課題F

  近年、長期休職や自殺により大きな社会負担となっているうつ病をはじめとする精神疾患や、生涯にわたり職業生活を困難にする自閉症などの発達障害が増加し、社会問題となっています。さらに、急速な高齢化社会の進行に伴い、QOL(生活の質)を損ない、介護を要する認知症等の精神・神経疾患も大きな社会問題となりつつあります。こうした社会的背景のもと、脳科学研究が果たすべき役割は、過去に比して著しく高まっています。

  そのため、精神・神経疾患(発達障害、うつ病、認知症等)の発症のメカニズムを明らかにし、早期診断、治療、予防法の開発につなげるための研究をさらに推進することが極めて重要です。具体的には、以下に示す3領域について研究チームを構成します。

Ⅰ 発達障害に関する研究 「乳児期から幼児期にかけて生じる発達障害に関わる生物学的要因、発症メカニズムを解明」
・ 自閉症その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥/多動性障害等の発達障害の発症・進行と神経回路・神経認知機能・遺伝子(エピジェネティック変化も含む)・行動・環境等の各要因を統合的に解明する。
・ 上記疾患の診断、治療、予防法の開発につなげる。

Ⅱ うつ病等に関する研究 「うつ病・双極性障害を含む気分障害などの病因を分子・細胞・システムレベルで解明」
・ うつ病・双極性障害を含む気分障害などの発症・進行と神経回路・遺伝子(エピジェネティック変化も含む)
・ 脳内生理・環境等の各要因を統合的に解明する。
・ 上記疾患の脳内メカニズムを解明する。
・ 上記疾患の診断、治療、予防法の開発につなげる。

Ⅲ 脳老化に関する研究 「遺伝的要因による脳の健康逸脱機構や異常な脳老化のメカニズムを解明」
・ 加齢に伴う認知症等の発症・進行と神経回路・遺伝子(エピジェネティック変化も含む)・分子病理学・環境等の各要因を統合的に解明する。
・ 加齢に伴う認知症等の脳内メカニズムを解明する。
・ 上記疾患の診断、治療、予防法の開発につなげる

  なお、本課題については、社会への影響が大きいことも予想されることから、倫理的側面など社会との調和に配慮しつつ研究を推進していくこととします。また、ヒトを対象とする研究については、世界医師会「ヘルシンキ宣言」(ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則)に則り、関係法令・国の指針等を遵守して行うとともに、動物を対象とする研究については、動物愛護の精神に則り、関係法令・指針等や機関内規定等を遵守して行うこととします。

具体的なミッション

「発達障害研究チーム」
  平成23年8月、障害者基本法が改正され、発達障害が医療、療育等の適切な支援を受ける必要があると位置づけられました。しかし、然るべき時点で発達障害に関する的確な診断と評価がされず、現在利用可能な治療・療育も適切になされていない場合も多く、さらに、治療・療育に限界があるのが現状です。この問題を打破するため、ゲノム科学、脳科学の手法を用い、発達障害の病因・病態を明らかにして、診断、治療・療育に寄与することを目的とした研究を推進します。

「うつ病等研究チーム」
  自殺や長期休職の要因となっているうつ病性障害、双極性障害などの気分障害に関して、わが国を代表する気分障害研究チームにより、脳機能画像解析、ゲノム解析、分子病態解析、モデル動物解析などを行い、気分障害の病態解明、臨床バイオマーカー候補の探索を行います。これらの研究成果を統合して、脳科学に基づく診断・治療法の開発に挑戦し、気分障害の患者さんへの社会還元を目指します。

「脳老化研究チーム」

  脳老化とその延長から乖離し始めた認知症前駆状態とが混在する時期の異常蛋白蓄積の上流を追求し、バイオマーカーと予防法を開発します。タウオパチーに対して、線虫によるスクリーニングとモデルマウスの脳機能評価系を駆使し、タウの微小管安定化作用以外の新規生理機能を解明します。前頭側頭葉変性症(FTLD)に対して、動物モデルを確立し、バイオマーカーおよび病態抑止効果を有する治療法の開発を目指します。

研究体制

発達障害研究チーム

代表機関

名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学・親と子どもの心療学分野 教授
尾崎 紀夫 ( 拠点長 )

