イベント情報

包括脳・脳プロ合同企画
「神経科学研究の未来-基礎研究と臨床研究をどのように連携して進めるか?」


日 時 : 2012年7月26日(木) 15:00-18:00
会 場 : 仙台国際センター 「橘」

主 催 : 包括型脳科学研究推進支援ネットワーク (文部科学省科学研究費補助金)
共 催 : 脳科学研究戦略推進プログラム


プログラム付き抄録集はこちら


◆開催趣旨
    ヒトの脳を理解し、その成果を医療・福祉の向上につなげるには、脳の基礎研究と臨床研究の双方向の連携を加速することが、ますます求められてきています。基礎研究と臨床研究がお互い何を必要とし、何を提供できるのか、また、相互の連携を更に強化して将来の脳科学を展開していくために何が必要なのかを、脳科学コミュニティ全体の課題として実質的な議論を行うべく、本企画を開催いたしました。
  
    課題対応型のプロジェクト研究として現在実施されている、脳科学研究戦略推進プログラムにおける研究成果や実施例の紹介を踏まえて、このような研究の展開の方向性について、また、他の多様な研究支援の枠組みとの有機的な連携の在り方について、シンポジストやフロアからの意見を元に議論を行いました。




◆開会のご挨拶・趣旨説明(15:00-15:10)
    文部科学省研究振興局 板倉康洋ライフサイエンス課長より開会のご挨拶を申し上げ、引き続き、脳科学研究戦略推進プログラムの津本忠治プログラムディレクターよりご挨拶と今回のワークショップの趣旨についてご説明をさせていただきました。

板倉康洋ライフサイエンス課長
 津本忠治プログラムディレクター



◆講演
<司会>
 
 津本 忠治 (脳科学研究戦略推進プログラム・プログラムディレクター)
 木村 實 (包括型脳科学研究推進支援ネットワーク代表)


脳プロの成果と今後の展開について』 (15:10-15:50) 



 
  「社会性障害のバイオマーカー候補探索:
    基礎と臨床の橋渡しを目指す脳研究の現状と今後の展開」


  狩 野 方 伸
  (東京大学大学院医学系研究科 神経生理学 教授)

    自閉症や統合失調症に、生後発達の特定の時期における神経回路の微調整の乱れが関係するという、神経発達仮説が有力視されており、多くの関連候補遺伝子が報告され、その動物モデルを用いた研究がさかんに行われている。一方、これらの精神疾患の診断は主として臨床症状によって行われており、計測や数値化が可能な客観的な指標は未だ乏しく、医師の経験に依存する部分が大きいのが現状である。このような状況の下、3年前に、「社会的行動の基盤となる脳機能の計測・支援のための先端的研究開発」という題目で脳プロ課題Dが発足した。この研究は、社会性の障害を、自閉症や統合失調症などの精神疾患から一般人の社会適応の困難までを包含したスペクトラムととらえ、その基盤となる神経発達や脳機能発現の障害を同定することが重要であるとの共通認識のもとで、分子・神経回路・システムレベルの基礎神経科学の研究者と、精神疾患の臨床研究者が密接に連携して、脳機能の計測と支援の方策を研究・開発しようというものである。

    私どもは、社会性障害の客観的な評価指標を「ソーシャルブレインマーカー」と呼ぶこととし、分子、神経回路、脳画像、行動といった、様々な階層において、ソーシャルブレインマーカーの候補を探索し、将来、社会性障害の診断、治療選択、薬物反応性、予後などの判定に役立てることを目指している。本企画のテーマである「基礎と臨床の有機的な連携」の具体的な実践例として、私どもの研究について紹介させていただいた。更に、これまでの研究で同定された多様なマーカー候補について、実践的な応用に向けて、複数の観点から分類・評価を行う必要がある。疾患モデルの有用性を複数のマーカー候補により検証し、ヒト疾患の病態との関係性をより明確にするための戦略、また新しい作用機序を持つ薬品の開発に向けた、マーカー候補を指標とした創薬の可能性についても議論した。






 
  「社会性障害のバイオマーカー候補同定から精神疾患・発達障害の
    臨床研究への展開」


   笠 井 清 登
  (東京大学大学院医学系研究科 精神医学 教授)


    統合失調症や自閉症スペクトラム障害(ASD)などの精神疾患・発達障害は、遺伝的素因の関与が明らかではあるものの、ライフステージ上のさまざまな時期の非遺伝的要因が複雑に絡み合って発症や症状の多様性に寄与しているため、病態解明や診断・治療法の開発において、他の医学疾患に倣ったストラテジーだけでは本質的に限界が生じる。本発表では、従来型の精神疾患研究を超えて、神経科学者と精神医学者の連携により、1)精神疾患のバイオマーカー候補を同定し、2)診断や治療法の開発に結び付けるためのストラテジーを提案した。

