平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

ホットフラッシュを引き起こす神経回路

文献紹介者;筑波大学 助教 櫻井 勝康

 女性の閉経前後、すなわち更年期においては様々な身体的、精神神経的な変化が現れる。例えば、月経異常、自律神経失調症状、精神神経症状などである。これらの変化は、性ホルモンの一種であるエストロゲンの減少によるものであることがわかっている。つまり、加齢によって卵巣組織が変化することにより、エストロゲンの産生が減少するためである。
 更年期における主な自律神経失調症状としては、ホットフラッシュ、めまいなどが挙げられる。このうち、ホットフラッシュの症状は短時間(数分間)持続するほてり、発汗などである。ホットフラッシュは多くの女性が経験し、なかには日常生活に支障をきたすほど重症になる場合もあることがわかっている。
 ホットフラッシュは一般的には温感システムの異常により体温調節機構が不適切に働いてしまうために起こると考えられている。ホットフラッシュの症状である短期的なほてり、発汗は急激な血管拡張による深部体温の低下によると考えられている。しかし、ホットフラッシュを引き起こす脳内メカニズの詳細は明らかにされていない。
 これまでの研究により、弓状核のキスペプチン陽性ニューロンが性ホルモンの変化によるホットフラッシュの発症に関与することが示唆されている。また、このキスペプチン陽性ニューロンはニューロキニンBを発現していること、さらにはその軸索を体温制御中枢の視索上核に投射していることがわかっている。
 本研究ではキスペプチン陽性細胞の神経活動の変化がホットフラッシュフラシュを引き起こすのではないかという仮説を立て、その検証を行った。
 弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの神経活動がホットフラッシュ、すなわち急激な血管拡張と深部体温の低下を引き起こすのかどうかを、オプトジェネティクス、ケモジェネティクスの手法を用いて確認した。キスペプチン陽性ニューロンでCreリコンビナーゼが発現する遺伝子改変マウスであるKissCreマウスおよびAAV(アデノ随伴ウイルス)を用いて、弓状核のキスペプチン陽性ニューロン特異的にチャネルロドプシン2もしくはhMD3qを発現させた。これらのニューロンの神経活動を光刺激、もしくは薬剤投与(CNO投与)によって活性化させ、尾の表面及び深部体温の測定を行った。その結果、キスペプチン陽性ニューロンの活性化により、尾の表面温度の上昇および深部体温の低下が認められた。このことから、弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの活性化がホットフラッシュを引き起こす可能性が確認された。
 それでは弓状核のキスペプチン陽性ニューロンはどのようにして、血管拡張および深部体温の低下を引き起こすのだろうか?著者らは、弓状核のキスペプチン陽性ニューロンを活性化させたマウス脳で、活性化したニューロンのマーカーであるFosの発現を調べた。その結果、視索前野の吻側部においてFos陽性ニューロンの増加、すなわち神経活動の上昇が認められた。
 視索前野の吻側部に投射している弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの活性化がホットフラッシュ様の体温変化を引き起こすのだろうか?筆者らは前述と同様の方法で弓状核のキスペプチン陽性ニューロンをチャネルロドプシン2で標識し、その神経終末を視索前野の吻側部において刺激した。その結果、尾の表面温度の上昇および深部体温の低下が認められた。このことから、視索前野の吻側部に投射している弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの活性化がホットフラッシュ様の体温変化を引き起こすことが確認された。
 ホットフラッシュは閉経前後の性ホルモンの減少によって引き起こされると考えられている。そこで著者らは卵巣摘出をした雌マウスを用いてキスペプチン陽性ニューロンをケモジェネティクスの手法(hMD3q)を用いて活性化させた。その結果、同じ濃度のCNO投与によっても、卵巣摘出を施した雌マウスの尾の表面温度の上昇のほうが、コントロール(卵巣摘出していない雌マウス)に比べて高いことがわかった。つまり、閉経による性ホルモンの変化がキスペプチン陽性ニューロンの性質を変化させる可能性が示唆された。
 弓状核のキスペプチン陽性ニューロンは神経ペプチドであるニューロキニンBを発現している。そして、視索前野におけるニューロキニンBの放出がホットフラッシュ様の症状を引き起こしている可能性が考えられる。著者らは、視索前野にニューロキニンBのアンタゴニストを注入したマウスでキスペプチン陽性ニューロンをケモジェネティクスの手法(hMD3q)を用いて活性化した。その結果、尾の表面温度の上昇が抑制された。
 本研究では、以下のことが明らかになった。 1. 閉経前後で発症するホットフラッシュは視索前野吻側部に投射している弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの活性化によって引き起こされる。 2. 性ホルモンの変化(減少)は、弓状核のキスペプチン陽性ニューロンの性質を変化させる。 3.弓状核のキスペプチン陽性ニューロンから視索前野吻側部に放出されるニューロキニンBがホットフラッシュを引き起こす原因の一つである。

紹介論文:
Stephanie L. Padilla, Christopher W. Johnson, Forrest D. Barker, Michael A. Patterson, Richard D. Palmiter.
A Neural Circuit Underlying the Generation of Hot Flushes
2018, Cell Reports 24, 271–277

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