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ブレイン・ミステリー

第11回 燃料センサー「AMPK」と肥満ホルモン「レプチン」

2010.9 Vol.17 PART.3

                 東京大学 立花隆ゼミ 酒井寛

 これまで2回にわたって紹介してきた箕越先生の研究紹介シリーズも3回目、今回で最後になります。第1回ではホメオスタシスについて。そして第2回ではエネルギーのホメオスタシスに重要な役割を持つレプチン・オレキシンの機能を紹介しました。今回はレプチンが関与する「エネルギーのホメオスタシス」で活躍する「AMPK」とういうものについて、箕越先生のグループが発見したことを紹介します。AMPKは一体、どこで何をしているのでしょうか?

 

AMPKとは?

  細胞の中では様々な種類の酵素が生きるための仕事を役割分担しながら行っています。AMPKはそんな酵素達の1つで、ほとんど全ての細胞に存在し、他のタンパク質に「リン酸」という物質をくっつける働きをしています。リン酸は酵素が働くためのスイッチをONにする際に重要な物質です。このリン酸をくっつけることで、AMPKは他の酵素の働きをコントロールする役割を担っています。これまでの研究から、AMPKはエネルギーの生産に関わる酵素をコントロールしていることが分かってきました。さらに、細胞の中でエネルギーが足りなくなる事態に陥ると、その事態を察知して働き出しエネルギー生産に関わる酵素などのスイッチをONにすることも判明しました。このような働きからAMPKは「燃料センサー」とも呼ばれるようになりました。
そんなAMPKについて近年、面白い発見が次々となされました。96年に骨格筋でのAMPKでの新しい機能が発見されました。そして01年には糖尿病で治療薬が効くにはAMPKが重要であること、さらに02年と04年には箕越先生達の研究グループがある発見をしました。この発見については後で説明します。次々とAMPKのこれまで知られていなかった働きが明らかになっていく流れの中で、AMPKに対する考え方が変化してきました。これまでは細胞の中の「燃料センサー」だとおもわれていたのですが、細胞の中だけでなく、体全体のエネルギーバランスを保つために重要なものとして考えられるようになってきたのです。
箕越先生達はAMPKについて、何を発見したのでしょうか?

 

AMPKとレプチンの関係

  箕越先生達のAMPKについての発見、1つ目は02年に報告された「レプチンによってAMPKが活性化される」です。レプチンについて覚えていますか?レプチンは生き物のからだでエネルギーのバランスを整えるために必要なホルモンの一種でした。レプチンが分泌されると起こる反応の一つにエネルギーの消費が多くなるというのがあります。レプチンを受け取った筋肉などのエネルギーを消費する組織の細胞ではこの時何が起こっているのでしょうか?血液の流れにのってやってきたレプチンを、筋肉の細胞は細胞膜上にある受容体で受け取ります。レプチンを受け取った受容体は、その情報を細胞の内部にある別の物質に伝えます。そして、その物質がまたその情報を別の物質に伝え・・・というように「レプチンが来たぞ!」という情報を伝言ゲームのようにして、細胞の中にある「核」まで伝えます。核には生きていく上で必要な情報が入っていて、その中から受容体が受け取ったメッセージに応じて細胞が働くための「指令」が出されます。そしてその指令通りに働くことで、細胞はやってきたメッセージに応じた反応が出来るのです。これを細胞の「シグナル伝達」といいます。「シグナル伝達」というと難しそうに見えますが、シグナル伝達とは「細胞の中を様々な物質が情報をリレーして核まで伝える『伝言ゲーム』のようなもの」と理解してもらえば結構です。箕越先生達はAMPKがレプチンの情報を核に伝える「伝言ゲーム」の中の物質の1つだ、ということを発見しました。レプチンが筋肉などの細胞に受け取られると、伝言ゲームが細胞内でスタートしAMPKまで情報がやってきます。するとAMPKは同時に二つの物質に「レプチンがやってきたから、働いてくれ」と伝言します。その伝言の1つ目は「核から細胞全体に、エネルギーを使う指示を出すようにと頼んでくれ!」です。2つ目は「細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアに余っている燃料をもっと使ってエネルギーを生み出すように頼んでくれ!」です。この「伝言」が行き届くことによって、細胞でのエネルギー消費が上昇します。そして細胞が集まって出来ている筋肉などの組織全体でのエネルギー消費が増加するのです。
AMPKは細胞内の小さな物質ですが、体全体のエネルギーバランスを保つレプチンの指示を忠実に細胞で実行するためには必要不可欠なものだったのです。

  

AMPKによって食欲が変わる?

  以前にも紹介しましたが食欲も視床下部でコントロールされています。視床下部で体内に栄養素などを監視し、体全体でエネルギーバランスを整えるために食欲のコントロールを行うのです。箕越先生達はここでもAMPKが重要な役割を持っていることを発見し、報告しました。2004年のことです。
食欲は視床下部の中でも「弓状核」と「室傍核」という場所でコントロールされています。これらがお互いに連絡を取り合うことで摂食量、すなわち食欲をコントロールしていることが知られていました。この「連絡を取り合う」ときにAMPKの働きが弓状核で低下すると、弓状核と室傍核をつなぐ神経細胞の活動が低下します。その結果、室傍核で食欲を抑える神経が働き出し、そして食欲が低下するということを発見したのです。逆に、弓状核でのAMPKの働きが活発になると逆の現象が起こり、食欲が上昇することも発見しました。さらに箕越先生達は視床下部でのAMPKの研究をすすめました。すると、マウスの視床下部でのAMPKの働きを人為的に操作してやると、なんと食欲だけでなく好き嫌いまでも変化することがわかったのです。このようなことから、燃料センサーと呼ばれていたAMPKは「食べる」という行動にまでも影響を与える重要な因子だと考えられるようになったのです。

 

 AMPK~小さいけど仕事はとても大きい!~

 これまでの研究からAMPKは細胞の中でのエネルギーの消費をコントロールしているだけでなく、エネルギーの摂食(=食べること)にもおおきな影響を与えることが分かってきました。細胞の中のスゴく小さなプレーヤーの一つなのに、体全体のエネルギーバランスの調整のために非常に大きな役割を果たしているのです。最近では糖尿病の治療に大きな役割を担う可能性をもっている因子としても注目も集めています。小さいけどやる仕事はめちゃくちゃでかい!そんな細胞の中のAMPKの働きっぷりを、ご飯を食べながら、運動しながら想像すると・・・人間の体って不思議だな、うまくできてるな!と思いませんか?健康な生活をしてがんばっているAMPKに感謝をしたいですね。

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