平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

RNA温度計の開発

文献紹介者;富山県立大学大学院工学研究科生物工学専攻  延山知弘、村上達也

 細胞内温度を計測し、さらにコントロールする手法として、蛍光プローブによる細胞内温度の検出とレーザー等を用いた局所加熱がそれぞれ挙げられる。前者は現象を調べるには有効な手段であるが、温度変化に応答した挙動を引き出すことは困難である。2.は望みのタイミングでの加熱が可能であるが、望みの反応を導きだすことは困難である。第三の方法として、RNAの構造の熱変化を利用した温度センサーがある。リボソーム結合部位(Ribosome binding site,RBS)近辺のヘアピン構造の温度依存的な変化(ヘアピンステムの解離)により、翻訳活性が変化する。細胞内の温度によって転写活性が変わるため、蛍光タンパク質などをRBSの下流につなげておけば温度を測定することができる。また、温度によってタンパク質発現を変えるレギュレーターとしても使用することができるため、温度依存的なタンパク質発現系を細胞内に組み込むことも可能となる。こうした「RNA温度計」は長い間研究されているが、目的に応じた感受性や閾値をもつRNA温度計の設計は困難な課題であった。本論文で著者らは、熱力学シミュレーションおよび実験での機能測定に基づき、RNA温度計のライブラリを構築し、既報とは異なる応答性を示すRNA温度計の開発に取り組んだ。
 まず著者らは、既存の温度感受性RNA温度計ならびにその変異体の解析から、RBS直前の配列に一つの変異が入るだけで、37℃での転写活性が10倍異なることに着目した。既存の温度感受性RNA温度計(論文中ではXと表記)のRBS近辺の配列を変えたライブラリをコンピューター上で作成、それらの29℃での自由エネルギー変化を計算することで、多様な温度感受性を持つライブラリを作成できると予測した。実際に作成・性能を実測すると、RNAの構造安定性に3倍以上、下流のGFP発現の温度感受性に10倍以上の変化を持たせることに成功した。
 各RNAに対して、29℃と37℃での自由エネルギー変化の差を、29℃での自由エネルギー変化に対してプロットした場合、29℃での安定性が高いRNAほど、温度変化による自由エネルギー差が大きいという結果が得られた。この傾向は実験でのGFP発現量変化とも一致していた。一方、ソフトウェアを用いた個々のRNAの構造の安定性(自由エネルギーの相対変化)と解離温度との間に強い相関はなかった。著者らはこの原因を、RBSのヘアピン構造以外の微細な構造の変化によるものだと推定している。
 いずれにせよ、著者らは熱力学計算によって多様な温度感受性を示す可能性のあるRNAライブラリの作成方法を推定することには成功しており、実際に合成・確認している。著者らにより作成されたRNAライブラリは、温度応答の感度を調整するための‘ツールボックス’となるだろう。

紹介論文:
Sen, S. et al.
Design of a Toolbox of RBA Thermometers.
ACS Synth. Biol. 2017, 6, 1461–1470.

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