課題E

(平成27年3月に終了いたしました)

  近年、現代人は心身に多くの問題を抱え、疲労・ストレス・睡眠不足等が事故や疾患の誘因となり、膨大な経済的損失をもたらしています。また、急速な高齢化社会の進行に伴い、QOL(生活の質)を損ない、介護を要する精神・神経疾患が大きな社会問題となりつつあります。こうした社会的背景のもと、現代人が健やかな人生を過ごす上で、脳科学研究が果たすべき役割は、過去に比して著しく高まっています。

 

  しかしながら、疾患治療の研究は進んでいるものの、脳が心身の健康を維持するメカニズムを生涯にわたり体系的にとらえた研究は未だかつてないというのが現状であり、脳の健康状態の生理的な範囲や、健康状態の維持及びその破綻の仕組みを体系的かつ生物学的に明らかにしようという研究は、これまでの脳科学研究の空白地帯となっています。

 

  こうした背景を踏まえ、健康の側に軸足をおき、「発生から老化まで」という人間及び脳神経の一生の「健やかな育ち」「活力ある暮らし」「元気な老い」の各段階に着目し、心身の健康維持及び破綻メカニズム等について、内的要因である「分子基盤(ゲノム・エピゲノム・たんぱく質等の生体内動態)」と、外的要因である「環境因子(睡眠・摂食・ストレス等)」の相互作用を、時間軸という概念を取り入れて体系的に解明する研究は政策として戦略的に実施することが必要です。これらの研究開発を通して、脳の健康の維持機構及び疾患の境界や病気に至るダイナミズムの解明並びに生涯にわたる健康な脳の維持による生活の質の向上・医療費の抑制への寄与が期待されます。

 

  このため、中核となる代表機関と参画機関で研究開発拠点を形成し、以下に示す3領域と総括班で最新の研究手法(各種生理学的・生化学的・分子生物学的解析手法、最新イメージング技術、新規モデル動物開発、神経回路解析等)を効果的に組み合わせた研究開発を推進します。

 

Ⅰ 「健やかな育ち;脳神経発生・発達における健康逸脱メカニズムの解明」
Ⅱ 「活力ある暮らし;脳による心と体の恒常性維持メカニズムの解明」
Ⅲ 「元気な老い;健康な脳老化が病的な脳老化に至るメカニズムの解明」
Ⅳ 「総括班」

具体的なミッション

  少子高齢化社会を迎える我が国にとって、経済的・社会的活力を維持するためには、小児期・成人期・老年期に亘り、脳が健全に機能することが必要不可欠です。しかし、環境汚染、核家族化、過食、夜型社会の進行など、現代社会の環境は脳の健康を破綻させる要因を多く含んでいます。これら環境ストレスを克服するためには、それに対する脳応答の分子基盤の解明と、脳の健康の維持機構および疾患に至るダイナミズムの理解が不可欠です。本研究では、「発生から老化まで」という人の一生に亘って、脳の健康を脅かす外的要因である胎内環境・養育環境・摂食・睡眠・社会的ストレス等の環境因子と内的要因である脳の健康を維持する分子基盤の相互作用を体系的に解明し、生涯に亘る脳の健康維持機構への戦略を探ります。

「健やかな育ち」班
  精神遅滞、注意欠陥/多動性障害、統合失調症、うつ病などと関連する大脳新皮質・海馬・扁桃体・視床・視床下部の形成機序を解明し、モデルマウスを作製して、その行動異常を含めた表現型を解析することにより、各脳部位の形成障害がどのような脳高次機能の異常をもたらすか包括的な解析を行います。また、これらに共通する「興奮性の増大」モデル動物を用い分子病態の解明を行います。さらに、有害物質曝露、産科合併症、生育環境エンリッチメント、栄養条件などの環境要因が脳形成を障害あるいは維持・促進する機序を解明し、その発病の分子基盤を解明します。

 