    1)については、精神疾患患者の大サンプルを対象としたゲノムワイド関連解析でリストされる遺伝子多型のオッズ比が非常に小さいことから、効果の高い稀な遺伝子変異の同定という新たなストラテジーが必要である。そのためには、複数世代にわたって精神疾患が多発する家系の同定と全ゲノム解析、一卵性双生児不一致例の網羅的解析が有効である。さらに、見出された遺伝子変異の機能スクリーニングにおいて、神経科学者との連携が重要となる。また、思春期に好発し、発症後初期に限局した進行性脳病態が見られる統合失調症においては、臨床病期に即したバイオマーカーの同定が、早期発見・早期治療の重要な分子標的となりうる。

    2)については、神経画像研究を従来型の病態研究から次世代の実用化研究(ひとりひとりの患者の診断への応用)に移行させるには、複数サンプルによるバリデーション、大規模データベースにもとづく個人データの定量化アルゴリズムの開発といった、厳密なプロセスが必要である。また、新規薬剤の臨床試験のエンドポイントとして、精神症状の改善のみならず、神経画像マーカーの改善を評価することが重要となる。

    こうしたBench-Bedsideの双方向的トランスレーションを進め、治療薬開発へのproof of conceptを得るには、遺伝子改変動物の脳病態が、ヒト疾患の発達過程や臨床病期に伴う神経画像所見と対応するか、また、候補治療薬による神経レベルでの改善所見が、動物とヒトで対応しているか、を丹念につきあわせる基盤技術が必要である。すなわち、ヒトと動物で共通に計測できる、MRIなどの「トランスレータブル脳指標」の開発と標準化が急務である。





『精神・神経疾患への治療戦略』(15:50-16:30)




  「BMIとニューロフィードバックに基づく新しい治療法の可能性」


  川 人 光 男
  (国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)

    BMI(ブレインマシンインタフェース)の分野では、基礎研究と臨床研究の連携に関する新しい研究開発モデルが産まれている。1960年代、80年代、90年代の、Fetz, Georgopolous, Bialekらによる、それぞれ神経発火活動のオペラント条件付け、第一次運動野での運動方向のポピュレーション符号化、無脊椎動物の感覚一次ニューロン発火活動からの外界の事象の時空間デコーディングが、現在のBMI技術の基礎である。ここでは、基礎研究から臨床研究に基本的な概念、事実、方法論が提供されており、また動物実験が必須となっている。

    一方で、脳科学研究戦略推進プログラムのBMI研究では、基礎から臨床に一方向で情報を提供するという古典的なパラダイムよりは、臨床で見いだされた新事実を理解するために基礎研究が進展したり(後述のデコーディッドニューロフィードバック)、臨床応用のために開発した革新技術が基礎神経科学の新しく強力な道具になる(皮質脳波の体内完全埋め込みシステム)など、双方向の情報の流れと、基礎と臨床の新しい互恵関係が明らかになってきた。

    リアルタイムfMRI を利用したニューロフィードバック訓練法は、BMI技術を利用した、全く新しい治療法になる可能性がある。fMRIニューロフィードバック訓練については、レスト状態の結合解析をもとに、ネットワーク間の機能的結合を2 ヶ月にわたって変更した(福田めぐみ、川人光男、今水寛, 2010)。これは、脳活動の時空間パターンの制御と言える。また脳情報デコーディング技術とニューロフィードバック訓練を組み合わせたデコーディッドニューロフィードバック法(DecNef) と呼ばれる新手法で、特定の脳領野内のボクセル活動パターンを制御できる(柴田和久、渡邊武郎、佐々木由香、川人光男, 2011)。今後は、以上の結合ニューロフィードバック法やDecNef を用いて、精神・神経疾患の新しい治療法を提供できるかもしれない。






  「神経疾患のdisease modifying therapyへの展開」


   祖 父 江 元
 
(名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科 教授)

    神経変性疾患は、特定のニューロンの選択的脱落を特徴とし、進行性に認知・運動機能障害を呈する疾患の一群であるが有効な治療法は未だ確立できていない。神経変性疾患の近年の分子病態の解明とともにdisease-modifying therapy(分子標的治療、根本治療)の開発への展望が広がっている。このdisease-modifying therapy開発を進める上で、分子標的のシーズ開発、動物モデルを用いた治療研究から臨床応用へと展開するトランスレーショナルリサーチが重要な意義を持つ。

