脳卒中後のリハビリテーションは運動機能の回復にとって重要です。これまでに、脳卒中後に集中的にリハビリテーションを行うことで、神経細胞の突起の伸びが良くなる事などが報告されていました。しかし、リハビリテーションによる神経回路の変化と運動機能の回復との間に因果関係があるかに関しては解明されていませんでした。 今回、自然科学研究機構 生理学研究所の伊佐正教授と名古屋市立大学大学院医学系研究科の飛田秀樹教授および石田章真助教を中心とする共同研究チームは、脳出血を生じさせたラットに集中的なリハビリテーションを実施させる事で、運動機能を司る大脳皮質の「運動野」*用語1から進化的に古い部位である脳幹の「赤核」*用語2へと伸びる軸索が増加し、この神経回路の強化が運動機能の回復に必要である事を、最先端のウィルスベクター*用語3による神経回路操作技術(ウィルスベクター二重感染法*用語4)を駆使して証明しました。 この研究結果は、脳損傷後のリハビリテーションの作用メカニズムの一端を示すものであり、より効果的なリハビリテーション法の開発に寄与するものと考えられます。 本研究結果は、米国科学誌のJournal of Neuroscience誌(2016年1月13日号)に掲載されます。 |
脳卒中などの脳損傷時には、しばしば随意運動に関わる運動野と脊髄を結ぶ神経回路(皮質脊髄路)が傷害され、四肢の麻痺が現れます。リハビリテーションは損傷を受けた脳の再編成を促すことで麻痺した手足の機能の回復を導くと考えられていますが、詳細は分かっていませんでした。研究チームは、進化的に古い脳幹部に存在し、運動に関わる神経核「赤核」と、大脳新皮質に存在し随意運動を司る「運動野」との結合に注目しました(図1)。
運動野と脊髄を結ぶ神経回路の一部である内包*用語5に脳出血が生じると、出血した脳の半球と反対側の手足に麻痺が生じます。脳出血を起こしたラットに対し、リハビリテーションとして麻痺した側の前肢を一週間集中的に使用させると、前肢の運動機能が著しく回復し、運動野において手の運動に相当する領域が拡大することを発見しました(図2)。加えて、リハビリテーションを実施したラットでは、訓練を行わなかったラットに比べ運動野から赤核へ伸びる神経線維が増加している事を発見しました(図3)。さらに、ウィルスベクター二重感染法を使い、この運動野と赤核を結ぶ神経回路の機能を選択的に遮断したところ、リハビリテーションによって回復した前肢の運動機能が再び悪化することを証明しました(図4)。
これらの結果から、リハビリテーションによる神経回路の再編成(運動野-赤核間の神経回路の強化)が運動機能の回復に必要であることを実証しました。
伊佐教授は「今回の研究で、これまで明らかになっていなかった、リハビリテーションによる神経回路の変化と運動機能の回復との間の因果関係を証明できました。より効果的なリハビリテーション法の開発につながる成果だと期待できます。」と話しています。
本研究は日本医療研究開発機構の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、文部科学省の科学研究費補助金新学術領域研究「行動適応を担う脳神経回路の適応シフト機構」(領域代表:小林和人福島県立医科大学教授)及び生理学研究所共同利用研究(代表研究者:飛田秀樹名古屋市立大学教授)による支援を受けて行われました。
【 解 説 】
脳出血により運動野―脊髄を結ぶ皮質脊髄路が傷害を受けると、片麻痺が生じます。しかし、麻痺した前肢を集中的に使用させると、運動野から赤核への投射が増加しました。赤核からは下オリーブ核を経由し小脳へ、また直接脊髄へと軸索が伸びており、四肢の運動に関わっていることが知られています。
本研究では、集中的なリハビリテーションにより、赤核を介した経路が活用された事が示唆されました。今後、赤核以外の脳幹の運動性神経核の関与も検討すべき課題です。ヒトでは、赤核の役割がげっ歯類に比べて多くないとされていますが、今回の結果は、同様な大脳皮質から脳幹の諸核への投射の増加が機能回復に重要であるということを示唆しています。
【 解 説 】
脳出血を起こした箇所と同じ側の運動野で、前腕部を司る体部位再現マップを皮質内微小電気刺激法にて計測しました。脳出血を生じさせた後にリハビリを行わなかった「無処置群」では、脳出血後に一旦マップが消失した後、少数例で小規模なマップが再出現するに留まりました。一方、脳出血後麻痺肢を集中使用させた「リハビリ群」では、全ての個体において、広い範囲でマップの再出現が生じました。
【 解 説 】
脳出血部位と同じ側の運動野・前肢領域からの軸索投射を観察したところ、「リハビリ群」の赤核で、軸索の豊富な投射と、シナプスボタン*用語6の形成が観察されました。
【 解 説 】
(左図)脳出血と同じ側の運動野・前肢領域から赤核への投射を選択的にブロックするため、運動野に順行性ウイルスベクター(AAV1-CaMKII-rtTAV16)*用語7、赤核に逆行性ウイルスベクター(NeuRet-TRE-EGFP.eTeNT)*用語8を注入しました。これにより、運動野―赤核経路のみが二重にウイルスに感染します。この状態でドキシサイクリン(DOX)*用語9という薬を投与することで、二重感染が起きた運動野―赤核経路の細胞のみに破傷風毒素を発現させ、シナプス伝達を阻害することが出来ます。
(右図)脳出血によって麻痺した手を伸ばして餌をとる動作(リーチ)の成功率を示した図。この手法を用いて運動野-赤核経路を選択的に遮断したところ、リハビリ群でみられた脳出血後の機能の回復(赤線)は、DOXを投与した直後、無処置群と同じレベルまで再度低下しました。(緑色矢印)。
今回の研究成果は、脳出血後の集中的なリハビリテーションによる運動機能回復と、大脳皮質運動野と赤核の間にある神経結合の増加に因果関係を見出しました。また、これまでリハビリ後の運動機能の回復には運動野―脊髄間の投射(進化的に新しい経路)が主に重要であると考えられてきましたが、運動野–赤核路(進化的により古い経路)を利用することで、機能代償している可能性が示唆されました。これらの代替経路を効率よく活用するメカニズムとその手法が明らかになれば、リハビリテーションによってより良い機能の回復を導く可能性が広がります。
この成果は、これまでに詳細が明らかにされていなかった、脳卒中後に行われるリハビリテーションの作用機序の一端を解明したものであり、より効果的なリハビリテーション法の開発に向けて非常に重要な一歩となる知見であると考えます。
掲載誌:「Journal of Neuroscience」 2016年 1月13日号
題 目:Causal link between the cortico-rubral pathway and functional recovery through forced impaired limb use in rats with stroke.
著 者:石田章真(名古屋市立大学)、伊佐かおる(生理学研究所)、梅田達也(生理学研究所)、小林和人(福島県立医科大学)、小林憲太(生理学研究所)、飛田秀樹(名古屋市立大学)、伊佐正(生理学研究所)
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
教授 伊佐 正 (イサ タダシ)
名古屋市立大学大学院 医学研究科 脳神経生理学分野
教授 飛田 秀樹 (ヒダ ヒデキ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
名古屋市立大学事務局 入試広報課 広報係
生理学研究所・研究力強化戦略室
名古屋市立大学事務局 入試広報課広報係