「自閉症スペクトラム障害(ASD)と統合失調症のゲノム解析を起点として、発症因に基づく両疾患の診断体系再編と診断法開発を目指した研究: 多面発現的効果を有するゲノムコピー数変異(CNV)に着目して」

  広汎性発達障害に関する的確な診断と評価がなされず、利用可能な治療・療育が適切になされていない場合が多く、さらに、現在の治療・療育の効果にも限界があります。その背景には、精神疾患の診断体系が、生物学的な病態に基づいていないという問題点があります。本研究では、神経の発達過程の障害で生じる広汎性発達障害と統合失調症の発症に強く関わるゲノムコピー数変異(CNV)等の稀な遺伝子変異を、全ゲノム上で探索・同定し、その生物学的意義を明確化します。広汎性発達障害と統合失調症と診断されている患者の発症メカニズムを比較検証し、分子レベルから診断体系を組み替え、早期かつ的確な診断検査法の開発に繋げます。

代表機関

金沢大学子どものこころの発達研究センター 特任教授
大阪大学大学院大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学研究科 教授

東田 陽博

「神経内分泌仮説に基づく知能障害を有する自閉症スペクトラム障害の診断と治療の展開研究」

  神経内分泌仮説に基づく自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder, ASD)の理解の深化と治療を発展させ、オキシトシンに感受性のあるASD のサブグループを特定化し、5年後には科学的根拠に基づくオキシトシン治療を確立・一般化する事を目標にします。このため、神経内分泌物質であるオキシトシンが知的障害を有する ASD(カナー型自閉症)の症状(興奮性や社会性)を改善するか否か、治療効果の学術的調査を行います。加えて、オキシトシンの有効性の背景にある、遺伝的、生物学的および脳回路的基盤についての総合的研究を行います。さらに幼児に優しい脳磁計(MEG)-近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)統合機によるASD診断法の開発研究を行います。

参画機関

東京大学 医学部付属病院 精神神経科 准教授
山末 英典

「プロトコール策定および評価指標検討による次段階のオキシトシン臨床試験の計画・実施」

  自閉症スペクトラム障害の中心症状である社会的コミュニケーションの障害に対するオキシトシン点鼻剤の投与効果を検証します。効果の検証は、重症度評価や機能的核磁気共鳴画像や核磁気共鳴スペクトロスコピーあるいは血液検査など、これまで開発した評価方法を改良して用います。
  最終的に、現在は治療法が確立されておらず、多くの当事者や家族の方々が悩まされている同障害に、初の治療薬を開発することを目的としています。

参画機関

東北大学農学研究科 分子生物学分野 教授
西森 克彦

 
「オキシトシン脳内作用機序の分子研究」

  ASD患者へのオキシトシン(OXT)投与が症状改善に効果を示した報告が増え、本F課題でもカナー型ASD患者へのOXT投与臨床研究での改善効果が期待されます。しかし最大のOXT作用標的とされるOXT受容体の脳内分布解析手段は限られ、OXTにより活性化されるニューロン・回路の詳細も依然詳細は不明のままです。本研究は、臨床研究で期待されるOXTの効果を生物学的側面から裏付ける為、OXTの標的神経核やニューロン種、主要作動神経回路等をマウスモデルを用いて明らかにし、OXTによるASD治療の理論的裏付けを目指します。

代表機関

浜松医科大学医学部 精神神経医学講座 教授
森 則夫

「自閉症の病態研究と新たな診療技法(診断・予防・治療)の開発」

  浜松医科大学、大阪大学、福井大学による研究チームを組織し、次の3つの研究テーマに取り組みます。第一は早期診断法の確立で、注視点追跡装置 (Eye Tracker) によるスクリーニング法、末梢血中の脂質代謝異常やリンパ球中のmRNA発現量の変化に着目した検査法の確立に取り組みます。第二は予防法や治療法の開発で、学齢期以前の子どもには、リノレン酸を用いた脂肪酸補充療法による予防と治療の開発を目指し、学齢期以降の子どもや大人にはオキシトシンの経鼻投与による治療法を発展させます。第三は自閉症の病態研究で、脳内セロトニン・トランスポーターの異常やオキシトシン受容体の新たな制御の仕組みなどに取り組みます。