「活力ある暮らし」班
  心身の恒常性を破綻させ、うつ病、睡眠・リズム障害、疲労、肥満、生活習慣病などの発症に関わる飽食、夜型社会などの現代社会における環境ストレスが、摂食・代謝の恒常性、睡眠・リズムの恒常性、心の恒常性について、その維持及び破綻に関わる機構を解明します。「摂食・代謝」に関しては視床下部の「弓状核-室傍核」および環境要因をそこへ伝える迷走神経を介した末梢情報の脳への伝達経路を解明します。「睡眠・リズム」に関してはヒトの睡眠覚醒と生理機能リズムの同調機構の解明とその迅速診断システムを構築します。「心の恒常性」に関しては、うつ病におけるストレス反応に焦点を当て、その分子遺伝学的基盤、成育歴や生活習慣との関連、両者の相互作用について明らかにします。

 

「元気な老い」班
  アルツハイマー病や脊髄小脳失調症など変性疾患はもちろん、正常者においても加齢とともに脳の認知・運動機能の低下が徐々に進行しますが、この過程は個人差が極めて大きいです。この加齢による脳機能低下の大きな個人差の背景となる遺伝要因と環境要因の関わりに注目し、正常と異常の脳老化の分岐点に関与する環境要因を明らかにするために以下の研究を行います。すなわち、1)メタボリック症候群のアルツハイマー病発症への影響、2)環境に応答する各種リン酸化シグナル経路の正常老化脳と変性脳における相違についての網羅的解析、3)脳加齢に影響するストレスシグナルの解析、4)老化に影響する転写因子等遺伝子発現の正常と変性状態での差異の分析を行います。

 

総括班
  課題Eにおける研究は、分子から行動に至る、生理・解剖・生化・分子生物学的解析手法を重複的に網羅し、さらにヒト症例を対象にした臨床研究をも含むものになっています。総括班は、「健やかな育」班、「活力ある暮らし」班、「元気な老い」班の3班の合同会議などを通じて情報交換を定期的に行い、個々のテーマに配慮し各班内・班間および他の課題との有機的な連携を計ります。さらに、時間軸を横断したプロジェクトや基礎研究と臨床研究の連携を推進し、研究を効率的に進めることにより、「発生から老化まで」という人の一生にわたって脳の健康を維持する内的要因である分子基盤とその健康を脅かす環境因子との相互作用を体系的に解明し、生涯に亘る脳の健康維持への戦略を探ります。

 

研究体制

代表機関

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 認知行動医学講座 脳神経病態学分野 特任教授
水澤 英洋 ( 拠点長 )

  少子高齢化社会を迎える我が国が社会的活力を維持するためには、小児期・成人期・老年期に亘り、脳が健全に機能することが必要不可欠です。しかし、環境汚染、過食、夜型社会など、現代社会の環境は脳の健康を破綻させる要因を多く含んでいます。本研究では、「発生から老化まで」という人の一生に亘って、脳の健康を脅かす外的要因である胎内環境・養育環境・摂食・睡眠・社会的ストレス等の環境因子と内的要因である脳の健康を維持する分子基盤の相互作用を体系的に解明し、生涯に亘る脳の健康維持機構への戦略を探ります。
  
  具体的には、小児期、成人期、老年期に対応して、「健やかな育ち」班、「活力ある暮らし」班、「元気な老い」班の3つの研究グループを組織し、これらの各研究班の連携を図り全体を統括する総括班と共に研究を推進します。「健やかな育ち」班では、精神遅滞など様々な発達障害に関わる脳部位に注目してその健全な分子基盤と環境因子、それらの破綻の病態を明らかにします。「活力ある暮らし」班では、心身の恒常性の基盤とうつ病などその障害についてモデル動物やヒト症例を用いた研究を進めます、「元気な老い」班では、正常老化の分子基盤や環境因子とその破綻状態とも言うべきアルツハイマー病を中心とする神経変性疾患など異常老化をもたらす内因と外因の解明を進めます。

「健やかな育ち」班

東京医科歯科大学難治疾患研究所分子神経科学 教授
田中 光一 ( 班長 )

「扁桃体の遺伝子データーベースの作成と脳の形成異常及び興奮性増大に起因する機能障害の解明」

  脳の健全な発育には、興奮性と抑制性の神経伝達のバランスが重要な役割を果たします。自閉症・統合失調症・うつ病・強迫性障害などの精神疾患の発症には、興奮性・抑制性のアンバランスによる脳の興奮性の増大が関与することが示唆されています。本研究では、脳の興奮性を部位特異的・時期特異的に増大させたモデル動物を作成し、興奮性の増大が脳の形成および高次機能に及ぼす影響を分子レベルで解明し、上記疾患の分子機構の理解と分子マーカーの開発を目指します。

