平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

HSP90とintegrin α4が熱センサーとして機能し、発熱時のT細胞の移行を促進する

文献紹介者;千葉大学大学院薬学研究院 助教 畠山浩人

 発熱(1~4℃の体温上昇)は感染時や創傷の際に生じる生物種間で保存された生体防御反応である。発熱時には、血液細胞の中で免疫に重要なリンパ球が炎症部位や二次リンパ器官に集積することが知られている。これは発熱ストレスによって、血管内皮細胞における接着分子ICAM-1などの発現上昇と、L-selectinに依存したリンパ球の血管内皮への接着が促進されるためである。しかし、接着因子としてよく知られているintegrinを介した発熱時におけるリンパ球の血管内皮細胞への接着や二次リンパ器官への集積に関するメカニズムは不明であった。この論文では、発熱に伴い発現が上昇する熱ショックタンパク質(HSP)の一つであるHSP90とintegrin α4がリンパ球の一つであるT細胞の熱センサー経路として機能し、発熱に伴うT細胞の血管内皮細胞への接着を促進するメカニズムについて報告している。

発熱ストレス下のT細胞は接着分子であるVCAM-1やMdCAM-1への結合の上昇が観られた。これらの接着分子のリガンドとしてintegrin分子が知られているが、integrin α4を介してT細胞は接着分子と結合していた。発熱ストレス下のT細胞内では多くのHSPの発現が上昇していたが、免疫沈降法でHSP90がintegrin α4と結合していることが示された。integrin α4の細胞質ドメインにR985Aの変異を導入(Itga4R985A/R985A)すると、integrin α4とHSP90の結合は阻害された。またHSP90のN末端およびC末端を介して2分子のintegrin α4と結合し、細胞膜上でのintegrin α4の2量体化を促進していた。この過程でintegrin α4のエクトドメインが細胞膜上から切り離されて、また共活性化因子であるtalinとkindlin-3がintegrin α4の細胞質ドメインが複合体を形成し、下流のFAK-RhoA GTPase経路が活性化されていることが示された。

マウス深部体温を6時間39.5℃として発熱ストレスを与えると、T細胞内におけるHSP90とintegrin α4の結合を起点とするインテグリン経路の活性化によって、抹消リンパ節や腸間膜リンパ節、パイエル板へのT細胞の移行が促進した。一方で、Itga4R985A/R985A遺伝子組換マウスではT細胞のリンパ器官への移行が減少した。
Salmonella typhimurium(非チフス型サルモネラ属菌)をマウスへ感染させ、40℃に発熱する感染モデルを作出した。S. typhimurium はマウス腸組織に感染し炎症を引き起こすが、小腸へのT細胞の移行はItga4R985A/R985A遺伝子組換マウスでは減少し、結果として生存日数も野生型マウスと比較して短くなった。
以上より、感染等による発熱時に、熱ショック依存的にT細胞内で発現上昇するHSP90とintegrin α4の結合を起点としたT細胞の感染部位への移行メカニズムが明らかとなった。これらの知見は、感染症やがん治療において、免疫細胞の病態部位への移行の促進など新たな治療戦略に有用と考えられる。


紹介論文:
Lin C, et al. Fever promotes T lymphocytes trafficking via a thermal sensor pathway involving heat shock protein and α4 integrins.
Immunity, 50, 137-151. 2019

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