課題G

  脳は、分子・細胞・神経回路・脳・個体にいたる階層性を持ち、遺伝的要因に加えて、環境要因や個体の行動により常に変化する大規模複雑システムです。これまでの脳科学研究においては、特定の階層に限定して単純化されたモデルを想定し、実験により検証するという方法が主流でした。しかし、今後の脳科学研究の発展には、脳機能システムを網羅的・系統的に計測できる技術基盤を構築することにより脳という階層的大規模複雑システムをありのままに計測し、得られた大規模情報を集約化・体系化した情報基盤を構築し、シミュレーションにより脳機能を解明することを目指すことが必要であると考えます。
 
  「社会に貢献する脳科学」の実現のため、解明すべき特定の脳機能に着目し、その鍵となる脳システムについて、最新の計測技術を用いて網羅的シナプスの計測、網羅的神経回路の計測、網羅的神経活動計測等を行うことにより、脳システム全体の変化をシナプスレベルから行動、記憶、経験、発達あるいは疾患に至る全体像として捉えることが重要です。また、脳機能の原理探索にあたり、膨大な蓄積データの活用を効率的に行うための方法論を開発することにより、特定の動物に絞った系統的なデータ収集と組み合わせることで、従来の仮説検証型のアプローチとは異なった新しい脳研究の方向性を生み出すことができると考えられます。
 
  そのため、我が国の脳科学研究を支え、研究者が必要とする情報を提供するため、網羅的・系統的計測により収集したデータから脳機能の解明に必要な情報について最適な手法を用いて抽出し、多種類・多階層情報を集約化・体系化した情報基盤の構築を目指した研究を実施します。
 
・様々な動物種の様々な脳機能のうち、動物種を超えても共有されている機能(視覚、嗅覚、動機づけ等)に着目し、その脳機能をシステム・神経回路・細胞・シナプス・分子に至るまでの階層を繋いだ全体システムとして捉えることにより、その脳機能の解明を目指すため、必要な動物種の必要な階層データを統合する。
 
・解明すべき特定の脳機能に着目し、脳全体の活動をシナプスレベルから行動、記憶、経験、発達あるいは疾患に至る全体像として捉えるため、脳機能の解明を目指す研究者のニーズも把握した上で、収集すべきデータ及び収集に必要な最適な手法を検討する。
 
・多くの研究者が利用可能な標準化されたデータを集約化するため、既存データでは不足している部分については、最新の計測技術を用いて網羅的シナプスの計測、網羅的神経回路の計測、網羅的神経活動計測等を実施し、必要なデータを最適な手法を用いて抽出する。
 
・集約化したデータを用いて特定の脳機能を解明するため、シミュレーションにより解析できる手法の開発を目指した研究を実施する。

具体的なミッション

「神経回路機能解析」グループ(平成26年度より、「モデル生物」グループより改称)
  快・不快情動の制御機構を扁桃体・側坐核を中心に解析するために、マウスを用いて、情動の情報が割り付けられる細胞の同定を行い、情動制御に関わる細胞内シグナル伝達経路(特にモノアミン系)と局所回路の動作特性を統合的に理解することを目指します。さらに、情動的価値判断に基づく行動の神経回路が保存されているという最近の知見に基づき、神経回路網の構造が、ほ乳類の脳と比べて格段に単純で、遺伝学的操作や神経活動の可視化や操作が容易な、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫といった遺伝学的モデル実験動物を用いて、モノアミン系が関与する目的達成行動プログラムを制御する神経回路の情報基盤を収集し、それらの作動原理の解明を目指します。
 
「プロテオミクス」グループ
  プロテオミクスグループは、快感や恐怖を生じる際の側坐核や扁桃体で起こるリン酸化反応を網羅的に解析し、情動制御機能に関わるシグナル伝達経路を特定します。同定された重要な機能分子の遺伝子改変マウスを作製し、他のグループとも共同して、これらのシグナル伝達経路の神経細胞機能や神経回路動作、回路再編における役割を明らかにします。また、他のグループが解析しているモデル生物について、機能分子を中心としたリン酸化プロテオミクスやインタラクトーム解析を共同で行い、結果をフィードバックします。以上の情報を統合し、中核グループとして情動反応に関わる神経情報基盤を構築することを目指します。
 
「コンピュテーション」グループ
  不快、恐怖などの情動を司る大脳基底核や扁桃体は、動物の環境適応にとって最も重要なシステムです。情動はドーパミンやセロトニン、アドレナリンなどのモノアミン系神経修飾物質によって駆動されていることが知られていますが、どのように情動が制御されているかは未だ謎のままです。そこで、我々コンピュテーショングループでは、情動によって駆動される動物行動学習に対する、分子・細胞・回路を繋いだ多階層神経機構を、計算論的に明らかにすることを目指しています。加えて、実験系研究に貢献できるようなデータベースの設計およびそれと連動する解析・シミュレーションツールの開発を行います。 