慶應義塾大学医学部解剖学教室 教授
仲嶋 一範

「発生過程の可視化による海馬と大脳新皮質の形成機構の解明」

  本研究では、海馬及び大脳新皮質に着目し、その正常な形成過程を制御する分子・細胞機構を解明します。まず、海馬への遺伝子導入法を確立し、大脳新皮質に比べて知見が少ない海馬発生期の移動細胞を可視化して、その動態を継時的に明らかにします。次に、最終配置部位付近に到達した細胞群が、海馬及び大脳新皮質の最終的な組織構造を形成していく過程を可視化して、その形成機序を解明することを目指します。

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的障害研究部 部長
稲垣 真澄

「発達障害児社会性認知に関する臨床研究」

  発達期におけるこころの健康の破綻は、しばしば音に対する過敏性や不注意、話しに対する理解困難、発話の不安定さ、あるいは幻聴などの行動異常としてあらわれます。本研究グループでは、社会性認知を反映する聴覚認知や運動調節過程の非侵襲的脳機能計測に基づいて、破綻機構にかかわる神経基盤を解明し、ヒトの健やかな育ちについての客観的な状態把握法の開発とそれを支える環境条件の提案をしていきたいと思っています。

東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター健康環境医工学部門 教授
遠山 千春

「環境からみた脳神経発生・発達の健康逸脱機序の解明」

  脳の健やかな育ちとその逸脱メカニズム解明を、環境要因の観点から取り組むところに、この研究の特徴があります。私たちは、環境化学物質の妊娠・授乳期曝露が、成熟後の認知機能、情動行動、社会行動、ストレス応答に異常を引き起こすとの知見を得ています。また、レーザー・マイクロダイゼクション手法の改良を行い、超微量RNAの定量解析を可能にしました。この研究では、化学物質曝露動物モデルを用いて、養育・生育環境エンリッチメント等の環境要因が発育期の脳機能に及ぼす影響を、環境要因、行動・形態レベルでの現象、分子基盤の観点から統合的に解明します。

理化学研究所 脳科学総合研究センター 視床発生研究チーム チームリーダー
下郡 智美

「間脳形成における遺伝子環境相互作用」

  視床は大脳皮質への情報の通過点であり、視床下部は動物の本能をコントロールする中心的な組織です。しかし、脳が病気になったときにこれらの組織で起きている問題は解明されていない点が多くあります。我々は、ストレス社会と言われる現代で脳が生涯健康でいられるように、主に視床および視床下部が正常な発生と機能維持が行えるメカニズムを解明する事により、精神疾患の治療法の開発に貢献したいと考えています。

「活力ある暮らし」班

国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部 部長
功刀 浩 ( 班長 )

「体[睡眠・リズム]とこころの恒常性維持及び破綻機構の遺伝子環境相互作用に関する研究」

  現代はストレス社会といわれ、うつ病による休職・失業や自殺者の増加が社会問題になっています。当研究室は、うつ病やストレス反応(視床下部-下垂体-副腎系)に焦点を当て、その分子遺伝学的基盤、食生活などの生活習慣との関連、両者の相互作用について、ヒト、動物、細胞のレベルから明らかにすることを目ざします。また、最新の脳画像解析を活用したうつ病やストレスの脳基盤についても明らかにします。それによって、うつ病リスクのアセスメント法、リスクを下げるための生活習慣の改善法や治療法の開発を行います。

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部 部長
三島 和夫

「睡眠調整に関わる生物時計及び恒常性維持機構の機能評価スキルの開発とその臨床展開」
「生物時計、睡眠覚醒、気分調節を結ぶ双方向的な機能ネットワークの分子基盤に関する研究」

  24時間社会では交代勤務や夜型生活、睡眠不足など私たちの睡眠・生体リズムを撹乱させる生活要因に満ちあふれており、不眠や耐え難い眠気など睡眠問題を抱える人々が増えています。本研究ではヒトの睡眠・生物時計機能の高精度診断システムを開発し、人々が活力ある日常生活を送れるようサポートする快眠プログラムの構築をめざしています。また睡眠・生体リズム障害が気分や認知機能に及ぼす影響を解明し、睡眠リズムを健やかに保つことの精神生理学的意義を明らかにしたいと思います。

