平成27年度~31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 温度を基軸とした生命現象の統合的理解(温度生物学)

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研究報告

過栄養状態では脂肪細胞のPin1が増加し、PRDM16分解を誘導することで熱産生が低下する

【はじめに】
 肥満や過栄養の状態では、脂肪細胞からの熱産生が低下し、基礎代謝が下がることで、一層、肥満が助長されるという悪循環が生じることが知られています。
 広島大学の中津祐介講師、浅野知一郎教授らの研究グループは、東京医科歯科大学の山田哲也教授の研究グループと共同で、肥満や過栄養の状態では脂肪細胞内でプロリン異性化酵素Pin1が増加し、細胞内の転写共役因子PRDM16に結合して分解を誘導することで、熱産生に関与するUCP-1の発現が抑えられることを示しました。これによって、基礎代謝低下により、肥満や脂肪肝の憎悪が助長されることになります。さらに、Pin1遺伝子を欠損するマウスでは、脂肪細胞からの発熱量が高く、高脂肪食を与えても肥満や脂肪肝を発症しないことを示しました。
【研究の背景】
 糖尿病、脂肪肝、虚血性疾患などの疾患の最大の原因は肥満ですが、肥満の成因は、食事で摂取したカロリー量だけではなく、個人個人の基礎代謝の高低も大きく影響しています。基礎代謝には体内からの熱産生が大きく関与しますが、その熱産生を担うUCP-1を有するのは、脂肪細胞の内、褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞です(図1)。肥満者に生じる熱産生や基礎代謝の低下についてのメカニズムは十分には解明されていませんでした。
【研究内容】
 本研究グループは、肥満や過栄養の状態にしたマウスの脂肪組織では、Pin1が著しく増加している一方、Pin1遺伝子を脂肪細胞で特異的に欠損させたマウス(Pin1 KOマウス)は、通常食では体重に差を生じないが、高栄養の食事を与えても肥満や脂肪肝を発症しないことを見出しました。また、Pin1 KOマウスは、4℃の低温下に24時間おいても、体温が低下しにくいことが判明しました。
 さらに、基礎代謝に大きな影響を及ぼしている脂肪細胞からの熱産生とPin1の関係に着目しました。脂肪細胞からの熱産生はUCP-1によって引き起こされ、UCP-1の発現上昇は転写共役因子であるPRMD16が重要な役割を担っております。脂肪細胞でPin1が多くなると、Pin1がPRDM16に結合すること、そしてPRDM16は分解されてしまうことを見出しました。以上により、UCP-1の発現量が減少し、脂肪細胞からの熱産生が抑制されることを証明するに至りました(図2)。
【研究の意義・今後の展望】
 本研究の成果により、過剰なPin1の機能を阻害し、基礎代謝の増加を導くことによって、肥満や糖尿病等の生活習慣病の改善に応用できる可能性が示唆されることになりました。今後は、過剰なPin1を化合物によって阻害する方法で、脂肪肝やNASH(悪性度の高い脂肪肝)、肥満の治療に役立てたいと考えています。


図1 脂肪細胞は大きく白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞に分類される

白色脂肪細胞は中性脂肪を蓄えこむ役割を果たしており、一般的に脂肪と理解されているものです。それに対し、褐色脂肪細胞とベージュ脂肪細胞は、基礎代謝を上昇させて、低温に対する耐性や基礎代謝を上昇させ肥満を抑制する機能を有しています。
 これらの脂肪細胞で熱産生に関わっているのは、ミトコンドリア膜に存在するUCP-1(脱共役タンパク質1)というタンパクです。UCP-1の中をH+イオンが通過することで熱が産生されます。つまり、UCP-1の量が脂肪細胞からの熱産生量を規定しているというわけです。



図2



発表論文
Nakatsu Y, Matsunaga Y, Yamamotoya T, Ueda K, Inoue MK, Mizuno Y, Nakanishi M, Sano T, Yamawaki Y, Kushiyama A, Sakoda H, Fujishiro M, Ryo A, Ono H, Minamino T, Takahashi SI, Ohno H, Yoneda M, Takahashi K, Ishihara H, Katagiri H, Nishimura F, Kanematsu T, Yamada T, *Asano T.  *責任著者
Prolyl isomerase Pin1 suppresses thermogenic programs in adipocytes by promoting degradation of transcriptional co-activator PRDM16
Cell Rep. 2019 Mar 19;26(12):3221-3230.e3. doi: 10.1016/j.celrep.2019.02.066.

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