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温度感受性チャネル(TRPM3チャネル)の新たな機能特性を解明

プレスリリース 2016年1月 6日

内容

イオンチャネルは主に細胞膜に存在するタンパク質で、さまざまな刺激などに応じて開き、イオンを透過させることで細胞の興奮性を調節しています。イオンチャネルの解析には、一般的に生体から取り出した細胞を用いる方法や、培養した細胞に目的のイオンチャネルを強制的に発現させる方法がよく用いられています。しかしこれらの方法では、イオンチャネルそのものの機能を詳細に捉えることが難しいのが現状です。そこで今回、自然科学研究機構 生理学研究所の富永 真琴 教授および内田 邦敏 助教は、イリノイ大学Eleonora Zakharian(エレオノラ・ザッカリアン)先生との国際共同研究により、人工的に調製した脂質二重膜、イオンチャネルタンパク質、イオン(電解質)、水のみで構成されたシンプルな実験装置である「人工再構成系*用語1」を用い、温度感受性に関わるTRPM3チャネル*用語2の詳細な解析に成功しました。
 本研究結果は、アメリカの科学雑誌Federation of American Societies for Experimental Biology (FASEB J)誌に掲載されました(2015年12月9日online掲載)

 富永教授と内田助教の研究グループは、イオンチャネルの機能をより詳細に捉えるため、これまで主に用いられてきた細胞を用いた実験手法とは異なる方法によって実験を行いました。その結果、ヒトの温度感受性に関わるとされるTRPM3チャネルの持つ、これまで発見されていなかった新たな特性の解明に成功しました。富永教授らがこの度利用した「人工再構成系」は、人工的に調製した脂質二重膜とイオンチャネルタンパク質、イオン、水のみで構成されたシンプルな実験装置です(図1)。この人工再構成系は、イオンチャネルの研究で現在主流である細胞を使うような実験と比べ、余分な成分が全くなく、イオンチャネルの発現に必要な要素が極めて限られた中で作られているため、実験条件のほぼ全てを自由にコントロールできるという利点があります。
 今回、温度センサーとして機能するTRPチャネルタンパク質そのものの機能を詳細に検討するため、最近その温度感受性が報告されたTRPM3チャネルを用いて人工再構成系を構築し、その機能解析を行いました。
 結果、脳神経細胞の周りで神経細胞を支えているグリア細胞から作り出されるステロイドホルモン(神経ステロイド)の一つである硫酸プレグネノロン*用語3によってTRPM3チャネルの活性化を観察したところ、チャネルの活性化には脂質の1つであるPIP2*用語4が必要であることがわかりました(図2)。一方、高血圧治療薬として広く一般に用いられているニフェジピン*用語5は、ニフェジピンのみの働きでTRPM3チャネルを活性化することがわかりました(図3)。
 これまでの研究では、神経ステロイドとニフェジピンはTRPM3チャネルの活性化剤と一括りに言われていましたが、今回の研究成果から神経ステロイドとニフェジピンの間には明確な活性化メカニズムの違いがあることが示唆されました。またTRPM3チャネルの持つ温度によって活性化する機構は、従来の研究で用いられていた細胞などを用いた実験手技では観察されていたのですが、今回の研究で用いられた人工再構成系ではほとんどみられませんでした。つまり、TRPM3チャネルが温度センサーとして機能を発揮するには、細胞や組織に存在する何らかの成分が必要であることが示唆されます。
 富永教授は「チャネル分子そのものの機能を捉えることは、我々ヒトのからだの機能を知ることにつながるだけでなく、さまざまな治療薬を開発する上で重要なことです。近年、人工再構成系の技術が進んでいます。これらの最先端技術を積極的に用いながら、チャネルの温度センサー機能の謎にますます迫っていきたい」と話しています。

 本研究は、イリノイ大学医学部ペオリア校 Dr. Eleonora Zakharian(エレオノラ・ザッカリアン)との国際共同研究による成果です。また、本研究は総合研究大学院大学若手教員海外派遣事業の補助を受けて行われました。

