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ブレイン・ミステリー

第11回 "生活のリズム"をつくる脳の働き

2010.3 Vol.14 part1


東京大学 立花隆ゼミ 酒井寛

今回のせいりけんニュースの特集をみなさんもう読みましたか?食事の習慣と健康の関係に、脳が重要な役割を持っているなんてオドロキです。僕はこの話を聞いたときに「また、脳の仕業か!」とニンマリしてしまいました。

ところで、みなさんは「ホルモン」というものを知っていますか?決して、焼いて食べるあの「ホルモン」ではないです。「ホルモン」とは体内において、ある決まった器官で合成、分泌され、血液など体を巡る液体を通して体内を循環し、別の決まった器官でその効果を発揮するもので、特定の器官の働きを調節するための情報伝達を担う物質です。わかりやすく例えると、行き先を指定した手紙(ホルモン)を川(血液など)の流れに流し、相手にとどけることでお互いに情報の交換をしているのです。人間の体はこのホルモンを使いこなすことによって環境の変化に対応しています。体が寒い環境におかれると、体温を上げるためのホルモンが放出されて、そのホルモンを受け取った器官は熱を発して、そのおかげで体は寒さに耐えることができます。体温だけではなく、疲れると眠くなったり、体が栄養不足になるとおなかが減って食欲が出たり...体の状況に応じて様々なホルモンが働くことで、何か変化が体に起こった時、体の状態を生きて行くためのベストコンディションに保つために必要な変化、行動を私たちは起こします。このことを専門的な言葉で「ホメオスタシス」といいます。

ホメオスタシスで重要なプレーヤーとなるホルモンなのですが、体の器官それぞれが単独で判断してホルモンを分泌しているわけではありません。実は体の中には体のコンディションを常に監視し、それに応じたホルモン分泌を指示する「管制塔」のような器官が存在します。その器官は脳にある「視床下部」と言われる部分です。視床下部は左右の「こめかみ」の真ん中より少し上にある親指ほどの大きさの器官です。そんな小さな器官が体全体のコンディションを整えるために監視•ホルモン放出指示など行っているなんてスゴいですね!!

視床下部のはたらきについて細かく見て行きましょう。視床下部の構造についてですが視床下部はいくつかの「神経核」とよばれる球状のかたまりが何個も集まったような構造をしていて、それぞれにホメオスタシスのための固有の機能があります。その機能とはおおきくわけて6種類あります。

(1)「ホルモンの分泌調整」

これは先ほども言いましたが、体の血液をチェックしてホルモンの分泌が適度に保たれているかチェックする機能です。

(2)「自律神経の調節」

ホメオスタシスにはホルモンだけではなく、交感神経と副交感神経とよばれる体中に張り巡らされた2種類の神経のネットワークが働いています。交感神経は主に興奮したときに働き、心拍数の増加や肝臓などで蓄えたグリコーゲンを血液中に放出させるなど、いわゆる「戦闘態勢」になるための様々なメンテナンスを行います。逆に副交感神経は安静に、いわゆる「リラックス状態」をつくるために様々な機能を発揮します。生き物の体はこの2つの神経がバランスをとりながら、自分のおかれた「環境」に対応したコンディション作りを行っています。

(3)「一定のリズムで行動するためのタイムキーパー」

生物の体には、不思議なことにある一定のリズムで行動が起きることが知られています。真っ暗闇のなかにマウスをおいてその行動をチェックすると、そとの光が見えないので昼か夜かも分からないはずなのに、一定のリズムであたかも昼と夜が分かっているかのように行動することが知られています。これも視床下部の働きのおかげで、視床下部の視交差上核と言われる部分が時計のような役割をして一定のリズムで行動するように調整しています。

(4)「食べる」、そして食べて得たエネルギーを「使う」

満腹中枢と摂食中枢、という言葉をきいてピンとくる人もいるのではないでしょうか?満腹中枢はお腹がいっぱいになったことを感知する部分で、摂食中枢は「食べろ!」と体に指示を出す部分です。この二つの中枢は「食べる」行動の指示とともに、体の中での「エネルギーの使い方」についての指示も同時に出しています。この調節には「レプチン」と呼ばれるホルモンが重要な役割を担っています。

(5)睡眠と覚醒の調節

生き物を睡眠状態にするか、目の覚めている覚醒状態にするかを調節している部分で、特集の中で登場したオレキシンがここでも重要な役割を持っています。

(6)体温調節

人間の体には「褐色脂肪組織」とよばれる強力なヒーターのような熱生産器官が存在することが最近の研究によって発見されました。ここの熱の生産を体の状態を監視しながらバランスを保つ働きを持っています。実はこの働きにも先ほど登場したレプチンが関わっています。また、熱を生み出すだけではなく、生み出した熱を外に逃がして体温を一定に保つ働きも同時に行っています。

(7)生殖機能の調節

これまでに紹介した機能を駆使して、生物は自分の内部•外部の環境の変化に合わせて命の活動を保っています。視床下部には「自分の命」をつなぐための働きだけではなく、自分の種族を保つための働きを持っています。それは生殖機能の調節です。自分のおかれている環境が食べ物の少ない環境であったり、生存に適していない環境であった場合、子孫をつくってもその子孫が無事に生きれる可能性は低くなってしまいます。そこで視床下部では、体の状態を監視しながら生存に適した環境でのみ、生殖のためのシステムが体で働くようにコントロールしているのです。


 

いろいろな機能を見てきましたが、全て共通しているのは「生きるためのベストコンディションにからだを維持するため」というのが分かると思います。 そんな視床下部に注目し、研究を行っているのが特集でも紹介された箕越靖彦先生(写真)です。箕越先生は視床下部が持つ機能の中でも、「食べる」そしてその食べて摂取したエネルギーを「どう使うか?」に注目して研究しています。一体どんな研究をしているのでしょうか?そしてそこからなにが分かるのでしょうか?箕越先生からお話を聞いた僕は、人間のからだの状態から、行動までをすべてコントロールしている「視床下部」のダイナミックな働きを知って大興奮してしましました(笑)その感動を次回の記事でみなさんに伝えたいと思います。どうぞお楽しみに!sakai_hiroshi.jpg

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