参画機関

大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学研究科 研究科長
分子生物遺伝学研究領域 教授

片山 泰一

「自閉症者脳内セロトニン・トランスポーター発現異常の原因解明と診断応用」

  自閉症は、他者とのコミュニケーションに困難をきたすことや、強迫的症状等を示す発達障害の一つです。現状では自閉症に対する医学的治療法がなく、“療育”がもっとも有効な“治療”と考えられていますが、この療育は早期に開始するほど効果が高いと言われています。従って、自閉症を早期に且つ科学的に診断する方法が切望されています。私達は、自閉症者脳においてSerotonin Transporter (SERT) 密度が低下しているという浜松チームの研究成果を踏まえ、脳におけるSERT結合分子群を同定し、有用な診断法につなげる研究を行います。

参画機関

福井大学医学部 形態機能医科学講座 組織細胞形態学・神経科学領域 教授
生命科学複合研究教育センター センター長、子どものこころの発達研究センター センター長

佐藤 真

「自閉症スペクトラム障害(ASD)の発症基盤の解明と診断・治療への展開」

  我々の研究グループでは、福井大学子どもの発達研究センター小坂助教を中心に自閉症に対する有用な治療の一つと期待されているオキシトシンの、いわゆる「高機能」成人自閉症者に対する効果の検証を進めています。投与により会話力の向上や人前での緊張感の減少などを確認しており、今後他施設とも共同し、また脳画像なども取り入れ研究を深化させる予定です。さらに、私を中心とし、このオキシトシンの効果を修飾しうる脳内機構の解明についても取り組んでおり、その仕組みの解明を目指します。

代表機関

横浜市立大学大学院医学研究科遺伝学 教授
松本 直通

「発達障害に至る分子基盤の解明」

  様々な要因で脳活動が阻害されると発達障害が引きおこされます。よって発達障害を本質的に理解するには、正常な脳活動に必須の構成因子の異常の有無を網羅的に解析する必要があります。本研究は発達障害のなかで重要なてんかん、知的発達障害、自閉症スペクトラムに焦点を当て、高出力の次世代テクノロジーを駆使して網羅的に遺伝子(分子)スクリーニングを行い責任・関連遺伝子を同定します。さらに発達障害モデルマウスの解析によりその分子基盤を明らかにします。本研究を通じてヒト発達障害の診療に有用な診断法・予防法を見出し、治療戦略への応用を目指します。 

参画機関

理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム チームリーダー
山川 和弘

「てんかんに合併する発達障害分子基盤の解明」

  自閉症のおよそ3割にてんかんが合併する事から、両疾患には共通もしくは重複する発症基盤が存在すると予想されます。本研究では、それら合併症例について全ゲノム解析を行う事により疾患原因/修飾遺伝子を同定し、それらがコードする蛋白の機能を明らかにします。更には、それら遺伝子に変異/欠失を導入したモデル動物を作成し解析します。これらにより、自閉症の遺伝子レベル、細胞レベル、回路レベルでの発症基盤の解明を目指します。

うつ病等研究チーム

代表機関

広島大学 大学院医歯薬保健学研究院 精神神経医科学 教授
山脇 成人 ( 拠点長 )

「うつ病の神経回路−分子病態解明とそれに基づく診断・治療法の開発」

  急増するうつ病は、自殺の主要因であり、その病態解明、診断・治療法開発は急務です。現在、うつ病は抑うつ気分、意欲低下などの臨床症状で診断を行っており、病態に基づく診断基準は存在していません。本研究では、うつ病の脳画像解析、分子病態解析、ゲノム解析などを行い、これらと臨床症状を統合的解析し、うつ病の脳科学に基づく診断法の開発を行うとともに、ニューロフィードバック法を用いた新規治療法の開発に挑戦します。

