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ドーパミン神経伝達は、大脳基底核における運動情報伝達と、運動発現に不可欠
-ドーパミンD1受容体を介する情報伝達の消失が、パーキンソン病の「無動」を引き起す-

プレスリリース 2015年10月 7日

内容

 脳の大脳基底核にあるドーパミンが減ると、パーキンソン病に見られるように手足が動かしにくい(無動)など、重篤な運動障害が生じることが知られています。ドーパミンは主に、大脳基底核の線条体の神経細胞が持つ、D1とD2といった、異なる機能を持つ受容体にそれぞれ結合することによって働きます。しかし、これらの受容体を介する情報伝達が、大脳基底核内の信号伝達をどのように調節するのか、運動をコントロールする際にどのように働くのか、詳しくわかっていませんでした。
 今回、自然科学研究機構 生理学研究所の知見聡美助教と南部篤教授、新潟大学脳研究所の笹岡俊邦教授、北里大学の佐藤朝子研究員らの共同研究チームは、ドーパミンD1受容体を介する情報伝達は、運動を誘発するように働く「直接路」を通る情報の伝達に不可欠であり、D1受容体を介する情報伝達が消失すると、運動を起こしにくくなることを明らかにしました。
 本研究成果は、英国オックスフォード大学出版Cerebral Cortex 誌(10月6日号電子版)で公開されます。

本研究にあたり研究チームは、薬を投与することよって、脳内のドーパミンD1受容体を一時的に作れなくなる遺伝子改変マウスを新たに開発しました。このマウスの行動をD1受容体がある時とない時、それぞれの場合で調べたところ、D1受容体がない時にマウスの運動量は減少することがわかりました。また、大脳皮質を電気的に刺激して運動の指令伝達経路を追うと、正常な場合、指令は大脳基底核の3つの経路を通り、大脳基底核の出力部である脚内核にて3相性(興奮-抑制-興奮)の神経活動として出力されます。しかしD1受容体をなくすと、3相性の神経活動のうち「抑制」が見られなくなりました。この「抑制」は、大脳基底核の「直接路」と呼ばれる経路を通って伝えられ、運動を誘発するように働きます。今回の結果から、ドーパミンD1受容体を介する情報伝達は、大脳基底核の「直接路」を通る信号の伝達と、運動の発現に不可欠であると考えられます。一方、外から刺激を受けない、平常時の大脳基底核の自発的な神経活動を調べたところ、D1受容体をなくしても大脳基底核出力部の活動は変化しないことがわかりました。これまでの定説では、D1受容体を介する情報伝達がなくなると、大脳基底核からの出力部の活動が上がったり、活動パターンが変化すると考えられ、これによってパーキンソン病の症状が説明されてきました。しかし、今回の実験結果は定説とは異なるもので、大脳基底核の「直接路」を通る信号の動的な伝達の減少がより本質的な変化であることを示しています。
 南部教授は「ドーパミンD1受容体を介する情報伝達がなくなると「直接路」を通る信号がうまく伝わらなくなり、運動が起こりにくくなることがわかりました。このことは、パーキンソン病における手足が動かしにくくなる症状(無動)の発現に関係していると考えられます。例えば、直接路を通る信号の伝達を補助したり、必要なタイミングでD1受容体を活性化させることが出来れば、新たな効果的な治療法にもつながると期待できます」と話しています。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構などの助成を受けて行われました。
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今回の発見

1.薬を投与することよって一定の期間、ドーパミンD1受容体をなくすことが出来る遺伝子改変マウスを新たに開発しました。
2.マウスの行動をD1受容体がある時とない時に調べたところ、D1受容体がない時にマウスの運動量が減少することがわかりました。
3. 大脳皮質を電気的に刺激して運動の指令伝達経路を探索すると、指令は大脳基底核の3つの経路を通って伝達され、正常な状態では3相性(興奮-抑制-興奮)の神経活動として大脳基底核出力部(脚内核)で観察されますが、D1受容体がない状態では「抑制」が見られなくなりました。
4. 「抑制」は大脳基底核の「直接路」と呼ばれる経路を通って伝えられ、運動を誘発するように働くことから、ドーパミンD1受容体を介する情報伝達は、大脳基底核の「直接路」を通る信号の伝達と、運動の発現に不可欠であると考えられます。
5.これまでの定説とは異なり、D1受容体を介する情報伝達をなくしても、大脳基底核出力部の自発的な神経活動は変化しませんでした。

図1 今回新たに開発した遺伝子改変マウス。

20151007chiken_1.jpgドキシサイクリン(Dox)によりドーパミンD1受容体の発現を調節することができる。Dox を投与していない状態(図左)ではD1受容体が作られるが、Doxを投与すると(図右)D1受容体が作られなくなる。

