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パーキンソン病の治療薬であるゾニサミドが、 ドーパミン神経細胞を保護することを発見
〜パーキンソン病の新しい治療薬にも〜

プレスリリース 2015年5月11日

内容

パーキンソン病はドーパミン神経細胞が失われることにより、手・足が振るえ、また強ばり、動かしにくくなる神経難病で、日本では10万人を超える患者がいると考えられます。脳内のドーパミンが減少しているので、それを薬により補う治療法が行われていますが、ドーパミン神経細胞の減少自体を食い止めることができないので、根本的な治療とは言えません。今回、自然科学研究機構生理学研究所の佐野裕美特任助教、南部篤教授および国立精神・神経医療研究センターの村田美穂神経内科診療部長の研究グループは、パーキンソン病のモデルマウスを用いた実験から、パーキンソン病の治療薬であるゾニサミドが、ドーパミン神経細胞を保護する効果があることを発見しました。本研究結果は、Journal of Neurochemistry誌(2015年 5月8日号)に掲載されました。

ゾニサミドは、元々てんかんの治療薬として日本で開発された薬です。ゾニサミドがパーキンソン病にもたらす効果は、我々の共同研究者である国立精神・神経医療研究センターの村田美穂神経内科診療部長らによって発見されました。この先行研究によると、パーキンソン病患者がてんかん発作を起こした際にゾニサミドを投与したところ、てんかんだけでなく、手・足の振るえ、強ばり、動かしにくさなどといった、パーキンソン病の運動症状も改善することが分かりました。この結果を受け、現在ゾニサミドは抗パーキンソン病薬としても認可されています。ゾニサミドになぜこのような効果があるのかについては、ゾニサミドの持つドーパミンの合成促進作用がパーキンソン病の症状を改善させるためであると考えられていますが、その作用機序が全て明らかになっているわけではありません。
 研究チームは、生後2週から3ヶ月にかけて、ドーパミン神経細胞が異常に死んで行くパーキンソン病モデル遺伝子改変マウスに対して、ゾニサミドを3ヶ月間投与し、ドーパミン神経細胞に対する効果を調べました。
 結果、ゾニサミドを投与したパーキンソン病モデルマウスのドーパミン神経細胞の数は、正常なマウスよりも少なかったものの、ゾニサミドを投与しなかったパーキンソン病マウスよりも多く認められました。さらに運動学習機能テストを行ったところ、ゾニサミドを投与しなかったパーキンソン病マウスは、運動学習能力が劣っていたのに対し、ゾニサミドを投与したマウスは、正常なマウスと同程度の運動学習能力を保持していました。
 つまり今回の研究成果から、ゾニサミドにはドーパミン神経細胞を保護し、運動学習能力を正常に保つ効果があることが明らかになりました。
 これまで、パーキンソン病に対しては、減少した脳内のドーパミンを補う薬による治療が中心で、ドーパミン神経細胞が減少していくのを防ぐ手段はありませんでした。今回、パーキンソン病治療に既に使われているゾニサミドが、ドーパミン神経細胞を保護するという新たな作用を明らかにしたことで、ゾニサミド投与がヒトパーキンソン病の根本的な治療につながる可能性が示唆されます。
 南部教授は「今回の研究で、ゾニサミドにドーパミン神経細胞を保護する効果があることがわかりました。パーキンソン病はドーパミン神経細胞が減っていく神経難病なので、その減少を遅らせるあるいはストップする治療法の開発につながる成果です。」と話しています。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金、厚生労働省科学研究費補助金、戦略的創造研究推進事業(CREST)の助成を受けて行われました。

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今回の発見

1.生後2週から3ヶ月にかけて、ドーパミン神経細胞が異常に死んで行くパーキンソン病モデル遺伝子改変マウスに対して、ゾニサミドを3ヶ月間投与し、ドーパミン神経細胞に対する効果を調べました。
2.ゾニサミドを投与したパーキンソン病モデルマウスのドーパミン神経細胞の数は、ゾニサミドを投与しなかったパーキンソン病マウスよりも有意に多く認められました。
3.ゾニサミドを投与しなかったパーキンソン病マウスは正常なマウスと比較して運動学習能力が有意に劣っていたのに対し、ゾニサミドを投与したパーキンソン病マウスでは正常なマウスと同程度の運動学習能力が認められました。
4.ゾニサミドはパーキンソン病モデルマウスのドーパミン神経細胞を保護し、運動学習能力を正常に保つ作用があることが分かりました。