参画機関

沖縄科学技術大学院大学 神経計算ユニット 教授
銅谷 賢治

「機械学習と行動学習モデルによるうつ病サブタイプと発症機構の理解と治療・予防手法の導出」

  うつ病患者の認知行動課題、脳画像、遺伝子多型、血液分析など多次元のデータに対して、統計的機械学習アルゴリズム適用することにより、その背後にある発症機構のサブタイプを同定し、それぞれに応じた診断基準と治療指針を導出することを目標とします。また、報酬と罰の予測におけるセロトニン系の制御機構に着目し、背側縫線核を中心とした神経回路のダイナミクスをげっ歯類での動物実験により明らかにします。これらをもとに、脳の認知と情動の適応機構を数理モデル化し、うつ病発生過程の理解とニューロフィードバックなどによる治療法の開発を目指します。

参画機関

放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究プログラム プログラムリーダー
須原 哲也

「うつ病症候の脳内責任領域の特定とその分子メカニズムの解明」

  本研究ではうつ病の症候の発現メカニズムを、症候に関連する脳内ネットワークはfMRIによって同定し、その部位におけるモノアミン神経系を中心とした神経伝達機能の変化をPETを用いて同定します。さらに霊長類モデルを用いて症候発現が局所の神経の制御で変化するかを確認し、症候発現のネットワークと機能分子に関する検証を行います。一方新たな症候関連分子の同定とその画像化をめざして、複数の遺伝子改変疾患モデルのPETによるイメージングを行います。これらにより症候発現のメカニズムのイメージング手法を用いた解明を目指します。

代表機関

群馬大学大学院医学系研究科 神経精神医学分野 教授
福田 正人


「うつ病の異種性に対応したストレス脆弱性バイオマーカーの同定と分子病態生理の解明」

  本研究は、高齢化社会において一層の急増が予想されるうつ病対策の重要性に鑑み、中高年発症うつ病の発症誘因となるストレスに対する脆弱性の分子機序とうつ病発症時の分子病態機序を、若年発症うつ病と比較しながら解明しようとするものです。若年発症例と中高年発症例に大別し、MRI画像やNIRS検査などを活用しながら、うつ病の客観的な補助診断がなされている信頼度の高い臨床サンプルを蓄積し、それぞれの動物モデルでの解析と併せて、臨床バイオマーカー候補を獲得し、それらのシグナルカスケードの特異性や共通性を解明して、亜型ごとの予防・診断・治療戦略の分子基盤を整備しようとするものです。

参画機関

東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座 脳神経外科学 教授
齊藤 延人

「中高年発症うつ病モデルとしてのエンドセリン誘発白質虚血ラットの解析」

  21世紀に入り社会構造の変化と共に、うつ病は身近で多大なる社会的損失をもたらす病気となりました。我々は臨床にて中高年発症うつ病例のMRI画像に白質変化を伴うことが多いことに着目し、エンドセリン誘発白質虚血ラットに負荷をかけうつ病モデルを作成し、臨床バイオマーカー候補分子の発現異常の有無を検討するとともに、網羅的に解析し中高年発症うつ病のストレス脆弱性と病態に関連するバイオマーカーを同定することを目標とします。

参画機関

山口大学大学院医学系研究科 高次脳機能病態学分野 助教
山形 弘隆

「うつ病異種性の診断・病態解明に向けたバイオマーカー分子の探索」

  現在用いられている症状の組み合わせからうつ病を診断する操作的診断方法のみでは、うつ病の本質は見えてきません。うつ病研究を発展させ、病態に沿ったオーダーメイドな治療を行うためにも、客観的な検査方法の確立は不可欠だと考えています。「客観的な検査方法がない疾患の臨床サンプルから診断ツールを構築する」、一見矛盾にも思えるこの命題を解決するのは「臨床力」です。精神科医の豊かな経験に基づいた適切な診断を、誰もが分かる定性・定量的な形で示し、うつ病の亜型分類を目指します。

代表機関

藤田保健衛生大学医学部 精神神経科学講座 教授
岩田 仲生

「遺伝環境統計学的相互作用大規模解析による気分障害の病態メカニズムの解明」

  大規模気分障害患者サンプルを用いて、重要な環境要因との相互作用を加味した全ゲノム解析法で新規関連分子の同定を行います。さらに集団サンプルに加えて家系サンプル、およびコホートサンプル(職域、特殊環境下サンプルなど)を用いることで、特定の遺伝要因と個別に相互作用する重要な環境要因の同定を行います。コピー数変異(CNV)解析に加えこれまで集積した死後脳サンプルを用いてエピジェネティック解析も統合的に解析します。新規同定分子により発症予測診断法、発症リスクをあげる遺伝・環境要因への介入による治療および予防法の開発、対象分子および関連するシステムに作用する新規機序の治療薬のシーズ開発を行います。

