平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

冬眠動物由来iPS細胞は低温適応の理解と医療応用にむけた新たな研究基盤となる

文献紹介者;群馬大学 教授 大西浩史

 冬眠動物は代謝を抑制してエネルギーを節約し、厳しい冬の環境を乗り越えることができる。しかし、冬眠中は体温が外気温に近づき、時には0℃近くにまで低下するため、冬眠動物の細胞は低温が生体に与える傷害作用に耐えて生存・維持する必要がある。このような冬眠動物細胞の特性は、低温下での細胞保存などの医療応用へ展開できる可能性を秘めているが、低温耐性のメカニズムはまだ明らかではない。低温が与えダメージの代表的なもののひとつに微小管変性がある。微小管は多様な細胞機能に関わるため、その変性は細胞機能を著しく傷害する。本論文の筆者らは、冬眠動物であるジュウサンセンジリス(13-lined grand squirrels:以下GS)からiPS細胞を樹立し、低温への耐性を非冬眠動物と比較した。通常、冬眠動物は一般的な実験モデル動物と比べて生産性が低く、遺伝子改変モデルや遺伝子操作技術も充実していない。しかし、iPS細胞を用いれば、冬眠動物から様々な種類の細胞モデルを得て、in vitroで詳細な分子メカニズムまで解析することが可能となる。
 筆者らは、ラットの初代培養神経細胞やヒトiPS細胞由来の神経細胞(iPSC-neuron)では低温(4℃)により微小管が変性するが、GSの初代培養神経細胞やGSから樹立したiPS細胞由来の神経細胞(GSiPSC-neuron)の微小管は低温耐性を示すことを示した。低温による遺伝子発現変化をヒトとGSのiPSC-neuronで比較した結果に基づき、ミトコンドリア機能およびタンパク質品質管理と低温耐性との関連に着目して解析を進めた結果、ヒトiPSC-neuronでは、低温によりミトコンドリアの膜電位が過分極側に傾いて活性酸素種(ROS)が生産されて酸化したタンパク質が凝集したり、リソゾームの膜透過性が高まり細胞質酸性化が起きたりしていた。GSiPSC-neuronではこれらの変化は生じない。また、ヒトiPSC-neuronでは、脱共役剤を用いてミトコンドリア膜電位の過分極を取り除くことでこれらの影響は抑制された。さらにリソゾームから漏れ出るプロテアーゼをプロテアーゼインヒビターで阻害すると低温による微小管変性が抑制された。以上より、低温ストレスによるミトコンドリアからのROS産生とリソゾーム膜のリークが、非冬眠動物神経細胞において、低温による微小管変性の原因となることが示された。ラットの網膜外植片もミトコンドリアの脱共役剤やプロテアーゼインヒビター処理により低温耐性を示し、正常な構造と神経機能を保てるようになった。神経細胞だけでなく、マウスの腎臓でも低温保存後の微小管変性が抑制され、低温保存後の腎臓で問題となる脂質過酸化反応やアポトーシスも抑制された。GS由来細胞がどのように低温耐性を獲得しているのか明らかにされていないが、ミトコンドリアとリソゾームへのストレス軽減は、低温の保護作用を臨床応用する際、細胞傷害を軽減する標的の候補となると考えられる。

紹介論文:
Jingxing Ou, John M.Ball, Yizhao Luan, Tantai Zhao, Kiyoharu J. Miyagishima, Yufeng Xu, Huizhi Zhou, Jinguo Chen, Dana K. Merriman, Zhi Xie, Barbara S. Mallon, Wei Li.
iPSCs from a Hibernator Provide a Platform for Studying Cold Adaptation and Its Potential Medical Applications.
A Neural Circuit Underlying the Generation of Hot Flushes
2018, Cell 173 (4), 851-863.e16. doi: 10.1016/j.cell.2018.03.010

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