平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

English

研究報告

TRPA1のプロリン水酸化抑制を介した冷感受性メカニズム

研究の背景

 Transient receptor potential ankyrin 1(TRPA1)は、ワサビやマスタードオイルの辛味成分allyl isothiocyanateやシナモン芳香成分cinnamaldehydeなど様々な刺激性化学物質により開口するカチオンチャネルである。主に後根神経節や三叉神経節の小型の感覚神経(C線維)に発現し、化学侵害刺激に対する痛みのセンサー(侵害受容器)として機能している。また、TRPA1のN末端アンキリンリピート部位の酸化感受性が非常に高く、活性酸素種(ROS)に敏感に反応するだけでなく、酸素センサーとしても機能していることが報告されている。TRPA1は発見当初、17℃以下の冷刺激で開口する冷侵害受容器であると報告された(Story et al. Cell, 2003)。しかし、その後、冷刺激に反応しないとの報告もなされ、TRPA1の冷感受性については未だ議論が分かれている。Chenらや富永研究室は、TRPA1の温度感受性には種差があり、マウスTRPA1(mTRPA1)は冷刺激に反応するものの、ヒトTRPA1(hTRPA1)は冷刺激には反応しないことなどを報告しており(Chen et al. Nat Commun, 2013, Saito et al., J Biol Chem, 2012)、ヒトがどのように冷刺激を侵害刺激として受容しているか不明であった。一方、我々は、以前より、白金系抗がん剤のひとつであるオキサリプラチンが、冷たい物に触れたりすると突然痛みにも似たしびれを起こすという変わった副作用(急性末梢神経障害)を示すことに着目し、マウスではTRPA1が関与すること明らかにしてきた(Zhao et al., Mol Pain, 2012)。今回、オキサリプラチンの冷刺激による過敏応答が実際にがん治療中の患者で生じることを手掛かりに、そのメカニズムをさらに詳細に解析した。

研究成果

 まず、hTRPA1を強制発現させたHEK293細胞を用いて、冷刺激による活動変化をパッチクランプ法およびCa2+イメージング法により観察したが、報告通り、hTRPA1は冷刺激に対して全く応答しなかった。一方、我々は以前に、酸素存在下で活性を示すプロリン水酸化酵素(PHD)が、hTRPA1の細胞内領域に存在する394番目のプロリン残基を水酸化することで、通常は抑制状態にあるが、低酸素によりこのPHD活性が阻害されると、hTRPA1のROSに対する感受性が高まることを見出している(Takahashi et al., Nat Chem Biol, 2011: So et al., Sci Rep, 2016)。我々は、オキサリプラチンの化学構造中に、PHDの補因子αケトグルタル酸やPHD阻害作用を有するオキサロ酢酸と類似する部分があることに着目し、まず、PHD阻害薬dimethyloxalylglycine(DMOG)の処置、あるいは394番目のプロリン残基(Pro394)に変異を加えPHDによるプロリン水酸化を阻害したhTRPA1変異体(hTRPA1-P394A)を用いて、冷刺激による活動変化を観察したところ、いずれも冷刺激によりhTRPA1が活性化することを見出した。さらに、この冷刺激によるhTRPA1の活性化には、ミトコンドリアからのROS産生が関与することを見出し、実際、冷刺激に伴いROSのひとつである過酸化水素(H2O2)がミトコンドリアより産生されることを確認した。これらの結果から、hTRPA1は、プロリン水酸化が抑制された状態(低酸素負荷時など)では、冷刺激によるROS産生を介して間接的に活性化しうることが明らかとなった。 次に我々は、オキサリプラチンの副作用である冷過敏応答が、PHD阻害によるものかを検討した。その結果、予想通り、オキサリプラチンはPHDを阻害し、その阻害作用にはオキサリプラチンに特徴的な分解代謝物であるシュウ酸(oxalate)が関与することを明らかにした。また、オキサリプラチンがPHD阻害を介してTRPA1のH2O2感受性を増強することを、マウスTRPA1発現細胞、培養マウス感覚神経細胞を用いて確認し、さらに生体内でも同様の機構が働いていることを、マウスを用いて確認した。

まとめ

今回、オキサリプラチンの代謝物であるシュウ酸がPHD阻害作用を有し、TRPA1のプロリン残基の水酸化を抑制することにより、ROSに対する感受性が高まり、冷刺激時に発生したROSに反応することにより、間接的に冷過敏応答を惹起することを明らかした。この分子機構は、以前に我々が報告した正座後のしびれで認められる低酸素によるTRPA1過敏化と同様であり(So et al., Sci Rep, 2016)、冷え性や手足の血流低下を伴う糖尿病や末梢閉塞動脈疾患などの患者で見られる「手足が冷えて痛い、しびれる」という感覚にも関連しているのではないかと考えている。


Miyake T, Nakamura S, Zhao M, So K, Inoue K, Numata T, Takahashi N, Shirakawa H, Mori Y, Nakagawa T*, Kaneko S.
Cold sensitivity of TRPA1 is unveiled by the prolyl hydroxylation blockade-induced sensitization to ROS.
Nat Commun. 15;7:12840, 2016 Sep.
PMID:27628562

ページトップ

Copyright © 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学) All Rights Reserved.