参画機関

理化学研究所 統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム チームリーダー
高橋 篤

「大規模ゲノムタイピングと情報解析による気分障害の病態メカニズムの解明」

  我々は疾患や薬物反応性などの表現型に関連する遺伝子を網羅的に探すゲノムワイド関連解析(GWAS)という手法を開発し、多くの疾患に応用してきました。しかし、これまで精神疾患については論文を発表していません。今回、藤田保健衛生大学の岩田教授に協力し、膨大な遺伝型タイピングを行い、データの品質管理の後に、遺伝統計学的解析を行います。それにより、気分障害の病態メカニズムを分子レベルで解明することを目指します。

代表機関

北海道大学大学院医学研究科 薬理学講座 神経薬理学分野 教授
吉岡 充弘

「ドパミン神経系に着目した難治性気分障害の統合的研究」

  難治性うつ病患者に対するドパミンD2受容体作用薬の有効性を示した臨床研究、およびメタンフェタミン慢性投与動物が双極性障害に類似した生体リズム異常を示すことを明らかにした基礎研究に基づいて、臨床および基礎研究を統合的に推進することにより、難治性気分障害の病態を追究します。具体的には、ドパミン神経系と生体リズムに着目し、うつ病と双極性障害の鑑別やドパミン神経系作用薬が有効な症例の鑑別を可能とする生物学的指標を見出すとともに、それらの裏付けとなるエビデンスを得ることを目的とします。このため、診断・鑑別のための生物学的指標を見出す臨床研究および気分障害モデル動物における生物学的指標の解析を実施します。

脳老化研究チーム

代表機関

大阪大学大学院医学系研究科 精神医学教室 教授
武田 雅俊 ( 拠点長 )

「革新的技術を活用し、加齢による脳機能低下と異常蛋白蓄積につながる病理過程の上流を追求・解明し、認知症の血液診断マーカーと治療薬を開発する」

  認知症脳では各種異常蛋白の蓄積が認められますが、その病理学的意義については十分に解明されていません。本研究では、異常蛋白蓄積の上流の追求を目標とし、アミロイドやリン酸化タウなどの蓄積が始まる認知症病理顕在化の前段階の分子機序を解明します。認知症の臨床症状が発現する以前のこの時期は、軽度認知障害(MCI)・主観的認知障害(SCI)に相当するprodromal stageであり、正常老化とその延長線から乖離し始めた認知症前駆状態とが区別されずに混在していると考えられますが、この時期において異常蛋白蓄積の引き金となる事象を同定しその分子機序を解明します。そして、その成果をバイオマーカーの開発と認知機能低下の予防法の開発に繋げます。

参画機関

医薬基盤研究所 創薬基盤研究部 プロテオームリサーチプロジェクト プロジェクトリーダー
朝長 毅

「加齢による脳機能低下関連分子の定量」

  老化脳やアルツハイマー病(AD)ではA 42蛋白の脳内への蓄積が原因です。この脳内蓄積を早期に発見できれば、ADの早期発見および治療に有用ですが、A 42は髄液や血液中にはほとんど存在しないため、その存在量を測定することは困難です。本研究では、ADのサロゲートマーカーとしてA 42と同じ機序で産生されるA 様ペプチドAPL1 ・2 の血液中での定量系を確立し、血液での超早期AD診断法を開発することを目的としています。

参画機関

国立長寿医療研究センター研究所 副所長、
認知症先進医療開発センター センター長

柳澤 勝彦

「アミロイド蓄積に先行する膜脂質の変動を標的とするアルツハイマー病先制治療薬の開発」

  アルツハイマー病の脳のなかではアミロイドの蓄積に端を発した様々な病的過程が十数年にわたって進行し、シナプス機能の障害や神経細胞の脱落をともないながら、臨床的には認知症が生じるものと考えられます。本研究においては、アミロイドが形成される分子機序について、これまで私たちが明らかにしてきた神経細胞膜の関わりに重点をおいて解明を進め、アルツハイマー病の発症を抑止する先制治療薬開発への展開を目指します。

