課題D

具体的なミッション

(平成26年3月に終了いたしました)

  近年、大きな社会問題として顕在化している社会集団における個体間の関係性の障害に関しては、 健常者における「希薄な人間関係」から、より重篤な精神・神経疾患、発達障害、さらには 複雑な社会環境が引き起こす適応障害に至る広汎なスペクトルが存在します。

  このような人間と社会にかかわる問題に対しては、従来、主に人文・社会科学的なアプローチが用いられてきましたが、 その範疇において捉えられない側面が急速に拡大しており、より広い視点からの研究が急務となってきています。

  一方で、これまでの実験脳科学における研究の蓄積により、大脳新皮質、海馬、扁桃体、大脳基底核等の高次機能を 司る脳領域の作動原理と領域特異性についての解明が進み、社会的環境と脳の機能発達との相互作用を 解析するための科学的方法論が進展しつつあります。

  こうした背景を踏まえ、従来の人文・社会科学的アプローチと相補的な、新たな実験脳科学を基礎としたアプローチを導入し、 ヒト及び動物の社会性を生む基盤となる高次脳機能やそれを支える神経回路、そしてそれらに基づき 社会性障害の病態生理を明らかにすることが期待されています。

  このため、中核となる代表機関と参画機関で構成された研究開発拠点を形成し、健常者から精神疾患や発達障害に至る 広範な社会性障害の理解・予防・治療や社会性の健全な発達促進に応用することを最終目標とし、以下に示す想定される 研究開発課題を総合的に組み合わせて、社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発を推進します。


Ⅰ 分子・細胞・神経回路・システムといった脳基盤の各階層に対応した、社会的行動や社会性に関連する生物学的指標(ソーシャル・ブレイン・マーカー)※の開発
・ 社会的行動異常モデル動物の開発
・ 関連分子が発現する細胞と時期を操る技術の開発
・ モデル動物の行動のコンピューターによる解析や脳活動の記録等による機能解析
※ 脳の生物学的指標(ソーシャル・ブレイン・マーカー)の具体例としては、遺伝子多型、環境に依存した遺伝子発現、非侵襲的脳機能データ(MRI、SPECT、 fMRI、PET、NIRS、脳波、誘発脳波、眼電図、自律神経機能等)、行動学的指標、縦断的データベース(超長期にわたる活動記録)、性差に関する因子、 エンドフェノタイプ(睡眠覚醒リズム、血液細胞のカルシウム動態および関連分子の変化、薬物反応性等)等が挙げられる。

Ⅱ 脳の発達・機能に影響を与える環境因子及び逆に社会的行動・社会性に影響を与える脳の発達・機能変化に関連した分子・神経回路についての研究
・ 脳の機能発達に関連した因子(特に生物学的基盤としての分子・神経回路)と環境との相互作用のモデル動物を用いた研究
・ 特定脳部位への活性物質投与や遺伝子導入等による神経回路機能改善方策の基盤技術開発
・ 特定の神経細胞群の活性化・不活性化により行動異常を緩和・抑制・治療するための基盤技術の開発

Ⅲ 脳の生物学的指標に基づく社会性障害(適応障害、行動異常等)の理解・予防・治療に向けた先導的研究
・ 実験動物での神経活動計測及びヒトの脳形態・脳機能イメージングによる社会性に関連した脳部位・神経活動の研究
・ 社会性障害に伴う脳の変化と相関する遺伝子多型(遺伝子の塩基配列のわずかな違い等)を同定する研究
・ 社会性発達・社会性障害に関するコホート研究に向けた技術基盤の構築

  なお、本課題については、社会への影響が大きいことも予想されることから、倫理的側面など社会との調和に配慮しつつ研究を 推進していくこととします。

  また、ヒトを対象とする研究については、世界医師会「ヘルシンキ宣言」(ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則)や関係法令・指針等に加え、 機関内規定や学会の指針等を遵守して行うとともに、動物を対象とする研究については、動物愛護の精神に則り、関係法令・指針等や機関内規定等を遵守して行うこととします。

  さらに、研究開発拠点の代表機関においては、研究成果を積極的に社会に発信する活動を実施することとします。

代表機関

東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 神経生理学分野 教授
狩野 方伸 ( 拠点長 )

「社会的脳機能の発達と社会的行動異常の神経回路基盤の研究」

  課題D「社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発」では、脳機能分子、神経回路、脳システムに関連する多次元の生物学的指標の候補を開発することで、社会性・社会的行動の基盤となる脳機能を理解し、その機能を計測・評価し、さらにはその障害や異常の克服の支援に貢献することを目指しています。現代社会において、社会的行動の障害が大きな問題となっており、適切な支援策を講じることが喫緊の課題となっています。本研究課題では、社会性障害モデル動物、社会性の分子マーカー、社会性関連脳領域及び神経回路機能の計測技術、臨界期の評価技術、などの技術開発を行い、1.社会性を制御する分子と社会性・社会的行動の機能発達に関する研究、2.社会性を制御する報酬・情動系に関する研究、3.社会性障害の理解・予防・治療に向けた先導的研究、を推進いたします。

