻害には、小胞体ストレス応答因子であるCHOPが関与していた。
 AdCKOマウスの全身代謝を解析すると、体重量は、コントロールのマウスとの差が認められなかったが、呼吸商の低下が認められた。さらに、肝臓の重量の増加、インスリンへの感受性の低下が認められた。この表現型は、高脂肪食の摂取でさらに増悪した。これらの結果は、全身の代謝調整におけるCL種の重要性を示すが、褐色脂肪やベージュ脂肪組織といった熱産生を担う脂肪組織特異的な役割であるかは不明であった。そこで著者等は、CRLS1f/fマウスとUcp1プロモーター下でCreとエストロゲン受容体の融合タンパク質を発現するマウスを交配させ、褐色脂肪およびベージュ脂肪組織特異的なCRLS1ノックアウトマウス(iBAdCKO)を作出した。その結果iBAdCKOマウスでも、顕著なインスリン感受性の低下が認められた。
 本論文において著者等は、ヒトの脂肪組織(皮下)のCRLS1の発現レベルの変化と代謝性疾患との関連性を解析し、2型糖尿病の患者では、CRLS1遺伝子の発現量が減少していることを見出している。さらに、マウスの褐色脂肪・ベージュ脂肪細胞のように、ヒトの白色脂肪細胞でもCRLS1を高発現させることで、Ucp1の転写誘導や酸素消費量が亢進することを明らかにしている。
 以上の研究により著者等は、CL種が脂肪細胞による熱産生の調整因子であり、全身のエネルギー恒常性維持に必須であると結論付けた。


紹介論文:
Sustarsic et al.
Cardiolipin Synthesis in Brown and Beige Fat Mitochondria Is Essential for Systemic Energy Homeostasis.
Cell Metab., 28, 159-174, 2018

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