第7回 "見る"の仕組みを"見る" (8)
2009.7 vol.10
東京大学 立花隆ゼミ 酒井寛
今回紹介する小松先生を中心とする研究室のテーマは物体の形や色を「見る」です。
いきなりですが、質問です。生き物は一体どこで物体を見ているのでしょうか?
「そんなの、目に決まってるじゃん!!」
確かに正解です。しかし、もっともっと突き詰めて考えてみると、目はあくまでも「センサー」であって、「見る」という認識の行動を最後に行っているのは実は脳なのです。円筒形をしたガラスのコップを見て、認識するまでの流れを例に細かく見て行きましょう。まず、ガラスのコップが机の上においてある映像が目に入ってきて、それが目の細胞によって電気信号に変換されます。その後電気信号は視神経を通って脳に送られます。そして送られてきた電気信号は脳の様々な「見る」に関係する部分に送られ、分析がはじまります。物体の陰影、色、輪郭、境界線、形、平面なのか曲面なのか…さまざまな分析をした結果をすべて擦り合わせた上で、さらに過去の記憶と照らし合わせて、ここで初めて私たちは「ガラスのコップです」と認識する、ということが研究によって分かってきました。どうです?意外と、かなり、相当奥が深いでしょ?
小松先生の研究室にいる研究者たちはこの、ありふれているけども実は奥が深い「見る」という行動が、脳のどのような働きによって起こっているのかを日々探っているのです。
「見る」を、どうやって見るのか?
私たちが普段、当たり前のように行っている「見る」という行動はこれまで様々な研究がなされてきました。
様々な研究を重ねてきた結果、見るという感覚=視覚は脳のなかの「視覚野」という部分が担当していて、その視覚野を構成する多くの分野が作業を分担して、その結果を全部かき集めて判断することで起こるということがわかってきました。もっと分かりやすく言うと小さなチームがいくつも存在してそれぞれのチームが自分の役割をもっていて、最後に各チームが出した分析の答えをまとめることで、視覚が起こっているということなのです。
そんな視覚に関する脳の機能の研究で難しい点の一つは、分野同士がどのような協力体制をもって機能しているのか、その全体像がみえにくいことにあります。様々な機能をもつ分野が複雑に絡み合ってチーム一丸となって作業を行うため、どれとどれがつながっているのかが複雑でわかりにくいのです。それに対して小松研究室ではどのような方法でその「チームプレイ」の解明を行おうとしているのでしょうか?実は神経一つ一つに電極をさして、その挙動を知ること、いいかえればチームを構成する一人一人の「働きっぷり」を知ることで解明しようとしているのです。実験にはサルなどの動物を使います。その動物の脳のなかでも、視覚についての働きを知りたい部分にとても細い電極をさして、ある刺激を与えたときにその部分がどのような反応をするのかを丁寧に何度もおっていきます。一見すると地道なこの作業。しかし実はこの作業はかなり大変で、脳の神経細胞が非常に多いのにも関わらず、1度の実験で調べられる神経の数は限られている上に、動物を教育した上で実験に使うため1回の実験にかかる時間も膨大なものになります。こういった苦労を根気づよく積み重ねて行った結果、色の認識を行っている脳の部分を特定したり、ある角度の傾きを持つ直線にのみ反応する神経をみつけたり、と面白い発見が次々と達成されていったのです。これらの発見は目の見えなくなってしまった人など目の不自由な人の治療に応用できる可能性を持っています。
「見る」は「見えにくい」…だからおもしろい!
見るという現象のしくみは、わかっているようで実は本当はわかってないかもしれない、という世界なのだそうです。「見る」に関する、脳の働きは「見えているようで見えてない」世界というわけですね。しかし、「そこにこそ、研究する面白みがあるんです」と研究している方々は語ってくれました。「見る」という私たちにとってはありふれた、あまりにも当たり前過ぎる行動をとってみても、それを司る脳の働きは複雑でうまく出来ている。それだけに解明にはたいへんな労力がかかります。しかし、それを乗り越えたときに得られる感動は何にも代え難いのだと思います。脳の研究は本当に奥が深く、不思議だけどもなにか私たちを惹き付ける面白さ、奥深さがあり、それを知ることに醍醐味を感じて働いている人たちが脳の研究者なのかな?と、今回の取材を通して改めて思いました。みなさんもそう思いませんか?
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