平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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研究報告

体温調節行動に必要な温度感覚伝達の仕組み 〜温度を「感じない」ラットが快適な温度環境を選ぶ〜

 多くの動物には、体温を調節するために適切な温度環境を探す本能行動(体温調節行動)が備わっています。しかし、体温調節行動を生み出す脳の神経回路の仕組みは長年の謎でした。
 本研究ではラットを使った実験を行って、体温調節行動の発現に必要な環境温度の情報がどのようにして脳の中を伝達されるのかを調べました。まず、教科書にも載っている、皮膚で感知した温度の感覚情報を意識の上で「感じる」ために脳の大脳皮質へ伝達する経路(脊髄視床皮質路)を破壊して観察したところ、驚いたことに、ラットは温度を「感じる」ことができないにもかかわらず、正常に快適な温度環境を選ぶことができました。一方、外側腕傍核と呼ばれる脳領域を通じた温度感覚の神経伝達を遮断すると、快適な温度環境を選ぶことができなくなり、体温を正常の範囲内に維持することもできなくなりました。外側腕傍核を通じた温度感覚の神経伝達は、熱の放散や産生などの自律的な体温調節にも必要であることは、研究グループのこれまでの研究から分かっています。今回の実験結果は、「感じる」ための温度感覚と体温調節のための温度感覚が異なる仕組みで伝達されることを示しています。
 本研究成果は、体温調節行動の基盤となる、温度による快・不快情動を生み出す脳の仕組みの解明に重要な手掛かりになると考えられます。また、本研究で明らかになった神経回路メカニズムは、意識の上で暑さを感じていても、その暑さから身を守るのに必要な体温調節反応や行動が十分に起こらない場合があることを示唆しており、それが熱中症に陥るメカニズムの一つかもしれません。


図:本研究から明らかになった体温調節行動に必要な環境温度情報の伝達神経路
皮膚の温度受容器で感知した環境温度情報は、脊髄へ入力されるが、この情報が外側腕傍核を経た経路を通じて温度情動の生成に関わる脳領域に伝達され、不快情動が生まれると、快適な温度環境を求める体温調節行動が起こると考えられる。それと同時に、脊髄視床皮質路を介した温度感覚情報の伝達によって温度感覚が意識にのぼり、また、外側腕傍核から体温調節中枢への温度感覚情報の伝達は熱産生や熱放散などの自律性体温調節反応を生じさせる。


発表論文

Yahiro T, Kataoka N, Nakamura Y, *Nakamura K.
The lateral parabrachial nucleus, but not the thalamus, mediates thermosensory pathways for behavioural thermoregulation.
Sci. Rep. 7:5031, 2017
doi: 10.1038/s41598-017-05327-8

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