用語説明

パーキンソン病
手足の振るえ、筋肉の強ばり、運動がしにくくなるなどの運動症状の他、気分の落ち込みなどの精神症状を示す神経難病のひとつです。人口1000人に1人程度の患者がいると考えられます。中脳黒質にあるドーパミン神経細胞がなくなることによりおこりますが、その原因は不明です。減少したドーパミンを薬によって補充する内科的な治療法が一般的ですが、重症例には、脳深部を電気刺激する外科的治療法も行われています。しかし、何れも対症療法で、根本的な治療ではありません。

ドーパミン
神経細胞の信号を伝える物質のひとつ。運動調節、運動学習、快の感情、意欲などに関わっていると考えられています。不足になるとパーキンソン病をきたします

ゾニサミド
抗てんかん薬のひとつ。日本で開発されました。小児または成人の部分発作、全般発作、混合発作への併用、または単剤治療薬として処方され、欧米諸国でも使われています。さらにパーキンソン病治療薬としても用いられています。商品名:エクセグラン(抗てんかん薬として)、トレリーフ(抗パーキンソン病薬として)大日本住友製薬

図1 ゾニサミドはパーキンソン病モデルマウスのドーパミン神経細胞を保護する

nambpress-1.jpg(a)正常マウスおよびパーキンソン病モデル遺伝子改変マウスに、生理食塩水あるいはゾニサミドを3ヶ月間投与した後の、黒質緻密部と呼ばれる脳領域のドーパミン神経細胞。
(b)黒質緻密部のドーパミン神経細胞を数えた結果。ゾニサミドを投与したモデルマウスでは、正常マウスよりもドーパミン神経細胞の数は少なかったものの(約65%)、生理食塩水を投与したモデルマウスより有意に多い(約1.6倍)。

図2 ゾニサミドはパーキンソン病モデルマウスの運動学習能力を正常化する

nambpress-2.jpg加速しながら回転する丸棒の上にマウスを乗せて、落下するまでの時間を測定するテストを10日間連続で行った。いずれのマウスも日増しに棒から落下するまでの時間が長くなった。しかし、生理食塩水を投与したモデルマウスでは、正常マウスと比較すると棒から早く落下した。ところが、モデルマウスにゾニサミドを投与したところ、正常マウスと同じように長い間、棒の上に乗っていられるようになった。

図3  ゾニサミドはドーパミン神経細胞を保護し、運動機能を正常に保持する

nambpress-3.jpg今回の研究では、パーキンソン病モデルマウスにおいてゾニサミドがドーパミン神経細胞を保護し、運動学習能力を正常に保持する作用があることが明らかになった。ヒトのパーキンソン病においても同様の作用を持つかについては検証する必要があるものの、その効果は十分期待できると考える。

この研究の社会的意義

パーキンソン病の新しい治療薬と、創薬戦略の発展に期待
 パーキンソン病は薬による治療が中心で、ドーパミンを補う薬や、ドーパミンの代わりとして作用する薬が使われています。これらの薬は、ドーパミン神経細胞の減少を防ぐものではなく、根本的な治療薬とは言えません。また、長期間服用することで薬の作用時間の短縮や、ジスキネジアと呼ばれる、意思と関係なく身体が動くなどの副作用が発現するようになります。つまりパーキンソン病には、ドーパミン神経細胞死の遅延や防御といった、全く新しい治療薬の開発が必要なのです。今回、てんかん治療薬であるゾニサミドが、ドーパミン神経細胞を保護する作用を持つことが明らかになりました。本剤がヒトのパーキンソン病においても同様の作用をもつ可能性が期待できます。さらに、ゾニサミドをもとに、より効果的なドーパミン神経細胞保護薬の開発にもつながると考えられます。

論文情報

Zonisamide reduces nigrostriatal dopaminergic neurodegeneration in a mouse genetic model of Parkinson’s disease
Hiromi Sano, Miho Murata, Atsushi Nambu.
Journal of Neurochemistry.   2015年 5月8日

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
特任助教 佐野 裕美(サノ ヒロミ)
教授 南部 篤 (ナンブ アツシ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

生理学研究所・研究力強化戦略室

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