平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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温度生物学トピックス

冬眠動物のゲノム解析からヒト肥満制御遺伝子回路を推定する

文献紹介者;理化学研究所 BDR 網膜再生医療研究開発プロジェクト 砂川玄志郎

哺乳類は37℃前後の体温を保つ体温恒常性をもつが、冬眠中の哺乳類は一般的には致死的な体温(摂氏10℃以下)でも組織障害を受けることはなく、個体の酸素消費量も正常時の数%まで低下する。この驚異的な低体温耐性や低代謝耐性は飢餓や冬季など危機的なエネルギー供給不足を生き抜くための省エネ機構だと考えられている。また、多くの冬眠動物は冬眠に入る前に肥満となり、高インスリン血症・インスリン耐性などのヒトのメタボリック症候群に類似した兆候が認められるが、これらは可逆的であるため、冬眠動物の体重制御機構を理解することで肥満や糖尿病の新規治療法の発見につながることが期待されている。

哺乳類の少なくとも7つの目で冬眠動物と非冬眠動物が共存していることから、冬眠に関与する遺伝子は哺乳類に保存されており、その制御が冬眠動物と非冬眠動物で異なるという説がある。遺伝子背景が似ている近縁種が冬眠・非冬眠という表現型を呈するケースが、進化上距離のある複数の目で確認されているため、冬眠の機構は哺乳類全体に共通した原理で成り立っており、その制御が平行進化という様式で冬眠動物と非冬眠動物に現れているという考え方である。

本研究では、冬眠に関与する遺伝子を同定するために、冬眠動物と非冬眠動物のゲノム配列の中で哺乳類全体で保存されている配列に注目し、その配列の進化速度を比較した。まず、冬眠動物4種を含む23種の哺乳類ゲノムから進化上保存された50-bpの遺伝子領域を537,189ヶ所同定した。この領域の中で、4種の冬眠動物で進化速度が加速している領域(AR; accelerated region)を検索し、ココウモリで17,228領域、リスで5,119領域、キツネザルで7,661領域、テンレックで17,917領域を同定した。この4種類の冬眠動物は異なる「目」に属し、進化上距離があるため、共通するARは冬眠という共通の表現型をもたらした平行進化を含む可能性がある。そこで、これらを平行加速進化領域(pAR; parallel accelerated region)と定義し、2,407ヶ所の配列を同定した(69.3%がnoncoding領域)。この手法は「ヒト」を「人」たらしめている遺伝子領域(HARs; human accelerated regions)を検索する際に用いられた手法である。つまり、哺乳類全体で保存された領域の中で、冬眠動物と非冬眠動物の表現型の違いを反映している遺伝子領域は、他の保存された領域とくらべて進化速度が早いという前提に基づいている。

筆者らは、冬眠動物の特徴である肥満制御とpARが関与しているという仮説のもとに、同定された冬眠動物のpARがヒトの肥満関連遺伝子の近傍にあるか調べた。興味深いことにヒトGWASによって肥満のリスクとなると報告されている遺伝子の近傍に、冬眠動物pARがエンリッチしていることを突き止め、364ヶ所の肥満シスエレメントの候補を見出した。肥満制御(あるいは体重制御)は冬眠動物と非冬眠動物で大きく異なることは想像に難くないが、ヒトで同定された肥満関連遺伝子の近傍に冬眠動物のpARがエンリッチされていることは驚きである。さらに、この研究の真価は肥満制御だけではない冬眠動物の特徴、すなわち低温耐性、低代謝耐性などの制御がどのような遺伝子ネットワークによって制御を受けているかを探求していく上で貴重なリソースとなりうる点にある。今後、冬眠動物pARと哺乳類の体温制御や代謝制御に関連した遺伝子群との関連性の研究が期待される。


紹介論文:
Ferris E, Gregg C.
Parallel Accelerated Evolution in Distant Hibernators Reveals Candidate Cis Elements and Genetic Circuits Regulating Mammalian Obesity.
Cell Rep 29: 2608-2620.e4, 2019.

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