用語説明

  1. 人工再構成系:細胞のある部分の現象を人工的に再現する実験装置。今回は、イオンチャネルタンパク質が細胞膜に埋め込まれている現象を再現しています。細胞膜は脂質の二重膜でできていますので、人工的に調製した脂質の二重膜とイオンチャネルタンパク質、イオン、水のみで構成されているシンプルな実験装置です。
  2. TRPM3チャネル:細胞膜にある(ナトリウムイオンやカルシウムイオン)を通す穴で、イオンチャネルタンパク質の一種。体温よりも高い温度、神経ステロイドなどによって活性化されて穴が開き、ナトリウムイオンやカルシウムイオンが細胞内に入ることで細胞は興奮します。
  3. 神経ステロイド(硫酸プレグネノロン):主に神経から分泌されるステロイドホルモンです。神経が興奮すると分泌され、神経の興奮を調節すると考えられています。特に、記憶・学習への関与が報告されています。
  4. PIP2:細胞膜にある脂質の一種。近年、細胞膜に存在するイオンチャネルなどの多くのタンパク質の機能を調節することが報告されています。
  5. ニフェジピン:電位作動性カルシウムチャネルの阻害剤。血管拡張をもたらすことから、高血圧治療薬として広く用いられています。

今回の発見

  1. 人工的に調製した脂質二重膜、イオンチャネル、イオン、水のみで構成される人工再構成系を用い、温度センサーであるTRPM3チャネルの解析に成功しました。
  2.  TRPM3チャネルの活性化剤のうち、ニフェジピンは単体で直接チャネルを活性化しますが、神経ステロイドは脂質などの他の要素が活性化に必要であることがわかりました。
  3. 人工再構成系を用いた今回の実験では、TRPM3チャネルの温度依存的な活性化はとても弱く、TRPM3チャネルの温度センサーとしての機能の発揮には、細胞や組織に存在する何らかの成分が必要である可能性が示唆されました。

図1 人工再構成系の模式図

20160106tominaga_uchida-1.jpg2つの溶液層(1mL程度)で200 μmの穴の開いたテフロンシートを挟んで固定します。穴に人工的に脂質膜を貼り、そこにチャネルタンパク質(本研究ではTRPM3チャネル)を入れます。チャネルを通って溶液層間を移動するイオンの流れを電極で検出します。

図2 PIP2と硫酸プレグネノロンを同時処置した時のTRPM3活性化

20160106tominaga_uchida-2.jpg脂質の一つであるPIP2は、TRPチャネルの活性を調節することが明らかになりつつあります。PIP2単独では活性化されません(チャネルが閉じた状態)が、さらに硫酸プレグネノロンを加えると、活性化(チャネルが開いた状態)がみられるようになります。本研究成果では、硫酸プレグネノロンのみの処置でも活性はみられませんでした。

図3 ニフェジピンによるTRPM3活性化

20160106tominaga_uchida-3.jpg上)ニフェジピンのみを処置するだけで、TRPM3チャネルの活性化(チャネルが開いた状態)がみられます。
下)ニフェジピンの活性化はニフェジピンの濃度が高いほど強い(チャネルが開く確率が高い)ことがわかります。

この研究の社会的意義

人工再構成系を用いることで、これまでの研究ではみることのできなかったイオンチャネルの機能を明らかにできることが期待されます。イオンチャネルは様々な医薬品の標的分子となっていることから、将来、新たな知見からより良い医薬品の開発にも結びつくかもしれません。

論文情報

Stimulation-dependent gating of TRPM3 channel in planar lipid bilayers.
*Kunitoshi Uchida, *Lusine Demirkhanyan, Swapna Asuthkar, Alejandro Cohen, Makoto Tominaga, and Eleonora Zakharian.
FASEB J. (in press)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永 真琴 (トミナガ マコト)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285

助教 内田 邦敏 (ウチダ クニトシ)
Tel: 0564-59-5287   FAX: 0564-59-5285 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

生理学研究所・研究力強化戦略室

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