図2 D1受容体の発現をなくすと、マウスの運動量が減少

20151007chiken_2.jpgマウスのホームケージでの動きを24時間継続的に、Dox投与前から投与開始後27日目まで測定。遺伝子改変マウスにDox を投与すると(図中の赤色グラフ)、1週間目(1-6日目)からマウスの運動量は減少し始め、投与期間を通して減少が続いた。一方、他のマウス(Doxを投与しない遺伝子改変マウス、Doxを投与した野生型マウス)には、そのような変化は見られなかった。

図3 
大脳皮質からの指令は、ハイパー直接路、直接路、間接路という大脳基底核内の3つの経路を通って伝えられ、運動をコントロールする。

20151007chiken3.jpg大脳皮質を電気的に刺激することによって運動指令経路を探索すると、大脳基底核の出力部である脚内核には3つの経路を通った信号が伝えられ、興奮-抑制-興奮という3相性の神経活動として記録される。大脳基底核内のドーパミンは、線条体の神経細胞にある受容体に結合することにより、大脳基底核内の信号の伝達を調節している。

図4 
ドーパミンD1受容体を介する情報伝達は、直接路を通る信号の伝達と運動の発現に不可欠。

20151007chiken_4.jpg正常な状態では、直接路(大脳皮質-線条体-脚内核路)が脚内核の神経活動を抑制することによって運動を引き起こす(図左)。一方、D1受容体がない状態では、直接路を通る信号が伝わりにくくなり、脚内核の神経活動を抑制できなくなるため、運動が起こりにくくなる(図右)。

図5 大脳基底核出力部(脚内核)の3相性応答のうち抑制が消失

20151007chiken_5.jpg脚内核の神経活動を記録し、大脳皮質の電気刺激に対する応答を調べた。Dox投与前は、興奮-抑制-興奮の3相性の活動が見られるが(図左)、Dox 投与中、すなわちD1受容体の発現がない状態では「抑制」が消失(図右)。

この研究の社会的意義

ドーパミンD1受容体を介する情報伝達がなくなると「直接路」を通る信号がうまく伝わらなくなり、運動が起こりにくくなることがわかりました。このことは、パーキンソン病における「無動」の症状発現に関係していると考えられ、パーキンソン病の効果的な治療法の開発につながるものと期待できます。

<用語解説>

パーキンソン病:大脳基底核にあるドーパミンを作る神経細胞が減少することによって、手足が動かしにくくなったり(無動)、筋肉がこわばったり、手足が震えたりというような運動の障害が起こる原因不明の神経難病で、1000人あたり約1人の患者さんがいると考えられている。

大脳基底核:大脳の深部にある神経細胞の集団。大脳皮質の活動を調節することによって運動をコントロールする役割を果たす。大脳皮質から信号を受け取り、情報処理を行った後の出力を、視床と呼ばれる脳部位を介して大脳皮質に戻すことによって働く。大脳基底核に異常が生じると、パーキンソン病、ジストニア、チックなどの様々な運動障害が生じる。

ドーパミン:神経細胞から次の神経細胞に情報を伝える神経伝達物質のひとつ。脳内のドーパミンが減少するとパーキンソン病になることから、運動に重要な役割を果たしている。

線条体:大脳基底核の入力部であり、大脳皮質から信号を受け取る役割を果たす。ドーパミン受容体を持つ神経細胞がある。

脚内核:大脳基底核の出力部であり、出力信号を視床に送る役割を果たす。ヒトでは、淡蒼球内節とよばれる部分に相当する。

黒質緻密部:ドーパミンを作る神経細胞があり、線条体にドーパミンを送る。

ドーパミン受容体:ドーパミンの受け手として働き、D1, D2, D3, D4, D5の5種類が知られている。線条体の神経細胞の中には、主にD1受容体を持つものとD2受容体を持つものがある。D1受容体は、サイクリックAMPと呼ばれる細胞内の信号伝達に関わる物質を増やすように働くのに対し、D2受容体は、サイクリックAMPを減らすように働くので、D1受容体とD2受容体は逆の作用を持っている。

論文情報

Dopamine D1 receptor-mediated transmission maintains information flow through the cortico-striato-entopeduncular direct pathway to release movements.
Satomi Chiken, Asako Sato, Chikara Ohta, Makoto Kurokawa, Satoshi Arai, Jun Maeshima, Tomoko Sunayama-Morita, Toshikuni Sasaoka, and Atsushi Nambu
Cerebral Cortex誌、2015年10月6日電子版

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 知見 聡美(チケン サトミ)
教授 南部 篤 (ナンブ アツシ)


<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

新潟大学
生理学研究所 研究力強化戦略室
北里大学

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