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加齢高血圧リスクを高める受容体を特定 −心血管病の予防・治療に期待−

プレスリリース 2016年1月20日

内容

日本では、現在高齢者の2人に1人が高血圧と診断されています。高血圧は脳卒中や心臓病などを引き起こす要因となることから、高血圧の予防と治療は非常に重要な課題となっています。我々の血圧調節に関与する最も重要な生理活性ペプチド※1の1つがレニン‐アンジオテンシン系※2により産生されるアンジオテンシンII※3です。アンジオテンシンIIは、アンジオテンシン受容体(AT1R)※4に作用することで血圧を上昇させます。
 今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の西村明幸特任助教、西田基宏教授は、九州大学、マレーシアSabah大学、香川大学、ベルギー自由大学(Université libre de Bruxelles)との共同研究により、加齢に伴い発現上昇するプリン作動性P2Y6受容体(P2Y6R)※5がAT1Rと複合体を形成(AT1R-P2Y6R)することで、アンジオテンシンIIによる血圧上昇が促進されることをマウスを用いた研究で明らかにしました。また、AT1R-P2Y6R複合体が形成されるのを阻害することで、アンジオテンシンIIによる血圧上昇を抑制できることを明らかにしました。
 本研究はAAAS(米国科学振興協会)が発行する Science Signaling (2016年1月19日電子版)に掲載されます。

  血液の通り道である血管は非常に弾力性のある組織で、収縮と弛緩を繰り返すことで血管にかかる圧力(血圧)と血液の流れを調節しています。しかしながら、加齢に伴う様々なストレスが要因となって血管が厚く硬く変化していきますと、弾力性が失われ、慢性的に血圧が高い状態(高血圧)になってしまいます。
アンジオテンシンIIは、血圧を上昇させる作用を持つ生理活性ペプチドです。血圧が低下するとレニン-アンジオテンシン系を介してアンジオテンシンIIが産生され、産生されたアンジオテンシンIIは血管を収縮させることで血圧を上昇させ、血管恒常性の維持に働きます。一方で、アンジオテンシンIIは高血圧を誘導するという負の一面を有しています(図1)。なぜアンジオテンシンIIによって高血圧が起こるかというと、アンジオテンシンIIは血管中膜を肥厚させる性質を持っているからです。血管中膜が肥厚すると血管の弾力性が失われ、結果として血管を流れる血液の流れが悪くなり、慢性的に血圧が上昇します。この血管中膜が肥厚する仕組みは、アンジオテンシンIIが細胞膜上にあるAT1Rに作用することで血管平滑筋細胞を肥大させることによって起こります。一方、胎児の血管平滑筋細胞では、アンジオテンシンIIによる肥大はほとんど起こりません。なぜ成体の血管平滑筋細胞でのみアンジオテンシンIIによる肥大が起こるのか、その詳細な分子メカニズムについてはよくわかっていませんでした。
今回西村らの研究グループは、アンジオテンシンIIの応答性に関与する分子としてP2Y6Rと呼ばれる受容体に注目しました。通常のマウスとP2Y6Rを持たないマウスの双方にアンジオテンシンIIを4週間投与したところ、「P2Y6Rを持たないマウスでは血圧上昇と血管中膜の肥厚が抑制される」ことがわかりました(図2)。また、細胞膜上でP2Y6RはAT1Rと複合体を形成していること、MRS2578※6というP2Y6Rと結合する化合物が、AT1RとP2Y6Rの複合体形成を阻害することがわかりました。アンジオテンシンIIとMRS2578を同時投与することで血圧上昇が抑制されたことから、AT1R-P2Y6R複合体がアンジオテンシンIIによる血圧上昇に重要であることが示されました。
  成体(4週齢)のマウスの血管平滑筋細胞では、アンジオテンシンIIが細胞の肥大を引き起こしますが、胎児の血管平滑筋細胞では肥大ではなく、細胞の増殖が優位に起こることが知られています。そこで胎児と成体の血管平滑筋細胞においてP2Y6R遺伝子の発現量を調べたところ、P2Y6R遺伝子は成長するにつれてその量が増加することがわかりました。そして成長に伴いAT1R-P2Y6R複合体が増加することで、アンジオテンシンIIの応答性が増殖から肥大応答に変化することが明らかとなりました(図3)。非常に興味深いことに、1年齢の老齢マウスではP2Y6R遺伝子の発現量がさらに上昇していることがわかりました(図4)。
西田教授は「加齢に伴うAT1R-P2Y6R複合体の増加が、高血圧リスク上昇の原因の一端を担っているのかもしれません。」と話しています。

 本研究は、科学研究費補助金、戦略的創造研究推進事業さきがけ「疾患代謝」、文部科学省創薬等支援技術基盤プラットフォーム「大型創薬研究基盤を活用した創薬オープンイノベーションの推進」(創薬PF)事業、木村記念循環器財団、大幸財団、ノバルティス科学振興財団の研究助成を受けて行われました。

<用語説明>

※1 生理活性ペプチド:
生体内で前駆体タンパク質から産生される数個から数十個のアミノ酸がつながったペプチド鎖であり、生物の機能に影響を与えるもの。

※2 レニン−アンジオテンシン系
血圧や循環血液量の調節に関わるホルモン系の総称。血圧低下や循環血液量の低下に伴って、活性化される。
腎臓の傍糸球体装置が血圧低下を感知すると、傍糸球体細胞から分泌されるタンパク質分解酵素であるレニンを血液中に分泌する。レニンは、肝臓や肥大化脂肪細胞から分泌されるアンジオテンシノゲンを一部分解してアンジオテンシンIに変換する。アンジオテンシンIは、肺毛細血管や各組織局所に存在するアンジオテンシン変換酵素(ACE)によってアンジオテンシンIIに変換される。

