平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

ミトコンドリアsmall HSPは温度感受を介した種子発芽を制御する

文献紹介者;東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科 太治輝昭

 種子の発芽条件は小学校の理科で学ぶように「水」と「適当な温度」が必要であり、温度は季節変化に応じて種子発芽を活性あるいは抑制する環境シグナルである。しかしながら、どのようにして温度情報が感知されて発芽を誘発させるのかについてはほとんど知られていない。ミトコンドリアは種子発芽において必須の役割を果たす。発芽の最も早いイベントの1つに、代謝静止状態のプロミトコンドリアから代謝的にもエネルギー的にも活性型な成熟ミトコンドリアへの移行があげられる。この移行は厳密に制御されており、この移行を阻害すると発芽が遅れることが知られている。しかしながら、ミトコンドリアがどのようにして代謝静止状態を抜けた後に発芽を制御するかについては不明である。また、ミトコンドリア電子伝達系は活性酸素種ROSの主要供給源だが、どのようにミトコンドリアが環境依存的に電子伝達系(種子発芽に重要なROS発生)を調整するのかについても不明である。本論文で筆者らは、ミトコンドリア局在のsmall HSPがCcmFcと相互作用することで電子伝達系で働くシトクロームC/C1 (CytC/C1) 生産を調節し、ROS発生を誘導する結果、温度上昇に応じた種子発芽を活性化することを報告している。
 ワタの種子発芽は温度変化に鋭敏で20℃~36℃で発芽する。この温度発芽調節システムを明らかにするために、種子発芽時に発現が認められるミトコンドリアsmall HSPsに着目したところ、HSP24.7が種子吸水後に胚乳優先的、かつ発芽温度に相関して発現することを見出した。そこでHSP24.7過剰発現あるいは発現抑制ワタを作出した。発現抑制株は温度上昇に伴う発芽促進が抑制される一方、過剰発現株は発芽率が低い低温域でも発芽が誘導された。HSPはシャペロンとして機能することから、Y2Hにより相互作用因子をスクリーニングしたところ、CytC maturation protein Fc (CcmFc) が得られた。CcmFはCcmHと結合してCytC にヘムを運ぶが、HSP24.7はCcmFcのC末端にCcmHと競合する形で相互作用することが明らかとなった。CcmFcとCcmHはCytC/C1生産に必要なことが知られているが、HSP24.7(過剰発現)によるCcmFcとCcmH複合体の競合はCytC/C1生産を損なうことが明らかとなった。植物の呼吸は、ミトコンドリアにおいてcytochrome oxidase pathway (COX)とalternative oxidase pathway (AOX) の2つの経路により制御される。HSP24.7過剰発現株においてCOX経路の酸素消費量が著しく低下する一方、AOX経路は種子に吸水後に高まることから、HSP24.7の発現上昇はCytC/C1生産を損ない、その結果COX経路を阻害しAOX経路を活性化することが示唆された。電子伝達系のComplex IIIはCytCの減少による電子の漏洩に応じてROSを生産すること、また植物の種子発芽においてROSがポジティブな役割を果たすことが知られている。HSP24.7発現抑制株ではROS発生が低下する一方、過剰発現株では増加が認められたことから、HSP24.7は種子発芽においてミトコンドリアからのROS発生を正に制御すること、さらにROSが胚乳を軟化(発芽を促進)させることが明らかとなった。なお、シロイヌナズナおよびトマトにおいてミトコンドリアsmall HSPの過剰発現株を作成したところ、いずれも発芽促進が認められたことから、発芽におけるHSP24.7の機能は植物共通であることが明らかとなった。
 以上の結果より、低温下では種子は休眠しているものの、温度上昇にともない、ミトコンドリアが呼吸を加速するために活性化される。加えて、HSP24.7がCytC/C1を不活化するためにCcmFcと相互作用することで占有し、COX経路の阻害/AOX経路の活性化を導き、ROSの発生を誘導する。ROSの発生により種子の胚乳が軟化し、発根、すなわち発芽に至ることが示唆された。
 本研究は、どのようにしてミトコンドリアが外的温度動態に応じた種子発芽を制御するのかを明らかにしたものであり、早く均一な種子発芽を示す作物育種に向けた潜在目標を提案するものである。


紹介論文:
Wei Ma et al.
Mitochondrial small heat shock protein mediates seed germination via thermal sensing.
PNAS, 116, 4716-4721. 2019

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