研究体制

代表機関

名古屋大学大学院医学系研究科 神経情報薬理学講座 教授
貝淵 弘三 (拠点長)

「情動の制御機構を解明するための神経情報基盤の構築」
 
  快・不快、恐怖などの情動はモノアミン系神経により制御されていることが知られており、モノアミン系神経による報酬系は線虫からヒトまで幅広く保存されています。モノアミンやグルタミン酸の細胞内シグナルの一部が明らかになりつつありますが、情動に関連する細胞内シグナルについては不明な点が多く残っています。本研究課題では、情動の制御機構を理解するための情報基盤を構築することを目的とし、関連する神経回路の動作原理や再編を制御するメカニズムの一端を明らかにすることを目標としています。そのため、神経回路機能解析、プロテオミクス、コンピュテーションの3つのグループが連携し、データ駆動型の研究を遂行します。神経回路機能解析グループは、線虫から哺乳類までの各モデル生物における情動・意思決定の回路の特徴を抽出し、シナプスレベルでの情報の統合が、どのように行われているかを明らかにします。プロテオミクスグループは、快感や恐怖を生じる際、マウスの側坐核や扁桃体などの特定の神経核で起こるリン酸化反応を網羅的に解析し、情動制御に関わるシグナル伝達経路を特定します。これらのシグナル伝達経路の神経細胞機能や神経回路の動作・再編における役割を明らかにします。コンピュテーショングループは他のグループと共同して、リン酸化プロテオミクスやコネクトームのデータベースを構築します。さらに、得られたシグナル伝達系を既知のものと統合し、報酬予測、恐怖条件付けなど情動制御に関わる細胞機能を予測しうるモデルを作成します。多階層・多種類のデータを抽出して得られたデータベースは脳科学コミュニティに幅広く貢献するものと考えています。

「神経回路機能解析」グループ

京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット 研究協力員
松尾 直毅

「情動系神経情報基盤構築のための実験動物の開発」
 
  私たちヒトを含む動物の情動に関与する脳の領域が明らかになりつつありますが、実際にそこで起きている現象は未だ十分に理解されていません。そこで、実際に任意の情動行動時に活動した細胞集団を生きた動物内で標識・操作することが可能な遺伝子改変マウスの開発を行い、情動に関わる細胞におけるシグナル伝達機構、生理的特性、シナプスの変化、動作特性の理解を目指します。

名古屋大学大学院医学系研究科 医療薬学・医学部附属病院薬剤部 准教授
永井 拓

「情動制御機能に関わるシグナル伝達経路の時空間的解析」
 
  本研究課題では情動制御に関与すると考えられるリン酸化蛋白質のリン酸化レベルを時空間的に解析することにより、線条体や扁桃体などの細胞内シグナル伝達経路の特性を明らかにします。また、プロテオミクスグループと共同して機能分子を同定し、遺伝子改変マウスを用いてドパミンなどのモノアミン系シグナルの解析と行動解析を行います。これら得られた結果を統合し、情動制御に関与するシグナル経路の機能的なデータベースの構築をコンピュテーショングループと共に目指します。

東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 構造生理学部門 教授
河西 春郎

「側坐核スパイン形態可塑性の2光子解析」
 
  側坐核は快情動の中枢と言われ、中毒性薬物の作用部位ともなっています。側坐核の主細胞(中型有棘細胞)はその名の通り樹状突起スパインが発達し、このスパインは皮質・視床などからグルタミン酸作動性の入力を受けます。また、側坐核は腹側被蓋野からは強力なドーパミン作動性入力を受けています。そこで、本研究では中型有棘細胞のスパイン形態可塑性に対するドーパミン作動性入力の作用を明らかにすることを目的とします。

理化学研究所脳科学総合研究センター 副センター長、発生遺伝子制御研究チーム シニア・チームリーダー
岡本 仁 (グループリーダー)

「モデル実験動物の情動制御に関する神経情報基盤の構築」
 
  岡本は、ゼブラフィッシュで、基底核神経細胞と、それに入力する外套部神経細胞群やモノアミン神経細胞群を、個別に操作するための系統を作成し、基底核を中心とした神経回路網の機能解析のための情報基盤を構築します。この系統群を用いて、情動学習行動における神経回路の動態を、細胞とシナプスのレベルで、生きた魚の脳で観察できるシステムを構築します。特に、恐怖行動学習におけるセロトニンの役割に着目し、セロトニン神経細胞の活動と、終脳神経回路の改編との関わりを明らかにします。