※3 アンジオテンシンII:
レニン‐アンジオテンシン系により産生される最も昇圧作用の強い生理活性ペプチド。アンジオテンシンIIは細胞膜上に存在する受容体AT1R (Angiotensin II type-1 receptor)を介して血圧上昇に関する様々な細胞応答を引き起こす。

※4 アンジオテンシン受容体(Angiotensin II type-1 receptor: AT1R):
アンジオテンシンIIに応答する受容体で、血圧上昇作用を仲介する。G蛋白質共役型受容体と呼ばれるファミリーに属している。ARBとよばれる高血圧治療薬の標的としても知られている。

※5 プリン作動性P2Y6R受容体:
細胞外ヌクレオチドに応答する受容体の1種。G蛋白質共役型受容体と呼ばれるファミリーに属している。UDPにより活性化される。

※6 MRS2578:
P2Y6Rと結合し、その機能を阻害する化合物(アンタゴニスト)。医薬品としては使われておらず、試薬として販売されている。

今回の発見

  1.  P2Y6RはAT1Rと複合体を形成することでアンジオテンシンIIによる血圧上昇を正に制御していることがわかりました。
  2. 低分子化合物によりAT1R-P2Y6R複合体形成を阻害することで、アンジオテンシンIIによる血圧上昇を抑制できることがわかりました。
  3.  血管平滑筋細胞においてP2Y6R遺伝子の発現量が加齢に伴い上昇し、アンジオテンシンIIによる応答性を増殖から肥大に変化させることがわかりました。

図1 アンジオテンシンIIの生理的、病理的役割

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アンジオテンシンIIは血管平滑筋細胞に存在するAT1Rを介して様々な細胞応答を引き起こします。アンジオテンシンIIによる生理的応答(血管収縮、血管形成など)は血管恒常性の維持に重要な役割を担っていますが、その一方で、アンジオテンシンIIは血管の構造を変化させることで高血圧を誘導するという負の一面を有しています。

図2  P2Y6R欠損マウスではアンジオテンシンIIによる血圧上昇が抑制される

20160120nishida_2.jpg(a) 正常マウスとP2Y6R欠損マウスにアンジオテンシンIIを4週間持続投与した時の血圧変化。
(b) アンジオテンシンII投与4週間後の血管の形態学的解析。欠損マウスでは血圧上昇及び血管中膜の肥厚が抑制されていることがわかりました。

図3 胎児、成体の血管平滑筋細胞におけるP2Y6R遺伝子の発現変化とアンジオテンシンII応答性との関連性

20160120nishida_3.jpg胎児の血管平滑筋細胞にはP2Y6Rはあまり発現しておらず、アンジオテンシンIIはAT1Rを介して増殖応答を誘導します。一方、成体の血管平滑筋細胞ではP2Y6Rの発現が高く、アンジオテンシンIIはAT1R-P2Y6R複合体を介して肥大応答を引き起こすことがわかりました。

図4  加齢に伴うP2Y6R遺伝子の発現上昇

20160120nishida_4.jpg


成体(12週齢)マウスと老齢(1年齢)マウスから単離した血管でP2Y6R遺伝子の発現量を比較した結果。老齢マウスの血管ではP2Y6R遺伝子の発現量が増えていることがわかりました。老齢マウスではアンジオテンシンIIによる血管平滑筋細胞の肥大応答が促進されていると考えられ、加齢に伴う高血圧リスク上昇の原因の一端を担っているのではないかと予想しています。

この研究の社会的意義

AT1R-P2Y6R複合体形成阻害を主眼とした心血管病の予防・治療法の開発
レニン‐アンジオテンシン系は心血管病治療の最重要標的の1つであり、アンジオテンシン変換酵素阻害剤、アンジオテンシンII受容体拮抗薬が多くの製薬会社から発売されています。しかし、これらはアンジオテンシンII本来の生理的役割も抑制するため、副作用を起こす原因にもなります。AT1R-P2Y6R複合体をターゲットにすることで、副作用の少ない心血管病治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は、加齢に伴う高血圧の原因解明だけでなく、加齢高血圧による心血管リスクの予防・治療法開発にも貢献することが期待されます。

論文情報

Purinergic P2Y6 receptors heterodimerize with angiotensin AT1 receptors to promote angiotensin II-induced hypertension
Akiyuki Nishimura, Caroline Sunggip, Hidetoshi Tozaki-Saitoh, Tsukasa Shimauchi, Takuro Numaga-Tomita, Katsuya Hirano, Tomomi Ide, Jean-Marie Boeynaems, Hitoshi Kurose, Makoto Tsuda, Bernard Robaye, Kazuhide Inoue, Motohiro Nishida Science Signaling 1月19日online掲載
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*本研究成果は、Science Signaling誌(2016年1月19日号)のカバー表紙に選ばれました。

 

 

 

 

 

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心循環シグナル研究部門
教授 西田基宏 (ニシダ モトヒロ)
九州大学 大学院薬学研究院 創薬育薬研究施設統括室 教授(兼任)


<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
特任助教 坂本貴和子(サカモト キワコ)

九州大学 広報室

リリース元

生理学研究所 研究力強化戦略室
九州大学 広報室

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