  研究項目1では、社会性・社会的行動の要素的側面の分子的基盤を研究することによりその生物学的指標の候補を同定し、さらには発達過程においてそれらを制御する方策について研究開発を行います。研究項目2では、情動とその記憶、嗜癖、及び報酬・意思決定にかかわる神経回路とその分子基盤を明らかにし、新たな生物学的指標の候補を開発します。研究項目3では、統合失調症や広汎性発達障害の脳画像解析、遺伝子解析及びモデル動物を用いた研究を推進して、社会的行動障害の克服への道筋を明示することを目指します。これらについて、東京大学を代表機関とし、自然科学研究機構、理化学研究所、大阪大学、東京医科歯科大学、京都府立医科大学、横浜市立大学、大阪バイオサイエンス研究所が密接に連携し、社会的行動の先端的研究開発拠点を形成します。

参画機関

大阪大学社会経済研究所 行動経済学研究センター センター長・教授
大竹 文雄

「神経経済学に基づく社会的行動と異時点間の意志決定の計測手法の開発」

  本研究の目的は、「将来のことを考える力」(異時点間の意思決定力)に関わる脳の機能を計測する手法を、神経経済学に基づいて開発することです。具体的には、様々な被験者グループに対して、異時点間の意思決定力を計測する実験パラダイムを開発することです。また、開発した実験パラダイムを用いて、特定の脳部位の活動量や活動パターン及び神経経済学モデルから求めた被験者の行動パラメータ等のブレインマーカーと社会性の関係を明らかにします。

大阪バイオサイエンス研究所 神経機能学部門 室長
小早川 令子

「哺乳類の社会コミュニケーション反応を計測・制御する新技術の開発」

  嗅覚に基づくマウスの社会的情動行動を、本能により制御される側面と生後の個体間コミュニケーションにより制御される側面とに分解し、それぞれの神経回路基盤と関連分子を明らかにすることで、ソーシャルブレインマーカー候補を同定します。その上で、これらのマーカーのヒトとマウスの間にある共通性を解明し、ヒトの社会的情動を定量するソーシャルブレインマーカー候補を開発します。

自然科学研究機構 生理学研究所 教授
定藤 規弘

「社会能力の神経基盤と発達過程の解明とその評価・計測技術の開発」

  実際のヒト社会行動における社会能力計測技術として、集団の脳機能・視線・行動計測法を開発します。具体的には、社会能力の要素過程の神経基盤を、正常成人に対してヒトの脳機能イメージングを適用して解析しつつ、 2台のMRI装置を用いた脳機能同時計測手法を開発して、2個体間の相互作用を研究します。これらを元に、3次元動作解析装置と眼球運動計測装置を組み合わせた集団の視線・行動計測法の開発を進めます。

玉川大学 脳科学研究所 研究所長・教授
木村 實

「霊長類モデルによる意思決定と行動発現を支える神経回路基盤と制御」

  報酬・懲罰や動機づけに基づく意志決定や行動発現に関わる大脳基底核系の神経回路基盤を解明します。また、皮質線条体系、黒質線条体ドーパミン系、視床線条体系および扁桃体系に焦点を当て、神経回路の活動に基づくソーシャルブレインマーカー候補の開発を目指します。そのために、日本ザルを対象に、行動課題遂行中の動物の脳の神経細胞の放電の記録・解析、シナプス伝達の刺激と遮断によって脳の神経情報処理基盤を解析します。更に、ヒトのMRI機能イメージングにより社会的意志決定に関わる大脳基底核と扁桃体系の責任部位を同定すると共に、計算理論モデルを構築することによって、脳基盤の包括的理解と計測技術の開発を目指します。

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野 教授
西川 徹

「統合失調症の分子異常に対する発達神経科学的解析法の構築と評価技術の開発」

  統合失調症と、そのモデルである特定の薬物による精神症状や動物の行動異常は、一定の発達段階(ヒトでは思春期)以降に出現するため、この時期を、本症で特異的に障害される神経回路および動物の相同回路が機能的に成熟する臨界期と捉えることができます。本研究では、この臨界期前後で基礎的発現や統合失調症様症状発現薬への応答が変化する遺伝子を同定することにより、本疾患の分子機構の理解と分子マーカー開発を目指します。

横浜市立大学大学院医学研究科 生理学 教授
高橋 琢哉

「発育期社会的隔離ストレスに関連した機能分子スクリーニング系の開発」

  幼児虐待は深刻な社会問題となっています。養育放棄(ネグレクト)は全幼児虐待の約40%を占めます。我々は、幼児虐待の動物モデルであるラットの社会的隔離によって、大脳皮質のシナプス可塑性の基盤であるAMPAグルタミン酸受容体の移行に異常が生じる現象の分子機構を追求し、社会的隔離による発達障害のソーシャルブレインマーカー候補を開発し、さらにはこの実験系に基づく精神障害治療薬のスクリーニング系を開発することを目標とします。

理化学研究所 脳科学総合研究センター 
分子精神科学研究チーム チームリーダー

吉川 武男

「統合失調症および自閉症の大規模遺伝子解析」

  本研究では、統合失調症および自閉症スペクトラムサンプルの収集を進めると共に、統合失調症の包括的な危険因子を同定すべく、サンプルサイズおよび解析遺伝子多型数の両面において大規模遺伝子解析を行います。これら研究と並行して、東京大学で行われる上記両疾患の脳画像解析と遺伝子解析データの統合支援、及び東京医科歯科大学で行われる発達の臨界期を考慮した統合失調症モデル動物で得られた疾患関連遺伝子のヒトサンプルでの確認研究を推進します。
↑このページのトップへ

CopyRight © SRPBS All Rights Reserved.