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「見えてないのに分かってしまう」盲視はヒトでもサルでも同じ

2015年6月16日 プレスリリース

内容

脳血管障害などによって脳の視覚野という部位が損傷した場合、物は見えなくなります。しかし中には、実際には見えていないのに、その視野の中にある物体を無意識に避ける、といった行動が出来ることがあります。この現象は「盲視」と呼ばれています。そしてこの盲視は、これまでの研究で、脳の視覚野に障害を持ったサルでも同様の行動がみられることが知られていました。しかし、自分の感覚を言葉などで伝えることのできないサルで起きている現象が、ヒトの盲視と同じ現象であるかを客観的に評価する方法がこれまではありませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の吉田正俊助教らは、言葉に依らない新たな視覚テストを開発し、脳の視覚野に障害をもったサルにおいてもヒトと同様の盲視が起きていることを明らかにしました。今回の研究成果は、英国科学誌サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports, 5月電子版)に掲載されました。

 私たちの目から入ってくる視覚情報は、見ている本人が実際に「見えている」と意識しなくても、常に脳に送り込まれ続けています。このことは、脳の視覚野という部位が損傷した患者で、知覚経験としては「見えてない」のにもかかわらず、視覚情報に対して応答する現象(盲視)があることから分かってきました(図1)。
 これまで吉田助教らの研究チームでは、視覚野を損傷してから視覚機能が回復するまでのメカニズムを明らかにすることを目的として、脳の視覚野に障害をもったサルが、障害によって実際には「見えていない」はずの視野にある光点の位置に正しく目を向け、そしてその位置を記憶できることを明らかにしてきました。しかしこれは一見盲視と同じ現象にみえますが、本当にヒト患者でみられる盲視と同じ現象と言えるのでしょうか? これまでの研究では、脳損傷後に光点の位置に正しく目を向けることができることは分かりましたが、そもそもこのサルは、ヒト患者と同様に視覚情報が意識的に見えてないのでしょうか。ヒトを対象とした実験では、実際に見えているかどうかを言葉で確認することができますが、サルでは確認をすることが不可能です。
 本研究では、言葉を使わなくても「視覚情報が見えているかどうか」を評価することが可能な行動課題を開発しました(図2)。結果、視覚野に障害のあるサルは、光点が「上下どちらにあるか」を答える課題(FC課題)では正しく答えることが出来ましたが、光点が「あるか無いか」を答える課題(YN課題)ではうまく答えられないことが分かりました。つまり、視覚野に障害のあるサルは、光点が実際に提示されているかどうかは、認識できていない(実際には見えていない)にも関わらず、光点がどこにあるかをきちんと判断できていることが分かりました(図3)。
 さらにこの成績を「信号検出理論」という手法でこの二つの課題の処理能力(感度)を客観的に評価したところ、光点の上下を判別する課題(FC課題)の処理能力のほうが、光点のある・なしを判別する課題(YN課題)の処理能力よりも高いことが分かりました。つまり、視覚野に障害のあるサルでみられていた「盲視のような現象」は、ヒトでの盲視と同じく、実際には視覚刺激として「見えていない」にも関わらず、刺激がどこにあるかを正しく当てることが出来る、つまり刺激の位置が「分かる」ことを明らかにしました(図4)。
 さらにこの結果は、意識を科学的に研究する上で、言葉を用いなくても行動を指標とすることで、意識を客観的に評価することが可能であることを示唆しています。
吉田正俊助教は、「今回の研究で、動物にとって視覚世界がどのように見えているのか、その一端を垣間見ることができました。そして今回用いた手法は、将来的には言葉で意思を伝えることができない幼児や患者さんの意識を、彼らの行動から推測する手法の確立に繋がると期待できます」と話しています。

 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的国際科学技術協力推進事業の支援を受けて実施されました。今後は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業の支援を受け、盲視の注意の過程の解明を進めていく予定です。

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今回の発見

1.脳の視覚野に障害をもったサルは、視覚刺激の「ある・ない」は判別できないが、刺激が「どこにあるか」を正しく答えることができる。
2.サルでみられた1のような現象は、ヒト視覚野損傷患者の盲視と同じものであることが示唆される。
3.言語を用いなくとも、行動を客観的に評価することで「視覚刺激が実際に見えたかどうか」を検証することに成功した。

図1 (これまでの研究成果より)盲視とは?

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盲視とは「見えていると意識できないのに見えている」現象です。視覚野に障害を持った患者が、その見えないはずの視野にある物体の位置を当てることができることに医師は気付きました。例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、患者は実際には見えていないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができました。このように、本人は見えていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は脳損傷から回復することがあります。これを盲視と呼びます。(詳細は、日本神経回路学会 オータムスクール ASCONE2007 吉田 正俊 講義概要「盲視(blindsight)の神経機構」(http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.htmlを参照)。

図2 使用した行動課題

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FC課題ではサルは上下どちらかにランダムに提示されるターゲット(白い丸)の位置に目を向けると報酬のジュースがもらえます。YN課題ではこれらの条件に加えて、ターゲットが出ない試行がランダムに混ざります。ターゲットが出ない試行では目を動かさずに注視を続けると報酬のジュースがもらえます。よってFC課題では視覚刺激が「どこにあるか」を強制選択で答えなくてはなりませんが、YN課題では全く同じ視覚刺激について、それが「あるかないか」を答える必要があります。

図3 FC課題とYN課題の成績

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FC課題では上下どちらかにあるターゲットに目を向けると正解ですが、正答率は90%と高成績でした。一方でYN課題(ターゲット有り条件)の正答率は50%にとどまりました。残りの50%(黄色のバー)では視線は注視点のあった位置に留まっていました。この行動はYN課題でターゲットがないときに正解となる行動です。つまり、ターゲットが提示されているにもかかわらず、サルはこのターゲットがないと判断したということになります。つまり視覚野損傷のサルでは「視覚刺激を見えていると意識できないにもかかわらず(YN課題)、あてずっぽうに選ぶと正解する(FC課題)」ことがこの実験から明らかになりました。

図4 信号検出理論によるFC課題とYN課題の処理能力の比較

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FC課題とYN課題の正答率は問題の難易度が違うのでそのままでは比較できません。そこで本研究では信号検出理論という方法を用いて、FC課題での視覚刺激が「どちらにあるか」を区別する感度とYN課題での視覚刺激が「あるかないか」を検出する感度とを比較しました。その結果、FC課題の感度のほうがYN課題の感度よりも高い、つまり「あるかないか」はわからないけれども「どこにあるか」はわかるというヒト盲視で起きていることとまったく同じ結果が得られました。

この研究の社会的意義

行動を客観的に評価することによって、サルが実際に「見えている」か否か、刺激が「あるかないか」を認識しているかどうかを明らかにする方法を確立した。この手法を用いることで、将来的には言葉で意思を伝えることができない幼児や患者さんの心を推測する方法の確立に繋がると考える。

論文情報

Signal detection analysis of blindsight in monkeys.
Masatoshi Yoshida & Tadashi Isa.
Scientific Reports.  DOi: 10.1038/srep10755  2015年 5月29日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
助教 吉田 正俊 (ヨシダ マサトシ)
Tel: 0564-55-7764   FAX: 0564-55-7869
email: myoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp

 

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