東京大学 分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野 准教授
伊藤 啓

「ショウジョウバエ成虫脳のモノアミン系解析」

  ショウジョウバエは、脳細胞の数は哺乳類よりはるかに少ないにもかかわらず、翅や脚の複雑な制御や摂食・求愛・闘争等の情動行動など哺乳類に類似した行動レパートリーを持ち、3種のモノアミン系神経がその制御の中核に位置しています。私たちは、高度に発達した分子遺伝学的手法を用いてショウジョウバエ成虫脳のモノアミン系神経回路を単一細胞レベルで解析し、これらの神経がどのような入力を受け、どのように他の神経を制御するのかを明らかにします。

東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 脳機能学分野 教授
榎本 和生

「情動回路の機能修飾を担う分子細胞基盤の解明」
 
  ヒトを含む多くの動物種では、異なる発生ステージや栄養状態などにおいて、同じ外部情報に対するレスポンスが大きく変動します。このような情動行動の変化を生み出す構造基盤としては、情動・意思決定回路の局所的リモデリングや、モノアミンニューロンによる回路修飾などが想定されていますが、実際の分子細胞メカニズムはほとんど明らかになっていません。本研究では、ショウジョウバエ脳神経系をモデルとして、情動反応の変化を生み出す神経基盤を分子・細胞・回路の各階層において明らかにすることを目指します。

名古屋大学大学院理学研究科 生命理学専攻 生体構築論講座 分子神経生物学グループ 教授
森 郁恵

「線虫温度走性の温度記憶、意思決定、モノアミン制御機構」
 
  プロテオミクスグループと協力してリン酸化プロテオミクス解析を行うことで、大脳皮質に対応する温度感知・記憶細胞と、側坐核に対応する介在細胞で機能するリン酸化酵素の下流シグナルを特定します。他の神経回路機能解析グループと共同で、報酬系や意思決定に関わる分子を解析し、シグナル伝達経路を明らかにします。単一神経細胞レベルで得られた実験データを、コンピュテーショングループが開発するモデル化法と組み合わせ、細胞内シグナルと少数細胞からなる回路が駆動する温度走性の理論構築を目指します。 

「プロテオミクス」グループ

名古屋大学大学院医学系研究科 神経情報薬理学講座 教授
貝淵 弘三 (グループリーダー)

「プロテオミクスによる情動制御分子の探索」
 
  本研究では、快感や恐怖を生じる際の側坐核や扁桃体で起こるリン酸化反応を網羅的に解析し、情動制御機能に関わるシグナル伝達経路を特定します。同定された重要な機能分子の遺伝子改変マウスを作製し、他のグループとも共同して、これらのシグナル伝達経路の神経細胞機能や神経回路動作、回路再編における役割を明らかにします。また、他のグループが解析しているモデル生物について、機能分子を中心としたリン酸化プロテオミクスやインタラクトーム解析を共同で行い、結果をフィードバックします。

「コンピュテーション」グループ

京都大学大学院情報学研究科 システム科学専攻 システム情報論講座 論理生命学分野 教授
石井 信 (グループリーダー)

「情動系神経情報基盤構築のための計算論的手法および実験動物の開発」
 
  情動によって修飾される扁桃体の神経機構は良く分かっておりません。そこでモノアミン系の入力が学習の座であるシナプスにどのような影響を及ぼすのかを、吉本(沖縄科技大)との連携しながらシミュレーションにより検討し、扁桃体回路の学習理論の確立を目指しています。また、顕微鏡画像の超解像および神経活動データからの神経ネットワーク同定の技術を開発します。これらの技術およびシミュレーションを駆使することで、動物のモノアミン系に誘導される学習行動における分子・細胞・回路を繋いだ計算システム的理解を目指します。 

沖縄科学技術大学院大学 神経計算ユニット グループリーダー
吉本 潤一郎

「情動系神経基盤に関するインフォマティクス研究」
 
  本研究では、京都大学・石井信教授と連携しながら、情動学習における大脳基底核・扁桃体系の計算論的役割を分子・細胞・回路を繋ぐ多階層シミュレーションを通して明らかにすることを目指します。その中でも、我々はドーパミンシグナルがもたらす大脳基底核系の可塑的変化を再現できる細胞内シグナル伝達や神経回路のモデルを構築する部分を主に担当いたします。また、本課題全体で得られた成果を有機的に統合する情動系データベースの基盤システム部分の構築と運用を実施します。

理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経情報基盤センター 客員主管研究員
臼井 支朗

「情動系神経基盤データベースの構築」
 
  本研究では、沖縄科学技術大学院大学・吉本潤一郎博士と連携しながら、情動系データベースの基盤システム構築、および、ユーザの利便性を向上するためのインターフェース、横断検索を中心とした外部データベースとの連携機能など情動系データベースの運用とユーザの利用に適したインフォマティクスツールの開発を担当します。
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