参画機関

理化学研究所 統合生命医科学研究センター 医科学数理研究グループ グループディレクター
角田 達彦

「ヒトGWASとモデル動物トランスクリプトームの統合的解析による新規アルツハイマー病関連遺伝子の同定」

  認知症の病態を解明し、新たな治療法を開発していく上で、認知症の発症に関わる遺伝子を同定することは重要ですが、APOE遺伝子以外の関連遺伝子探索は困難を極めています。本研究では、我々が実施している認知症患者を用いたゲノムワイド解析のデータと、研究代表者である大阪大学のグループが実施しているマウストランスクリプトーム解析のデータを統合的に解析し、新たな認知症関連遺伝子を同定する事を目的とします。

代表機関

同志社大学 脳科学研究科 病態脳科学分野 認知記憶加齢部門 教授
井原 康夫

「抗タウオパチー薬の創出」

  アルツハイマー病におけるタウ沈着(不溶化)に対する創薬は、現在停滞している認知症治療に関して大きな変革をもたらすと考えています。抗タウ治療薬の開発の過程で重要な点は、認知機能低下をもたらす神経機能障害を改善しうる化合物をいかに選別するかということでしょう。本業務ではモデル線虫によるスクリーニングをすすめます。有効化合物についてはモデルマウスを用いて Mn-MRI をはじめとする脳機能評価系を駆使した薬理効果を判定します。我々は、すでにin vivoで効果が認められている2つのリード化合物を見いだしており、3年以内にこれら2つの化合物の構造最適化、厳密な薬理評価を行い、4年度以後の非臨床試験へのステップアップを目指します。またタウの微小管安定化作用以外の新規生理機能を詳細に検討し、それを通じて新たな創薬ターゲット分子を同定します。

参画機関

国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 分子基盤研究部 部長
高島 明彦

「動物モデルを用いた化合物スクリーニング、および神経機能障害機構解明」

  アルツハイマー病をはじめ神経細胞内にタウ凝集体である神経原線維変化を示す神経変性症を総じてタウオパチーと呼びます。これまで神経原線維変化形成過程でシナプス消失、神経脱落を生じ脳機能低下が生じることを明らかにしてきました。この課題ではこれまで試験管内スクリーニングで得られたタウ凝集阻害剤を動物モデルに投与し生化学、行動学、電気生理学、Mn-MRI法を用いた脳機能について薬理評価を行い臨床試験への橋渡しを行います。更に、タウ凝集の上流にあたる分子を明らかにすることでタウの生理機構に影響を与えない新たな創薬ターゲットを同定します。

代表機関

名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科 教授
祖父江 元

「前頭側頭葉変性症の病態解明に基づくdisease-modifying therapyの開発」

  前頭側頭葉変性症(FTLD)は非アルツハイマー型認知症の多くを占める疾患ですが、診断・治療の研究は十分に進んでおらず、有効な治療法もありません。本研究は、FTLDを対象とし、動物モデルの確立・解析により病態を分子レベルで解明し、病態関連分子を同定するとともに、患者剖検脳を用いた生化学的解析を展開し、早期診断に用いることのできるバイオマーカーおよび病態抑止効果を有する治療法(disease-modifying therapy)の開発を目指すものです。特に、動物モデルを用いた病態解明、患者剖検脳サンプルを用いたバイオマーカーの同定、低分子化合物による治療法の開発を研究の柱とします。

参画機関

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第四部 室長
永井 義隆

「前頭側頭葉変性症ショウジョウバエモデルの開発と病態解明・治療法開発」

  脳の老化に伴う認知症のうち、これまで発症原因が不明であり、研究が十分に進められてこなかった前頭側頭葉変性症では、近年発症原因分子としてTDP-43およびFUSが発見されました。本研究では、TDP-43およびFUSの凝集・蓄積による神経毒性獲得とそれらの局在変化による機能喪失の両面の発症メカニズムに基づいて、簡便で世代時間が短いショウジョウバエを用いて疾患モデルを開発し、遺伝学的・薬剤スクリーニングにより前頭側頭葉変性症の病態解明、治療法開発を目指します。
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