    トランスレーショナルリサーチを推進するには、基礎・臨床研究の共同作業が必要である。とくに臨床試験では基礎研究にはない規制が要求される(たとえば法的規制 (GCP)の順守、薬効動態の明確化、公的な監査など)。さらに、より力価の高いシーズ開発、バイオマーカーの開発、自然歴・評価指標の開発など、基礎・臨床研究の連携の上で初めて進められる部分が多い。

    病態分子の発見から治療法開発という「基礎研究から臨床研究」への流れが基礎・臨床研究の連携の根幹をなすものである一方で、「臨床研究から基礎研究」という逆方向の流れも必須である。具体的には臨床研究により明らかにされた疾患の自然歴やバイオマーカーを動物モデルに還元することで、より疾患に近いモデルを作成し創薬の確実性を増すことが期待される。

    本講演では我々が開発を進めているdisease-modifying therapyの例を紹介した。CAGリピート病(ポリグルタミン病)のひとつである球脊髄性筋萎縮症について、原因蛋白質である変異アンドロゲン受容体がテストステロン依存性に蓄積することをマウスモデルの開発とその解析により見出した。この知見に基づいて、医師主導型の治療法開発を進めている。またFTLD(前頭側頭葉萎縮型認知症)について、モデル動物開発と治療法のシーズとなるターゲット分子の探索を行なっている。同時にFTLD患者の自然歴の解明とバイオマーカー探索を行なっている。これらの例を示しながら、基礎研究と臨床研究の双方向の連携の必要性について議論した。





『精神・神経疾患における基礎研究と臨床研究の融合』(16:40-17:00)




  「精神・神経疾患における基礎研究と臨床研究の融合」


  加 藤 忠 史
  (理化学研究所 脳科学総合研究センター)

    精神・神経疾患は、社会的負担において、がん、心血管疾患を上回っているが、未だ診断法、治療法、予防法は十分でなく、原因解明が待たれている。これらの疾患の原因解明が遅れている背景には、脳の理解が十分ではないという面もあり、動物実験等による精神神経疾患の基礎研究、ヒトを対象とした臨床研究が、神経科学の基礎研究と連携して進めていく必要のある分野であると言える。

    しかしながら、神経疾患と精神疾患では、研究のステージが大きく異なっており、神経病理学的所見が明らかで、まれな家系における原因遺伝子を標的とした動物実験による治療法開発研究が進められている神経疾患と、神経病理学的所見が全く不明のままであり、原因遺伝子も確立しているとは言えない精神疾患では、望ましい基礎・臨床連携のあり方も異なってくると考えられる。

    神経疾患においては、動物モデルを用いた創薬標的の同定から、脳画像診断法による診断に基づいた臨床試験への流れが比較的よく確立している一方、精神疾患の場合には、臨床で得られた知見を元に探索的な基礎研究を進め、その結果を再び臨床で確認し、という試行錯誤的な連携が必要な段階にある。また、精神疾患の場合は、言語を介して診断が行われる疾患をどのようにして動物で再現することができるのかという困難もあり、これが基礎と臨床の連携において、困難となっている面がある。

    基礎研究と臨床研究では、発想、手法、哲学などにさまざまな違いがあるため、連携を進めるに際しては両者の相互理解促進も重要と思われるが、最近では、iPS細胞の活用、深部電気刺激やニューロフィードバックなどの新たな治療法の登場によって、基礎研究と臨床研究の融合への方向も見えつつある。




◆総合討論(17:05-17:55)
<ファシリテーター>

<指 定 討 論 者>


岡部 繁男 (包括型脳科学研究推進支援ネットワーク)
吉田 明 (脳科学研究戦略推進プログラム・プログラムオフィサー)
梶井 靖 (アボットジャパン株式会社医学統括本部サイエンスプロジェクト統括部)
杉本 八郎 (株式会社ファルマエイト)
内匠 透 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院)


    この総合討論では基礎-臨床研究の連携に必要な日本における研究システムやリソース基盤の構築、人材育成プログラムや科学研究全体に関する問題まで多岐にわたる議論がなされました。






◆閉会の辞(17:55-18:00)
    包括型脳科学研究推進支援ネットワークの木村實代表より閉会の辞を申し上げ、本ワークショップを終了させていただきました。




    本イベントは包括脳ネットワークとの共催企画として開催いたしました。各講演者からは基礎研究あるいは臨床研究の現状をふまえた上で今後のさらなる連携を促進し、また、それら研究から創薬研究へと発展するための具体的な提言を行っていただきました。
 

    220名以上もの多くの方にご参加いただきまして、誠にありがとうございました。

(丸山)


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