自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門 教授
矢田 俊彦

「生体恒常性維持における視床下部ネスファチン回路網と迷走神経を介した末梢環境情報」

  視床下部の一次中枢弓状核は全身代謝因子・ホルモンを感知し、統合中枢の室傍核に伝え、脳機能を制御していますが、過食偏食・睡眠不足・ストレスなどはこれを乱しています。本研究では、室傍核による摂食・代謝・リズム・睡眠・精神機能調節と破綻機構を明らかにするため、摂食抑制系Nesfatin-1・Oxytocin回路を切り口として研究を行います。一方、末梢局所情報を中枢に伝える求心性迷走神経について、解析手法を開発し、神経伝達機構と生理的役割を明らかにし、これに介入して健康脳を維持・回復する方法を探索します。

「元気な老い」班

東京医科歯科大学難治疾患研究所神経病理学分野 教授
岡澤 均 ( 班長 )

「脳の正常老化と異常老化を分岐する環境由来の脳リン酸化シグナルの解明」

  高齢者の脳がアルツハイマー病をはじめとする『病的な老い』にならずに『正常な老い』を続けるためには、遺伝的要因と環境要因の相互作用を理解する必要があります。本研究では、ヒト脳およびモデルマウス脳を対象に網羅的リン酸化タンパク解析を行い、変性老化脳と正常老化脳の違いを生み出すリン酸化シグナル経路とその変動の方向性を明らかにし、さらに脳の病的老化に影響を与える環境因を同定します。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 認知行動医学講座 脳神経病態学分野 特任教授
水澤 英洋

「脳老化と神経変性における環境・遺伝要因の解析」

  正常老化は、小脳においても萎縮として観察され、転倒傾向などに寄与していると考えられています。本研究では、脳の正常な老化と異常(病的)な老化について、大脳と同様に、小脳においても正常老化と病的老化(老年期認知症や脊髄小脳変性症)に関わる分子基盤と外的(環境)要因について遺伝子発現変化を手がかりに探索します。それにより、小脳・大脳の老化関連遺伝子変化による表現型の変化を明らかにし、治療薬標的分子を同定することを目標とします。

東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野 教授
岩坪 威

「代謝恒常性の破綻と環境ストレスによる脳老化・変性促進の分子基盤解明」

  21世紀の人類は未曾有の高齢化社会と過栄養時代を迎えました。糖尿病、メタボリック症候群による代謝恒常性の破綻に起因する環境ストレスが、アルツハイマー病のリスクとして注目されていますが、その分子機構は明らかになっていません。我々は、遺伝子改変マウス、培養神経細胞などを駆使して、代謝恒常性維持の鍵分子であるインスリン作用機構の破綻によるアルツハイマー病発症機構の解明と予防・治療法確立をめざします。

東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室 教授
一條 秀憲

「環境ストレスが脳分子ストレスと神経変性を招来する分子機構の解明」

  さまざまな環境ストレスは、脳の健康を脅かす環境因子として精神・神経疾患のおもなリスクファクターとなっています。そのような環境ストレスに対し、最前線で機能するストレス感知・応答分子群が私たちの脳には存在し、脳の健康を守っています。本研究では、環境ストレスに対して神経細胞がどのような仕組みで応答するか、さらには環境ストレスがどのように神経変性を引き起こすかを解明し、脳の健康維持や疾患克服への戦略を探ります。

総括班

水澤 英洋(東京医科歯科大学)
田中 光一(東京医科歯科大学)
功刀 浩(国立精神・神経医療研究センター)
岡澤 均(東京医科歯科大学)

  総括班は、「健やかな育ち」班、「活力ある暮らし」班、「元気な老い」班の3班の合同会議などを通じて情報交換を定期的に行い、個々のテーマに配慮し、各 班内・班間および他の課題との有機的な連携を計ります。また、時間軸を横断したプロジェクトや基礎研究と臨床研究の連携を推進し、研究を効率的に進めるこ とにより、「発生から老化まで」という人の一生にわたって脳の健康を維持する内的要因である分子基盤とその健康を脅かす環境因子との相互作用を体系的に解 明し、生涯に亘る脳の健康維持への戦略を探ります。
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