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ヒトの脳はどうやって時間を計るのか
〜右縁上回における「時間の長さ」の脳内表現の解明〜

研究報告 2015年10月 5日

内容

「時間の経過」を正確に把握することは、私達の日常生活を営む上で欠かせないものです。これまで線分の傾きや運動方向といった空間的な特徴は、特定の傾きや運動方向に選択的に応答する視覚野のニューロン群によって表現されていることが分かっていましたが、「時間の長さ」(時間長)をヒトの脳がどのように表現しているのかは明らかではありませんでした。本研究では、ヒトの脳に特定の時間長の刺激に対して選択的に発火するニューロン群(時間長選択性ニューロン)が存在するのかどうかを、機能的磁気共鳴画像(fMRI)法とfMRIアダプテーションと呼ばれる実験パラダイムを用いて調べました。一連の実験の結果、同一の時間長(数百ミリ秒)の刺激が繰り返し呈示された際に、異なる時間長の刺激が呈示された場合に比べて右縁上回の賦活強度が減弱することを発見しました。また、このような右縁上回の賦活強度の減弱は、被験者が刺激の時間長に注意を向けているかどうかとは無関係に起こること、また、他の刺激の特徴(刺激の形状)の反復呈示に対しては賦活強度が減弱しないことも示されました。これらの結果は、右縁上回に特定の時間長に選択的に応答するニューロン群が存在する可能性を強く示唆するものです。
 本研究は、 実験の一部を生理学研究所生体機能イメージング共同利用実験プログラムのサポートを受けて行ったものです。

今回の発見

同じ時間長の刺激を反復して呈示した場合、刺激の時間長が異なる場合に比べて右縁上回の賦活強度が低下すること(アダプテーション効果)から、右縁上回に時間長に選択的に応答するニューロン群が存在する可能性を示しました。

図1 実験で用いた視覚刺激の例

20151005hayashi_1.jpg被験者はMRI装置の中で、スクリーンに呈示される視覚刺激を見ながら課題を行います。この実験(実験4)では、300msあるいは450msの時間長の参照刺激が呈示された後、200、300、又は450msのテスト刺激(300msの参照刺激が呈示された場合)、あるいは300、450、又は667msのテスト刺激(450msの参照刺激が呈示された場合)が呈示されます。被験者は、テスト刺激が参照刺激に比べて長く呈示されたか、短く呈示されたか、同じ時間の長さで呈示されたかを答えます。

図2 右縁上回における同一時間長の刺激の反復呈示に対するアダプテーション効果

20151005hayashi_2.jpg(A)fMRIデータの解析結果(実験4)。参照刺激とテスト刺激の時間長が同一だった場合に、右縁上回の賦活強度が低下することが示されました。(B)右縁上回の賦活強度をテスト刺激の時間長に対してプロットしたもの。青線は300msの参照刺激が呈示された場合、赤線は450msの参照刺激が呈示された場合の、各テスト刺激の時間長に対する賦活強度を示します。参照刺激と同じ時間長のテスト刺激が呈示された場合(青線300ms、赤線450ms)に、賦活強度が低下していることが分かります。

この研究の社会的意義

本研究成果は、我々の脳がどのようにして時間の経過を把握、学習し、さらにそれを未来のイベントの予測に役立てているかを知るための基礎となる重要な発見です。時間知覚の変調は、パーキンソン病、統合失調症、注意欠陥・多動性障がい、自閉症の患者などで見られることが知られており、さらには衝動的な意思決定との関連も指摘されています。本研究成果はこれらの疾患群の病態理解や、意思決定の脳内メカニズムの解明に向けて重要な示唆を与えると期待されます。

論文情報

Time adaptation shows duration selectivity in the human parietal cortex.
Masamichi J. Hayashi, Thomas Ditye, Tokiko Harada, Maho Hashiguchi, Norihiro Sadato, Synnöve Carlson, Vincent Walsh & Ryota Kanai.
PLOS Biology. 13(9): e1002262. 2015年9月17日

お問い合わせ

大阪大学大学院生命機能研究科ダイナミックブレインネットワーク研究室
日本学術振興会特別研究員 林正道(ハヤシ マサミチ)
Tel: 06-6879-4431    FAX: 06-6879-4437
Email: mjhgml@gmail.com

リリース元

生理学研究所
大阪大学

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